「FDE」を化粧まわしにするな/30年前の「ソリューション」と同じ轍(連載第2回)
前回、FDE(Forward Deployed Engineer)とは、自社プロダクトと現場を往復するフィードバック・ループを核とした、ビジネスモデルそのものであることを確認しました。
今回は、この言葉が本質を伴わないまま消費されつつある現状に、警鐘を鳴らしたいと思います。なぜなら、全く同じ過ちを、私たちは30年前に「ソリューション」という言葉で犯しているからです。
1993年、IBMが下した決断
1990年代初頭、IT業界は、メインフレーム(大型コンピューター)全盛の時代が陰り、ダウンサイジングの嵐の中にありました。安価なミニコンやPCが普及し、ハードウェアの購入コストは劇的に下がった一方、マルチベンダー化によるカオスが待っていました。データの互換性が保てない、トラブルの原因がどのメーカーにあるのかわからない、システム全体の整合性を誰も保証してくれない。運用コスト(TCO)は急増し、企業は頭を抱えていました。
1993年、81億ドルの純損失を計上し解体の危機にあったIBMに、ルイス・ガースナーがCEOとして就任します。当時、私はIBMの現役の営業でした。「他社製品との組み合わせは保証できませんから、IBM製品で統一しましょう」と純血主義を振りかざしていた私たちにとって、ガースナーの方針はまさに青天の霹靂でした。彼は純血主義を180度転換し、「競合他社製品を含むお客さまのシステム全体を一括して組み合わせ、動作をサポートする」と表明したのです。
これこそが本来の「ソリューション(解決策)」であり、それを提供するサービスが「システム・インテグレーション(SI)」でした。そしてこれは、スローガンではありませんでした。1993年に約27%だったサービス部門の売上比率は、ガースナー退任直前の2001年にはソフトウェアと合わせて総売上の58%に達します。ハードウェアの「モノ売り」から、顧客の痛みを取り除く「コト売り」へ。身を切る事業構造の転換があったからこそ、IBMは倒産危機からV字回復を果たしたのです。
そして「ソリューション」は安価な看板に堕ちた
しかし、この強力な言葉は瞬く間に形骸化しました。周囲のITベンダーは、他社製品を含む複雑なシステムを統合する技術力も覚悟も持たないまま、売りたいだけの自社製品に「〇〇ソリューション」というラベルを貼り、格好よく見せるお化粧を施したのです。
言葉の定義が、ベンダー側の「実力レベル」にまで引き下げられた。これが「ソリューション」がバズワードへと堕落した経緯です。
同じ悲劇が「FDE」で繰り返されている
いま、多くのSIerやSESが自社のエンジニアを「FDE」と呼ぼうとしています。しかし冷静に考えてください。自社プロダクトを持たない企業が、どうやってプロダクトと現場のフィードバック・ループを回すのでしょうか。スケールさせるべきプロダクトがなければ、現場でどれほど優秀なエンジニアが課題を解決しても、それはその顧客限りの一回性の受託開発に終わります。
それでも「FDE」に飛びつくのは、AIの進化で「仕様書通りにコードを書くだけの人月ビジネス」が行き詰まることへの焦りがあるからでしょう。単なる客先常駐SEを「FDE」と呼び替え、手軽にお化粧を施す。「要件定義から実装まで一人で自走できる、ちょっと優秀なフルスタックSE。よし、これを『FDE』と呼ぼう」----言葉の定義を、自分たちの「できる範囲」にまで引き下げて安心する。
30年前と全く同じ、この「自己都合の解釈」こそが、言葉の価値を貶める主犯です。罪はFDEという思想にはなく、その本質を理解しようとせず安易な記号として消費する側の不誠実さと怠惰にあります。
それでも、本物のFDEはAI時代にこそ必要になる
誤解のないように付け加えれば、私はFDEという役割そのものを否定しているのではありません。むしろ逆です。AI前提の時代には、本質的な意味でのFDEこそが、ますます必要とされます。
仕様書通りにコードを書く仕事は、AIが担う領域になっていきます。しかし、AIやプロダクトという「普遍」の力を、カオスな現場という「個別」の現実に接続し、成果を定義し、それを証明する仕事は残ります。むしろAIの能力が高まるほど、この最後の1マイルを埋める人間の価値は際立ちます。現場に深く入り込み、真の課題を見出し、成果に責任を持つ----FDEが体現しているのは、AI時代のエンジニアが向かうべき方向そのものです。
ただし、その役割は看板の掛け替えでは手に入りません。IBMは「ソリューション」を掲げたとき、純血主義とハードウェア依存を捨てるという痛みを引き受けました。PalantirがFDEを組織するのは、膨大なコストを払ってでも自社プロダクトを圧倒的なスピードで磨き上げるためです。言葉の裏には、必ず「身を削る戦略と痛み」が存在します。
自らの足で歩む覚悟を決めよ
看板を「FDE」に掛け替えても、売っているものが工数(人月)である限り、AIによる生産性向上はそのまま売上の下落に直結します。本質を変えないお化粧は、ビジネスモデルの死期をわずかに先送りするだけの延命策に過ぎません。
「自社が本当に救うべき顧客の痛みは何か」「そのために、どんな痛みを伴う自己変革をすべきなのか」。流行り言葉に逃げず、自らの頭で考え抜き、自らの手でロードマップを描く。それだけが、この激変のAI時代に日本のITベンダーが生き残る唯一の道なのです。
(了)
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