原子力論考(23)基準値って何のためにあるの?
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社会人の文書化能力向上研修を行っている開米瑞浩です。
今日は、「基準値」の話を書くことにします。なお、今回は意図的に抽象的な話を中心にしているので、読みにくく、わかりにくく感じることでしょう。と、あらかじめお断りしておきます。
ある「環境」において何らかの生産を行い、その「産物」を「利用者」が使う、というシーンはどこにでもありますよね。石油会社がガソリンを作るのも、農家が農産物を作るのもこれに当てはまります。
そして「産物」について何らかの「基準」が設定されていることもよくあります。問題はこの「基準値」が何のためにあるかです。簡単に言うと、(1)産物が利用者に与える作用をコントロールするためと、(2)生産工程の劣化を防ぐため、という2つの意味があります。
たとえばJIS規格ではガソリンについて
レギュラー オクタン価89以上
ハイオク オクタン価96以上
という基準があります。これはたとえばハイオクガソリンを必要とするエンジンにはそれに見合ったガソリンを入れてやらなければ性能が落ちたり故障が増えたりするためで、この種の基準値は利用者に与える「作用」を一定水準以上に保つために必要です。
一方、基準にはもうひとつ「生産工程の劣化を防ぐため」という意味が実質的にあるものがあります。
たとえばある会社がガソリン中の硫黄を減らす技術開発をして、硫黄分が1ppm以下のガソリンを安定的に生産できるようになったとしましょう。ガソリンの硫黄分に関する強制規格値は「10ppm以下」なので、1ppm以下なら余裕でクリアしています。
さて、その会社がいつものようにガソリンを生産していたら、ある日の製品では硫黄分が2ppmになったとしましょう。
さて、どうしますか?
2ppmでも、規格値の10ppmにはまだ5倍も開きがあるから楽勝でクリアしてるじゃないか、ノープロブレム! と出荷するでしょうか?
いやもちろん、出荷すること自体は問題ありません。
問題はその後の手を打つかどうかです。
という対応を取らなきゃいけないわけですね。こうして「どこかに異常があるはずだ。探せ!」をすると、図2のB(紫)のように、一時的に(たとえば★印のところで)ブレが出てもすぐに原因を見つけて収束させることができますが、何もしないとC(赤)のようにだんだんとブレが大きくなっていずれは10ppmを超えてしまいます。(もっとも、この種の「ブレ」は実際は図2のC(赤線)のように少しずつ大きくなるというよりは、何段階かの兆候を見逃したあとで一気に爆発する傾向がありますが)
さて、ここで大事なのは、
想定からのズレをコントロールすることが重要
だということです。普段は1ppmでやれていたのが2ppmになっても、規格上は問題ない。つまり「利用者への作用」にはまったく影響しない。しかし、そのズレは「生産工程の原因不明の異常、劣化」を示している可能性が高く、それは放置してはいけない。だから、そのズレを発見してコントロールするために「基準」を設定する。そういう種類の「基準値」もあるということです。
この種の基準、つまり「工程の劣化を防ぐための基準値」を決める時は3種類の数字を考える必要があります。安全限界、異常判断基準、目標、の3つです。
「安全限界」というのは、「これを超えると利用者への作用に悪影響をもたらす可能性が無視できない」という限界のことで、前述の例で言えば10ppmという強制規格がそれに該当します。
「目標」というのは「普通にやっていればこのぐらいになる」という中心的な値のことで、「異常判断基準」は、「これを超えたら工程に何らかの異常があると考えて原因究明を行う」という数値です。
「目標」値と「異常判断基準」値は「安全限界」よりも十分低く設定する必要があります。たとえば安全限界が10ppmなら
異常判断基準 2ppm
目標 1ppm
というのは「十分低い」数字と言えるでしょう。
・・・・と、ここまでは「平時の基準」の話です。
何らかの異常事態が起こった時には、平時の基準をそのまま適用するべきではありません。
たとえば、
という場合、それでも同じ基準を継続するべきでしょうか? 3ppmであっても「安全限界」の10ppmよりは十分低い数字です。それでもなお、1ppmの製品を得るために「莫大なコスト」をかけて、その結果たとえばガソリンの値段が1リットル200円になることを、利用者は望むでしょうか?
これがたとえばリットル当たり1円しか変わらないなら、「それでも1ppmにしてくれ」」という利用者はいるかもしれません。しかし、どのみち「安全限界」以下なんです。「リットル数十円も高いならいらない」という人がほとんどでしょう。。
つまり、「はっきりと原因がわかっている異常事態の進展中は、その現実に見合った水準に目標と異常判断基準を変更するべきである」ということです。
本当に避けるべきことは2つあります。
第1に、安全限界を超えること
第2に、工程の劣化をコントロールできなくなること
逆に、「平時の異常判断基準を超える」事態が続いていたとしても、原因がはっきりしていてそれが「工程の劣化を示す兆候ではない」のであれば、特に問題はないとするべきなんですね。「安全限界」はうかつに変えるべきではありませんが、「目標」や「異常判断基準」は工程管理上の都合ですから、工程管理上、もっとも妥当な線に変更してかまわないし、そうするべきなのです。
原発事故後の避難区域の設定や食品に関する「基準値」をめぐる混乱を見ていると、このへんの認識がまったく理解されていないことをつくづく感じます。
たとえば「1年につき1mSv」という、「一般人の被曝線量限度」を引き上げるかどうかが一時期問題になりましたし、今でもこの件を疑問視している方も多いことでしょう。「年に20mSvなどという基準は殺人的です!」と表明したタレントもいました。
もし「1年に1mSv」というのが「安全限界」なのであれば確かにそれを引き上げるのは問題です。が、実際には1mSv/年というのはここまでの話で言うところの「平時の目標値」でしかないわけです。原発事故後という緊急時においてもこの「平時の目標値」にこだわっても何の意味もありません。
原子力論考の第8回、「放射線管理区域」の本当の意味は? にて、今回に通じる話を書きましたが、たとえば「食品の出荷基準値」にしても「避難区域の設定基準値」にしても、どちらも安全限界ではないことは知っておきたいですね。安全限界はもっとはるかに高いところにあります。それを取り違えると、社会的に無用な混乱と莫大なコストを産みますし、不安から来るストレスは結果として放射能以上に自分と家族の健康を害してしまうだけですから。
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今日は、「基準値」の話を書くことにします。なお、今回は意図的に抽象的な話を中心にしているので、読みにくく、わかりにくく感じることでしょう。と、あらかじめお断りしておきます。
ある「環境」において何らかの生産を行い、その「産物」を「利用者」が使う、というシーンはどこにでもありますよね。石油会社がガソリンを作るのも、農家が農産物を作るのもこれに当てはまります。
そして「産物」について何らかの「基準」が設定されていることもよくあります。問題はこの「基準値」が何のためにあるかです。簡単に言うと、(1)産物が利用者に与える作用をコントロールするためと、(2)生産工程の劣化を防ぐため、という2つの意味があります。
たとえばJIS規格ではガソリンについて
レギュラー オクタン価89以上
ハイオク オクタン価96以上
という基準があります。これはたとえばハイオクガソリンを必要とするエンジンにはそれに見合ったガソリンを入れてやらなければ性能が落ちたり故障が増えたりするためで、この種の基準値は利用者に与える「作用」を一定水準以上に保つために必要です。
一方、基準にはもうひとつ「生産工程の劣化を防ぐため」という意味が実質的にあるものがあります。
たとえばある会社がガソリン中の硫黄を減らす技術開発をして、硫黄分が1ppm以下のガソリンを安定的に生産できるようになったとしましょう。ガソリンの硫黄分に関する強制規格値は「10ppm以下」なので、1ppm以下なら余裕でクリアしています。
さて、その会社がいつものようにガソリンを生産していたら、ある日の製品では硫黄分が2ppmになったとしましょう。
さて、どうしますか?
2ppmでも、規格値の10ppmにはまだ5倍も開きがあるから楽勝でクリアしてるじゃないか、ノープロブレム! と出荷するでしょうか?
いやもちろん、出荷すること自体は問題ありません。
問題はその後の手を打つかどうかです。
今までは1ppmで安定していたのに、急に2ppmになった。
何が起きたんだ? どこかに異常があるはずだ。探せ!
という対応を取らなきゃいけないわけですね。こうして「どこかに異常があるはずだ。探せ!」をすると、図2のB(紫)のように、一時的に(たとえば★印のところで)ブレが出てもすぐに原因を見つけて収束させることができますが、何もしないとC(赤)のようにだんだんとブレが大きくなっていずれは10ppmを超えてしまいます。(もっとも、この種の「ブレ」は実際は図2のC(赤線)のように少しずつ大きくなるというよりは、何段階かの兆候を見逃したあとで一気に爆発する傾向がありますが)
さて、ここで大事なのは、
想定からのズレをコントロールすることが重要
だということです。普段は1ppmでやれていたのが2ppmになっても、規格上は問題ない。つまり「利用者への作用」にはまったく影響しない。しかし、そのズレは「生産工程の原因不明の異常、劣化」を示している可能性が高く、それは放置してはいけない。だから、そのズレを発見してコントロールするために「基準」を設定する。そういう種類の「基準値」もあるということです。
この種の基準、つまり「工程の劣化を防ぐための基準値」を決める時は3種類の数字を考える必要があります。安全限界、異常判断基準、目標、の3つです。
「安全限界」というのは、「これを超えると利用者への作用に悪影響をもたらす可能性が無視できない」という限界のことで、前述の例で言えば10ppmという強制規格がそれに該当します。
「目標」というのは「普通にやっていればこのぐらいになる」という中心的な値のことで、「異常判断基準」は、「これを超えたら工程に何らかの異常があると考えて原因究明を行う」という数値です。
「目標」値と「異常判断基準」値は「安全限界」よりも十分低く設定する必要があります。たとえば安全限界が10ppmなら
異常判断基準 2ppm
目標 1ppm
というのは「十分低い」数字と言えるでしょう。
・・・・と、ここまでは「平時の基準」の話です。
何らかの異常事態が起こった時には、平時の基準をそのまま適用するべきではありません。
たとえば、
ガソリンの原料である原油の供給が品薄になり、
品質の低い原料しか手に入らなくなった。
このまま普通に生産すると3ppm程度になってしまう。
1ppmまで減らそうとすると莫大なコストがかかる
という場合、それでも同じ基準を継続するべきでしょうか? 3ppmであっても「安全限界」の10ppmよりは十分低い数字です。それでもなお、1ppmの製品を得るために「莫大なコスト」をかけて、その結果たとえばガソリンの値段が1リットル200円になることを、利用者は望むでしょうか?
これがたとえばリットル当たり1円しか変わらないなら、「それでも1ppmにしてくれ」」という利用者はいるかもしれません。しかし、どのみち「安全限界」以下なんです。「リットル数十円も高いならいらない」という人がほとんどでしょう。。
つまり、「はっきりと原因がわかっている異常事態の進展中は、その現実に見合った水準に目標と異常判断基準を変更するべきである」ということです。
本当に避けるべきことは2つあります。
第1に、安全限界を超えること
第2に、工程の劣化をコントロールできなくなること
逆に、「平時の異常判断基準を超える」事態が続いていたとしても、原因がはっきりしていてそれが「工程の劣化を示す兆候ではない」のであれば、特に問題はないとするべきなんですね。「安全限界」はうかつに変えるべきではありませんが、「目標」や「異常判断基準」は工程管理上の都合ですから、工程管理上、もっとも妥当な線に変更してかまわないし、そうするべきなのです。
原発事故後の避難区域の設定や食品に関する「基準値」をめぐる混乱を見ていると、このへんの認識がまったく理解されていないことをつくづく感じます。
たとえば「1年につき1mSv」という、「一般人の被曝線量限度」を引き上げるかどうかが一時期問題になりましたし、今でもこの件を疑問視している方も多いことでしょう。「年に20mSvなどという基準は殺人的です!」と表明したタレントもいました。
もし「1年に1mSv」というのが「安全限界」なのであれば確かにそれを引き上げるのは問題です。が、実際には1mSv/年というのはここまでの話で言うところの「平時の目標値」でしかないわけです。原発事故後という緊急時においてもこの「平時の目標値」にこだわっても何の意味もありません。
原子力論考の第8回、「放射線管理区域」の本当の意味は? にて、今回に通じる話を書きましたが、たとえば「食品の出荷基準値」にしても「避難区域の設定基準値」にしても、どちらも安全限界ではないことは知っておきたいですね。安全限界はもっとはるかに高いところにあります。それを取り違えると、社会的に無用な混乱と莫大なコストを産みますし、不安から来るストレスは結果として放射能以上に自分と家族の健康を害してしまうだけですから。
【お知らせ】
10月に名古屋で公開講座を開催します
■10月25日 主催:中部産業連盟
"部下に必要な仕事と知識を教え込む3つの心得"
自律型部下を育てるティーチング(いわゆる仕事の教え方の見本)」を様々な演習を通じて体得できます
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○ 大量の情報を要約して手短に報告することに自信がない
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