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クラウド戦役をZガンダム視点でわかりやすく解説するブログ+時々書評。

コミュニティの底力。新しい時代を切り開くのはベンダーではなく開発者であるべきと実感

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Tech・Edは今日が2日目。キーノートの内容以上にストリーミングのクオリティと
それを支える技術に注目が集まった
ようであるが、どれほど画質が上がっても、
残念ながらリモート参加の方々に伝えきれないものもある。
開発者コミュニティの熱気はそのひとつだ。

中にはテクニカルセッション以上に盛り上がるBoFやライトニングトークもあるほどに、
Tech・Edはマイクロソフトのイベントではなく、開発者のイベントなのである。
3日間連続開催ということもあり、地方からの参加で宿泊される方も多く、夜も
さまざまな勉強会や飲み会が繰り広げられている。これらコミュニティ活動に積極的に
参加する方々にとってマイクロソフトはおそらくネタフリ役か、媒介者にすぎないのだろう。

なお、Tech・EdのキーノートでAzureにイチミリも触れなかった件について
オルタナブロガーの西脇氏も指摘していたが、比較的現場での実用に近い段階の技術を
研修・トレーニング的な色合いを少し強めてコンテンツ提供するの位置づけにあるためで、
今後本格的な適用が予定されており、まだ最初のバージョンも商用提供開始していない
Azureは、最新テクノロジにより特化したPDC(日本含む各国ではTechDays)ネタなのである。

そうはいっても、Azure関連のテクニカルセッションは私の担当含めいくつかあり、
BoFやライトニングトークでもAzureネタは散見される。我々が価値を伝えたいと思う以上に、
開発者から見てAzureはいぢり甲斐のあるオモチャなのであろう。

そんな中、非常に心強い活動を1つ紹介したい。先日、このブログでAzureのトレーニング
キットをご紹介したが、その翻訳をあるコミュニティが買って出てくれたのである。

Azure_community_2

私が「内容充実!Windows Azure Platform Training Kit8月版公開開始」の投稿で、
「マイクロソフトの対応を待たず、コミュニティの有志による翻訳プロジェクトの立ち上げは
大歓迎である。オフィシャルには待ちの状態で、資金面などで具体的に何か支援ができる
わけでもないのだが、HQ担当者を含む問い合わせ対応などには私も応じられるだろう。」

と、思いの丈をぶちかましていたのを見て、応じてくれたとのこと。
交換日記など続くわけもなく、mixiも早々に放棄、コツコツ・継続が大の苦手な私が唯一
毎日更新し続けているこのブログが契機となってくれたことは、個人的に、非常に嬉しい。

さて、このトレーニングキットに含まれるドキュメント群、掛け値なしに非常によい内容なのだが、
いかんせん情報の鮮度を保つのが難しく、少なくとも最終化されるまでは翻訳費用を拠出して
レビューを通して、マイクロソフト正式版を出すのは難しいと半ばあきらめかけていたところであり、
彼らのがんばりに対する期待は大きい。成果物はAzureに興味を持ちながらも、多忙な業務の中英語の
ドキュメントを読むのが面倒で一歩踏み出せずにいる多くの開発者の背中を押すことになるだろう。
(あくまで有志の活動であり、この紹介でプレッシャーを与えているわけではないことはご理解いただきたい)

本来、技術というのはベンダーに教えてもらうものではなく、開発者同士がおもしろがって
よいものにしてゆく、その過程でベンダーに提案や要求を突き出して、それを受けたベンダーも
一緒にになってさらによいものにしてゆく流れが、関係各位が一番幸せになれるパターンと思える。

このような自律的・自発的な活動が、幾重にも重なって助け合いながら楽しく学んでいたうちに
クラウドの第一人者のひとりとなってしまい、関わったメンバーはみんな仕事も順調に…という
好循環が描けるよう、微力ながら支援を続けてゆきたいとTech・Edの盛り上がりから改めて感じた。

ちなみに、Tech・Edのtwitterハッシュタグは #techedj2009 。会場にお越しの方はハッシュタグ
つきで会場の様子や感じたことをつぶやいていただきたい。「IT企業ではtwitter使うのが普通」という
SixApartのネット右翼的発言が現実になるほどには、まだまだ一般的な浸透度が低いのが実態だが、
昨日夜のWBS特集でtwitterもキャズムを超えるだろうか。我々が接することが多いエンタープライズ系の
IT企業では普及率はかなり低いか、仕事とは別の人格でプライベートしか使っていない人が多いように
見受けられる。少なくとも、twitterでつぶやくと上司に遊んでいるとしか思われない状況は脱することが
できればアングラ感が消えてまっとうな社会インフラにもなり得るかもしれない。

ただまあ、おそらくそうなった頃には私をはじめとする新しもの好き派は次の何かを求めつつ、
急速に興味を失ってしまうのは致し方ないところか。

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