丸腰の新人たちを現場に送り出す 本当にそれでいいのでしょうか?
「即戦力に育てたいというお気持ちは分かります。でもクラウドと仮想化の違い、IoTやビッグデータ、人工知能について何も教えず、それでお客様との話題についてゆけるのでしょうか?」
そろそろ新入社員研修も終わり、現場配属が始まる次期かもしれませんね。しかし、こういう最新のトレンドについては、ぽっこりと穴が空いたままで現場に送り出される新人たちも少なくはありません。特に、営業職採用の新入社員については、ほとんどがこのようなテーマに触れる機会がないままに現場に送り出されているようです。
「そんなことは、現場に出て自分で勉強すればいいんですよ。」
確かに、テクノロジーの変遷は、留まることはありません。当然、自助努力は必要です。しかし、ゼロから100を自助努力に期待するというのは、いかがなものでしょうか。また、どうやって「自助努力」すれば良いかを伝え、道筋を示すことも大切です。
「情報処理の基礎は教えています。」
コンピューターを構成する五大装置、処理の流れ、コンピューターの結合と処理方式、データベースの仕組みなど、新しいことを学ぶにしてもまずは学ぶべき大切な基礎知識です。しかし、多くがここで終わってしまいます。30年前の常識と最新テクノロジーとのギャップがあまりにも大きすぎます。それを「自助努力」だけで埋めろというのは、少々無理があります。
「現場で先輩達から教えさせています。」
自分の担当する仕事の範疇なら期待できます。しかし、ITビジネスの実相は、いま大きく変わり始めています。担当している商材や彼らのやり方だけで、新しいビジネスを切り開いて行けるとはとても思えません。むしろ過去の成功のバイアスに新人達が翻弄され、自助努力の道筋を見誤ることも危惧されます。
なにも先輩達に期待しても無駄だというのではなく、誰の下で働くによるばらつきが出てしまうことが問題なのです。本来、新入社員研修とは、顧客応対のマナーのばらつきを排除することであり、現場実践に必要な基礎的な知識や能力の一定の底上げを図ることです。「先輩に任せる」とはその大切な部分を放棄するということに他なりません。また、先輩達も新しいトレンドについて行けず、どう教えれば良いか迷っているのではないでしょうか。
では、どうすれば良いのでしょうか。
トレンドを学ぶことの意義や価値を理解させる
「営業は、お客様の3年後に責任を持たなければなりません。」
新入社員向けのITトレンド研修の講師を務めるとき、必ず伝えるメッセージです。
「あなたが提案し採用されれば、そのシステムは、最低でも3年は使い続けられるでしょう。そのときにもちゃんと役割を果たし、時代に取り残されていないシステムを提供しなければなりません。あなたたちがこの仕事に就く以上、その責任を負うことになるのです。」
目先の利益や時代遅れのシステムを提案すれば、いずれはお客様にそっぽを向かれます。そうならないためには、テクノロジーのトレンドを理解しておかなくてはなりません。
「トレンド(trend)」という英語には、「時流」という日本語がふさわしいと思っています。ディスプレイに並ぶITのキーワードを脳みそにコピペして並べることではありません。なぜそのキーワードが生まれ、注目され、どのようにつながり、どこへ向かうのかといった「流れ」が「トレンド」なのです。この流れが分かれば、いまと未来が見えてきます。それを分かって提案するかしないかは大違いです。
こういう積み重ねがお客様の信頼を育てます。「すぐにやる」、「何でもやる」、「正確に間違えなくやる」ことも大切ですが、それだけしかできない営業など「ただの良い営業」に過ぎません。
「あのひとは良い人なんだけど、未来を託す相談なんてできないよ。」
そんなことをお客様に言われてしまっては、大きな仕事など任せてもらえません。大きな仕事は、大きなプライドです。しかし、それは同時に大きな責任をとないます。それを成功させる努力も並大抵なことではないでしょう。だからこそ、成長のチャンスなのです。トレンドを理解できていなければ、そのきっかけさえつかめません。それほど、大切なことだと言うことを伝えなくてはならないのです。
体系的な最新トレンド研修を実施する
五大装置や処理の流れ、結合と処理方式など、基礎を学ばせることは大切なことです。しかし、その一連の基礎的要素が、スマートフォンやタブレットなどのモバイルデバイスにどのように実装されているのでしょうか。POS端末、ATM端末、彼らが普段使っているノートPCにどのように実装されているのでしょうか。クラウドには、どのように実装されているのでしょうか。Gmail、Amazonや楽天のECサービス、チケットやホテルの予約システムを使うのは彼らの日常です。こんな日常に結びつけて伝えなければ、実感として伝わらないでしょう。
「実感」のない提案に説得力はありません。例えば、運転免許も持たず、運転できない自動車ディラーの営業が、お客様に「是非、買いたい」と言わせることができないように、ITもまた「実感」がなければ、自分達のこれからやろうという仕事に「実感」や「期待」を持つことはできません。
また、彼らがすぐに接するであろう「仮想化」とは何か、そして、クラウドとSDI(Software Defined Infrastructure)との関係、仮想化とクラウドの違い、IoTとビッグデータとAIの関係を知らないままで、現場でお客様と会話ができるのでしょうか。
詳細に説明することはできなくても、「何のことを言っているのか」が分からなければ、お客様と応対することは難しいでしょう。それより心配なのは、お客様に会うことを「怖い」と思ってしまうことです。冗談のような話ですが、お客様に行けと言われていってみたものの、何を話しているのか分からないままに、だんだん営業という仕事が怖くなり「社内ひきこもり」になっているという新人に会ったことがあります。
不安になり、何とかしようとガンバって自分で勉強しようという人が大半ではありますが、そういう彼らになんの武器も与えず、丸裸で前線に送り込むようでは、即戦力化は到底かないません。
「俯瞰的」、「体系的」、「歴史的」にトレンドについて伝えることです。特に歴史は大切です。新しいテクノロジーが生まれてきた背景には、歴史があるのです。その歴史の先に未来があるのです。今をその中に位置付けてこそ、そのテクノロジーがビジネスにどのような価値を与えるのかが理解できます。
人は知識を断片として記憶にとどめることはできません。「俯瞰的」、「体系的」、「歴史的」に物語を構成して、そこに位置付けることで記憶を作ることができます。トレンドはそういう物語でもあるのです。
「クラウド」や「仮想化」などのキーワードについて辞書のような解説に終始し、物語を伝えない研修でほんとうに受講者は理解できるのでしょうか。「やった」という事実だけのために講師料を払っているようでは受講者も可哀想です。
自助努力の仕方を教える
「朝の1時間、始業前に自分の時間を作りなさい。会社でも良い、近所のカフェでも構いません。誰にも邪魔されず勉強できる場所と時間を作ることです。そこで何を勉強するかを先に考えるのではなく、まずは時間と場をつくること。それが、いずれ大きな自分の財産になることに気付くと思いますよ。だまされたと思って、実行してみて下さい。朝のゴールデンタイムを作って下さい。」
私が、新入社員研修で必ず伝えているメッセージです。想いからではなくカタチから入れと伝えているのです。
先日、5年前に新入社員研修を受け持った営業と話をする機会がありました。彼は、それをずっと実行してきたそうです。そして、その意味がいまやっと分かったと話していました。
トレンドを勉強するのにどんな本を読めば良いか、どの雑誌を購読すべきか、どのサイトを見れば良いかといった質問をうけることがありますがあります。しかし、これに応えることは容易なことでありません。例えば、GitHubの使い方について詳しく知りたいというのであれば、答えようもあります。しかし、漠然と「どの本を読めば良いのか」に答えはありません。大切なことは、どうやって学ぶべきテーマを見つけ、どのように学ぶのかのやり方を教えることです。何を学ぶかではなく、どう学ぶかの術として、私は「朝のゴールデンタイム」を進めているのです。
「毎朝1時間勉強のために時間を取れば、毎週1日研修を受けているのと同じ。これを10年続ければ、2年間の大学院に通ったことと変わらない勉強時間が確保できます。」
会社が提供できる研修に限りがあるのは仕方がありません。だから自助努力が必要なことはいうまでもありません。ただ自助努力を日常の中に埋め込む方法を伝えることは、研修でもできることです。
「無駄なことをしたくありません。効率よく勉強したいんです。何を学ぶか、どうやって学ぶかを教えて欲しい。」
それは自分で見つけるしかないのです。そのためにも、朝のゴールデンタイムが大切なのだと言うことを伝えなくてはなりません。
また、いろいろなコミュニティや勉強会に参加し、経験や知恵のある人とつながることも役に立ちます。有志が無料でやっているものはいくらでもあります。
他にもいろいろとあります。いずれにしろ、何を学ぶかではなく、学ぶ習慣や機会の大切さ、そしてその実践のノウハウを伝えることです。
いまこの業界は、大きなテクノロジーのパラダイムシフトの只中にあります。それは、同時にビジネスのパラダイムシフトと相まって、新しい常識を模索しています。そんな業界に飛び込んでくる新人達に旧態依然とした知識だけを与え、これまでの常識に縛り付けるのはいかがなものでしょうか。自分達の役割をしっかりと悟らせ、新しいこと学ぶことに興味や喜びを感じ、自らも自助努力を惜しまない、そんな人材に育ててゆくための取り組みが、必要ではないでしょうか。
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