原子力論考(6) 「原子力以外のエネルギーなら人間が制御できる」と思いますか?
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原子力論考の6本目です。
今回は原子力以外のシステムにおける事故リスクについて書くことにします。これを知らないままで「脱原発」という方向へ性急に走るのは、かなりの危険な賭けになってしまいますので。
「脱原発」をめざす動機のひとつに、「原子力は一度事故が起こると人間には制御不能になるから」というものがあります。だいたいこんなロジックですね。
A 原子力は一度事故が起こると人間には制御不能だ
B 絶対に事故を起こさないシステムというものは原理的にありえない
C だから、原子力は放棄すべきだ
というものです。そこで、
D 事故を起こしても制御可能なシステムに移行すべきである
という方向を目指すことになるわけですが、実はこの考え方は、
A項で原子力(核燃料)の危険性を過大評価し、
D項で非原子力エネルギーの事故リスクを過小評価している
ことにご注意ください。
まずはD項の問題から行きます。
自然エネルギー、たとえば太陽光発電や風力発電についてはいますぐエネルギー源の主力にはなりえませんので除外します。主力となり得るのは火力発電であり、燃料としては石炭・石油・天然ガスの3種類があります。
これらはいずれも「膨大な量の危険物を長距離輸送し、かつ、備蓄しなければいけない」という脆弱性を抱えています。
端的に言うと、
タンカーが座礁したらどうするの?
ということです。
1997年に、島根県隠岐の島沖でロシア船籍タンカー、ナホトカ号が遭難しました。この事故ではナホトカ号の船体が2つに折れて6200トンのC重油が流出し、島根県から秋田県に及ぶ日本海岸に漂着して莫大な被害をもたらしました。
ところがこの6200トンという量は世界の主要なタンカー油流出事故の中でも最小クラスで、これ以上の事故はいくらでもあります。並べてみましょう。
発生年 流出量 船名
1978年 223,000トン アモコ・カディス号
1979年 287,000トン アトランティック・エンプレス号
1983年 252,000トン カストロ・デ・ベルバー号
1991年 260,000トン ABTサマー号
1997年 6,200トン ナホトカ号
最後のナホトカ号事故の数字がかわいく見えるほどの莫大な数字が並んでいます。
まあもっとも、現代の新造タンカーは構造が強化されているため、ちょっとやそっと座礁した程度では原油流出は起こりませんが、事故に脆弱な旧世代のタンカーもまだまだ運行しています。
LNGタンカーについては現時点まで重大事故は起きてはいませんが、1944年にアメリカでは陸上LNGタンクが爆発炎上し、死者128人という事故を起こした例があります。
更には昨年発生したメキシコ湾海底油田からの原油流出事故での流出量は大型タンカー2隻分以上だったようです。
化石燃料というのはそれ自体が危険物であり、危険物を大量に長距離輸送・貯蔵する限り、このリスクをゼロにはできません。これに対して、核燃料であるウランそのものは危険物(可燃物)ではありませんし、大量に輸送する必要もありません。
湾岸戦争時にイラク軍が放火していったクウェートの油田をすべて鎮火させるには9ヶ月の時間がかかりました。この間、現地は有毒物質による深刻な大気汚染に見舞われました。福島原発事故による放射性物質流出とは違ってこちらは明瞭かつ大規模な健康被害が出ています。
あるいは、毒物そのものを扱っている化学プラントも世界には(もちろん日本にも)存在します。1984年にインド、ボパールで化学工場から40tのイソシアン酸メチルが流出し、少なくとも3500人が死亡した事件があります。このような事故が起こると、福島原発で作業員が着用しているような防護服ではとても対応できず、本格的な化学防護服を装備しないと近づくこともできないため、原子力事故以上に対応が難しくなります。
福島原発では、メルトダウンが起きたとはいえ、まだ化学工場事故に比べれば簡素な防護服で建屋に入って作業ができるレベルです。どちらのほうがより、「一度事故が起こると人間には制御不能」に見えますか?
確かに一見すると原子力事故は「人間には制御不能」に見えるかもしれません。が、通常動力系のシステムにも決して少なくない危険は潜んでいることは知っておきたいものです。
実際のところ、「核燃料」そのものはたとえば石油や天然ガス、石炭のように「それ自体が可燃物で、一度点火すると延焼を続けるため収拾が難しい」ような性格のものではありません。問題は放射性物質の流出拡散であり、核燃料そのものには、化石燃料のような爆発炎上リスク、致死性有毒ガスの拡散リスクはないのです。
■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
→原子力論考 一覧ページ
今回は原子力以外のシステムにおける事故リスクについて書くことにします。これを知らないままで「脱原発」という方向へ性急に走るのは、かなりの危険な賭けになってしまいますので。
「脱原発」をめざす動機のひとつに、「原子力は一度事故が起こると人間には制御不能になるから」というものがあります。だいたいこんなロジックですね。
A 原子力は一度事故が起こると人間には制御不能だ
B 絶対に事故を起こさないシステムというものは原理的にありえない
C だから、原子力は放棄すべきだ
というものです。そこで、
D 事故を起こしても制御可能なシステムに移行すべきである
という方向を目指すことになるわけですが、実はこの考え方は、
A項で原子力(核燃料)の危険性を過大評価し、
D項で非原子力エネルギーの事故リスクを過小評価している
ことにご注意ください。
まずはD項の問題から行きます。
自然エネルギー、たとえば太陽光発電や風力発電についてはいますぐエネルギー源の主力にはなりえませんので除外します。主力となり得るのは火力発電であり、燃料としては石炭・石油・天然ガスの3種類があります。
これらはいずれも「膨大な量の危険物を長距離輸送し、かつ、備蓄しなければいけない」という脆弱性を抱えています。
端的に言うと、
タンカーが座礁したらどうするの?
ということです。
1997年に、島根県隠岐の島沖でロシア船籍タンカー、ナホトカ号が遭難しました。この事故ではナホトカ号の船体が2つに折れて6200トンのC重油が流出し、島根県から秋田県に及ぶ日本海岸に漂着して莫大な被害をもたらしました。
ところがこの6200トンという量は世界の主要なタンカー油流出事故の中でも最小クラスで、これ以上の事故はいくらでもあります。並べてみましょう。
発生年 流出量 船名
1978年 223,000トン アモコ・カディス号
1979年 287,000トン アトランティック・エンプレス号
1983年 252,000トン カストロ・デ・ベルバー号
1991年 260,000トン ABTサマー号
1997年 6,200トン ナホトカ号
最後のナホトカ号事故の数字がかわいく見えるほどの莫大な数字が並んでいます。
まあもっとも、現代の新造タンカーは構造が強化されているため、ちょっとやそっと座礁した程度では原油流出は起こりませんが、事故に脆弱な旧世代のタンカーもまだまだ運行しています。
LNGタンカーについては現時点まで重大事故は起きてはいませんが、1944年にアメリカでは陸上LNGタンクが爆発炎上し、死者128人という事故を起こした例があります。
更には昨年発生したメキシコ湾海底油田からの原油流出事故での流出量は大型タンカー2隻分以上だったようです。
化石燃料というのはそれ自体が危険物であり、危険物を大量に長距離輸送・貯蔵する限り、このリスクをゼロにはできません。これに対して、核燃料であるウランそのものは危険物(可燃物)ではありませんし、大量に輸送する必要もありません。
湾岸戦争時にイラク軍が放火していったクウェートの油田をすべて鎮火させるには9ヶ月の時間がかかりました。この間、現地は有毒物質による深刻な大気汚染に見舞われました。福島原発事故による放射性物質流出とは違ってこちらは明瞭かつ大規模な健康被害が出ています。
あるいは、毒物そのものを扱っている化学プラントも世界には(もちろん日本にも)存在します。1984年にインド、ボパールで化学工場から40tのイソシアン酸メチルが流出し、少なくとも3500人が死亡した事件があります。このような事故が起こると、福島原発で作業員が着用しているような防護服ではとても対応できず、本格的な化学防護服を装備しないと近づくこともできないため、原子力事故以上に対応が難しくなります。
福島原発では、メルトダウンが起きたとはいえ、まだ化学工場事故に比べれば簡素な防護服で建屋に入って作業ができるレベルです。どちらのほうがより、「一度事故が起こると人間には制御不能」に見えますか?
確かに一見すると原子力事故は「人間には制御不能」に見えるかもしれません。が、通常動力系のシステムにも決して少なくない危険は潜んでいることは知っておきたいものです。
実際のところ、「核燃料」そのものはたとえば石油や天然ガス、石炭のように「それ自体が可燃物で、一度点火すると延焼を続けるため収拾が難しい」ような性格のものではありません。問題は放射性物質の流出拡散であり、核燃料そのものには、化石燃料のような爆発炎上リスク、致死性有毒ガスの拡散リスクはないのです。
■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
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