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「役に立たない」がイノベーションを生む? G1「変な京大」に学ぶ、外れ値の育て方

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「京都大学って、やっぱり変な人が多いですよね」

2026912日に開催されたG1関西で、「『変な京大』 なぜ京都大学から多様な知が生まれ続けるのか」というセッションのモデレーターを務めたマネーフォワードの辻庸介さんが、冒頭からパネリストたちに「自分の変なエピソード」を求めた。

登壇したのは、京都大学で仏教を研究する熊谷誠慈教授、参議院議員の新実彰平氏、超ひも理論の研究者である橋本幸士教授、そしてビットキーCEO寳槻昌則氏。

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変なやつに居場所がある京大

元アナウンサーで参議院議員の新実氏は、純粋に「野球がしたい」という理由で死ぬ気で勉強して京大に入学。辻氏は「野球のために京大!?」との反応。しかし新実氏は、朝から晩まで練習に打ち込み、関西学生野球で首位打者を獲得して全国紙に掲載されたという、情熱の持ち主である。

起業家の寳槻氏は、3人兄弟の末っ子。中卒の父親が「だんご3兄弟」をみて、「京大3兄弟で行こう」というシャレから京大進学を目指すことになったという(高校へ行かず、大検を受けて京大に入学)。

彼が強調したのは、「変であることを許容する環境」の重要性だ。普通なら「変だよ」と言われれば、ネガティブに受け取る。しかし、京都大学では「変だ」と言われること自体が、むしろ少し嬉しい。「変なやつに居場所がある。変な状態でも目的や計画を強制されないことが大きい」と寳槻氏は語る。

「変人」は、自分では変だと気づかない

湯川秀樹氏以来の伝統を持つ研究室を率いる橋本氏。大学院生が入ってくると、「もう一人前の科学者だ」と伝えているという。一人前ということは、「失敗してもいい」という自由が担保されていることを意味する。

学生が失敗をした時、「どんだけすごい失敗したんか言うてみ」と受け止め、その失敗がすごければすごいほど「お前、変人やな」となる。これが「褒め言葉」なのだ。

研究者が壁にぶつかった時も、落ち込むどころか「こんなすごい壁に当たった」と仲間に自慢する。失敗や行き詰まりを自慢し合える京大のコミュニティが、新しいものを生み出していく強さの源なのだろう。

辻氏が「では、橋本さん自身の変なエピソードは?」と聞くと、橋本氏は、「自分ではわからないです」と答える。「変な人も、自分ではわからないですね」と辻氏は返した。本人にとっては、ただ「面白いから」「やってみたいから」やっているだけなのだ。

「役に立たない研究」が、あるとき役に立つ

熊谷氏は、かつて朝9時から翌朝の5時まで、ひたすらサンスクリット語の古文書を読み解く日々を送っていた。「壁にぶつかるどころか、壁しかない」状況でも、仏陀の教えの原典に触れるのが楽しくてしょうがなかったとか。

そして、インド仏教からチベット仏教、そしてブータン仏教へと研究対象を移すにつれ、世界の研究者数が減っていき、ついには世界で自分一人になってしまったという。

周囲からは「そんな研究をして何の役に立つんですか」と言われ続けたが、2011年ブータン国王が来日した際、「そんな素晴らしい研究をしているのか」と評価された。

研究対象を絞るたびに仲間が減り、ついには「世界で自分一人」になった。それでも研究を続けた。その後、ブータン国王との出会いや、「仏教とAIを組み合わせられないか」という依頼につながり、仏教AI「ブッダボット」の開発へと展開していく。

物理学から「平和の交響曲」へ

橋本教授は、京都で出会った音楽家と共同研究を始め、なんと「物理に基づいた交響曲」を作曲した。物理学者なので音楽はよく分からないが、「面白いから」共同研究を始めた。

そして京都で演奏し、さらにドイツへ。すると、演奏する現地の高校生たちが、どうしてこの曲をやるのかと質問してきた。そこで、物理学の平和利用を交響曲に込めたと説明すると、「平和にコミットできる機会を作ってくれてありがとう」と高校生たちは、感動して泣き出したという。

「平和のための曲を作ろう」と始めたのではない。「物理を音楽にしたら面白そう」から始まった。それが、思いもよらない形で社会的な意味を持つものになった。ここに、京大らしさの一端があるのかもしれない。

変な子になるには?

質疑応答では、「変な京大」らしい珍問答も飛び出した。

「子どもを皆さんのような"変な子"に育てるには?」という質問から始まり、恋愛の話になり、さらに「うんち」へと質問は飛んだ。寳槻氏は、「うんち」を子どもとの険悪な空気を和らげる魔法の言葉として紹介。「うんちもそうだが蜂蜜のような粘性の高い液体は、なぜ上から落とすと、とぐろを巻くのか」という、橋本氏がまだよく分かっていない物理学の問題を語り出す。熊谷氏からは、子どもに仏教を教えるための「うんち」を使った企画を考えたものの、さすがにお蔵入りになり、代わりに「仏教AI」が生まれたという話まで飛び出した。

子どもを"変な子"に育てるには?という問いに関連して、湯川秀樹博士の逸話が紹介された。

湯川博士が授業を担当した際、初回で学生に「君たちには全員、優をあげます」と宣言した。そして、「私の授業は、聞きたければ来てもいい。来なくてもいい。自分で決めなさい」と続けた。その代わり、授業に来ないなら、吉田山に登ったり、鴨川に行ったりして、四季折々の素晴らしいものを見てください」と言ったという。

知識を効率よく詰め込むことよりも、自分で問いを見つけること。そのためには、教室の外で何かを感じることも大切という考え方だ。

「変な子」を育てる秘訣は、変に育てようとしないことなのかもしれない。放っておく。しかし、興味を持ったものには環境を与える。

橋本教授は「変な人を京大に入れること」ではなく、「変だと思うものを掘り下げられる社会を作る」ことが大事と話した。

最後に熊谷氏は、「外れ値」の重要性を力説した。AIは「優秀な平均的なお坊さん」は作りやすい。だからこそ、「これからは外れ値のような方こそが活躍していける時代」と指摘し、長い目で育てていくことが重要になると言う。

「人は一人ひとり個性を持ってよくて、興味あることを深掘りしながら、役に立たなくてもいい」モデレーターの辻庸介氏が最後に語ったこの言葉が、「変な京大」というテーマの、意外に深い結論だった。

「変な人」をつくるのではなく、「変なままでいられる場所」をつくる。

これは大学だけの話ではない。企業でも、「なぜそんなことを?」と言われる人や、すぐには成果を説明できないテーマをどこまで許容できるかが、次のイノベーションにつながる可能性がある。

参考:Yosuke Tsuji note 「変な京大」を通じて考えたこと

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