前回は、デジタル化とDXの違いや関係を整理しました。今回は、デジタル化からDXへと移行する実践事例について、紹介します。
「レンタルビデオ」から「サブスク型動画配信サービス」へ
このチャートは、かつてはどこにでもあったレンタル「ビデオテープ/DVD」ショップのビジネス・モデルが、NetflixやDisney+などのサブスクリプション型動画配信のビジネス・モデルに置き換わってしまった事例です。
デジタル活用以前は、レンタル会社(ショップ)が在庫を抱え、顧客が店舗に来て、観たい映画のテープ/DVDを選び、その都度現金決済していました。
在庫を持たなくてはならず、固定費は高く料金は高止まりしていました。また、店舗に行く必要があり利便性にも難がありました。また、観たい映画が貸し出し中で直ぐには見られないこともありました。
このようなレンタル・ショップもインターネットの普及とともに、オンラインで注文し、その場で個別決済し、欲しいテープ/DVDを宅配してもらうことができるようになり、利便性が向上しました。その結果、レンタル・ショップは廃れていきます。しかし、「テープ/DVDをレンタルして、自宅で再生して観賞する」というビジネス・モデルに変化はありません。この段階が「デジタイゼーション」です。
その後、PCやスマホなどのデバイスが高画質になり、ネットワーク回線も高速になり、オンライン・ストリーミングで動画を観ることができるようになりました。このような環境の変化を背景に、サブスクリプション型動画配信ビジネスが登場します。これによって、新しい収益機会が生みだされます。その結果、宅配型のレンタル・サービスは競争力を失いました。この段階が、「デジタライゼーション」です。
デジタライゼーションにより、ビジネス・モデルは変わり、顧客との関係も変わりましたが、初期の段階では、そこから得られるデータを十分に活かしていたとは言えません。その後、顧客の利用データ、例えば、観ているジャンル、観ることを中断するタイミング、観ている時間帯や頻度、観る組合せなどのデータをきめ細かく取得するようになりました。
そのデータをAI(機械学習)の技術を駆使して分析することで、ユーザーに個別最適化された映像配信を行ったり、顧客を魅了するコンテンツを自社制作したりするなど、ユーザー体験を向上させるためのきめ細かな改善や新しいサービスの追加を高速かつ継続的に行うようになりました。これにより、顧客の映像体験は大きく変わり、もはや後戻りできない状態になり、顧客を囲い込むことに成功したのです。この段階が、DXです。
「タクシー」から「ライドシェアサービス」へ
このチャートは、タクシーからライドシェア・サービスへ置き換わった事例です。日本では、いまでもタクシーは広く使われていますが、米国や中国、東南アジア、欧州では、個人の自家用車を使って顧客を運ぶライドシェア・サービスが広く普及しており、多くのタクシー会社が倒産する事態となっています。
ライドシェア・サービスとは、自動車の所有者・運転者と、自動車に乗りたいユーザーを結びつけるサービスです。米国では、UberやLyftが有名です。また、中国では、滴滴出行(ディディチューシン)、東南アジアではGrab、ヨーロッパでは、BoltやTalixoなどが事業を広げています。
現在の日本の法律では、このような個人所有の自家用車を使うことは、「白タク」行為にあたり違法だとされているため、一部の地方特区で使われているに過ぎません。
海外で、このような変化が起きているのは、料金が不透明でぼったくりの被害が横行していること、タクシーに乗りたくても直ぐに拾うことができないこと、車両が汚くて不衛生であることなどへの不満を多くの利用者が抱えていたことが背景にあるようです。日本のタクシーは清潔かつ親切、正直で、都市部では比較的直ぐにつかまえることができ、電話で呼び出せば確実に来てくれるという利便性があり、海外と同様なことにはなっていません。ただ、人口減少やドライバーの高齢化などの事情もあり、何らかの変化が起こることにはなるでしょう。
事実、アプリでタクシーを呼び出す2つのサービス「JapanTaxi」と「MOV」が、2020年9月、「GO」に統合され、サービスの充実を図りつつあり、利用者も増えています。
タクシーは、デジタル活用以前は、電話呼び出しか手を挙げて拾って乗車し、現金かカードでの支払いが一般的でした。また、行き先や自分の居場所を口頭で説明しなくてはならず、これがなかなか難しく、ベテランのドライバーでも間違えることも多く、利用者のストレスにもなっていました。
その後、交通系ICカードやQR決済が使えるようになり、またカーナビを搭載したことで、口頭の説明でも、住所を言うだけで確実に目的地へ向かうことができるようになって、利用者の利便性を高めることができました。しかし、タクシー会社がタクシーを資産として所有し、「電話呼び出しか手を挙げて拾って乗車」というビジネス・モデルはそのままです。この段階が、デジタイゼーションです。
その後、タクシーを呼び出すアプリが登場し、口頭で場所を伝える必要は無く、GPSの位置情報をアプリが送ってくれるようになりました。また、支払いや領収書の送付もアプリで完結できるようになり、利便性が大幅に向上し、収益機会を拡大することができました。
その結果、ビジネス・プロセスが大きく変わり、ビジネス・モデルも一部が変わりましたが、タクシー会社がタクシーを資産として所有することには変わりありません。この段階が、デジタライゼーションです。
日本が次の段階に進むかどうかは分かりませんが、諸外国では、既に個人所有の自家用車を使ったライドシェア・サービスが広く普及しています。このようなライドシェア・サービスは、顧客の利用データ、すなわち、利用時間や乗降場所、その時の天候や曜日、日時などをきめ細かく分析し、需要をきめ細かく予測し、それに応じて収益効率がいいようにダイナミックに料金を変更したり、利用者の好む車種や料金を提案したりしています。また、Uberは、同じ方面の顧客をマッチングして相乗りさせ、極めて安い料金で乗車できるUber Poolと呼ばれるサービスを提供しています。また、日本でも広く普及しているUber Eatsは、元々は、自動車の配車サービスで培われた自家用車と利用者の最適マッチングを実現するテクノロジーやノウハウを利用して、食事の注文・配達サービスを提供しています。
このように、データを利用して、AI(機械学習)を使って最適解を見つけ、高速に改善を繰り返し、新しいサービスも次々に投入しています。こうして、顧客の体験価値を高めることで、継続的な収益機会の拡大を図っています。この段階が、DXです。
これら2つの事例を参考にデジタル化からDXへの変化を整理すると次のようになります。
- ビジネスの主役が「モノ」から「サービス」へと大きく重心を変える
- 追求する顧客価値も「コストと品質」から「体験価値とスピード」へと変わる
- 徹底したデータの収集と活用により、高速な改善と頻繁な新サービスの提供を繰り返す
ITの役割は「便利な道具」から、「ビジネスの前提」となり、人間とITがそれぞれに得意とする役割を最大限に発揮して、両者がシームレスに連携することで、ビジネスの価値を高めてゆくことへと変わってゆきます。
DXは、徹底したデジタル化への取り組みが前提です。その結果、次のようなプロセスが回り始めます。
- データが集まり、精緻なデジタルツインが生みだされる
- これをAI(機械学習)で分析して最適解を見つける
- 最適解に基づき、改善や新サービスの投入を高速に繰り返す
このプロセスを繰り返し回して、顧客の体験価値を高めることができるようにすることが、DXです。
DXとは何か、何をすべきかで、頭を悩まされている方も多いと思うのですが、まずは、自分たちの足下をしっかりと見据え、自分たちの実情に応じたデジタル化を着実に進めてゆくことです。その土台無くして、DXの実践はできません。だからと言って、時間をかけられる余裕もありません。それほど世界はめまぐるしく変化し続けています。
気がついたら実践し、その結果から議論して、改善し、さらに新しいことへとチャレンジする。このようなことができる企業の文化や風土も合わせて築いていかなければ、DXの実践は覚束ないことも覚悟しておくべきでしょう。
DX疲れにうんざりしている。Web3の胡散臭さが鼻につく。
このような方もいらっしゃるかもしれませんね。では、伺いたいのですが、次の3つの問いに、あなたならどのように答えますか。
- DXとはこれまでのIT化/コンピューター化/デジタル化と何が違うのでしょうか。
- デジタル化やDXに使われる「デジタル」とは、ビジネスにとって、どのような役割を果たし、いかなる価値を生みだすのでしょうか。
- Web3の金融サービス(DeFi)で取引される金額はおよそ10兆円、国家が通貨として発行していないデジタル通貨は500兆円にも達し、日本のGDPと同じくらいの規模にまで膨らんでいます。なぜ、このような急激な変化が起きているのでしょうか。
言葉の背景にある現実や本質、ビジネスとの関係を理解しないままに、言葉だけで議論しようとするから、うんざりしたり、胡散臭く感じたりするのかもしれせん。
ITに関わり、ビジネスに活かしていこうというのなら、このようなことでは、困ってしまいます。
ITソリューション塾は、ITの最新トレンドを体系的に分かりやすくお伝えすることに留まらず、その背景や本質、ビジネスとの関係をわかりやすく解説し、どのように実践につなげればいいのかを考えます。
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