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脅威と正面から向き合えるか ~富士フイルムとコダックの明暗を分けた脅威~

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事業環境を分析する際、SWOTという手法がよく使われます。ご存じの方も多いですが、SWOTとは会社の内部要因をStrength(強み)とWeakness(弱み)に分けて認識し、外部要因をOpportunity(機会)とThreat(脅威)に分けて認識するフレームワークです。

SWOT分析でいちばん大事になるところは、諸要因を抽出する際、それぞれを事実として認識するところです。実際、分析をしてみると、その人の視野の広さや情報感度の高さが問われますし、その人のものを見る立ち位置なども映し出されてきます。

とくに会社の現状を厳しくとらえ、勝てる施策を根本から考えなければならないときには、単純なことですが事実認識をすることの難しさを身にしみて感じることになります。

一番問題になるのは、脅威(T)に強み(S)がさらされていることへの現状認識でしょうか。一言でいえば「強みを持つものの、市場で通用しない状況が増えている」という認識です。この状況は負けがはっきりしないですし、まだまだ勝てる見込みもあるでしょうから、普通にいえば現状認識も鈍りますし、施策決定も鈍ります。この原因は、強みに自信を持っていることにあります。


図1.png


デジタル対応で明暗を分けた富士フイルムとコダック

この状況を示す分かりやすい例が、富士フイルムとコダックです。さかのぼること、写真のデジタル化が顕著になり始めた2000年頃の話です。両者はいずれも写真フィルム(アナログ写真)で大きな世界シェアを築いていましたが、写真フィルム市場が消失するという脅威にさらされ、明暗を分けることとなりました。

富士フイルムは写真フィルムの売上がどんどん落ちていく中で着実にデジタル対応の製品を出して、脅威を機会化していきました。適者生存を果たしたということです。

反対にコダックはデジタル対応が遅れました。ご存じの方も多いと思いますが、2012年にコダックは倒産しました。私も以前はコダックのフィルムはプリントしたときの色が好きで愛用していましたので、「あのコダックが破綻するとは」と驚きを隠せませんでした。


SWOT2.png


当時富士フイルムの社長をつとめていた古森重隆氏(現在は代表取締役会長・CEO)が書いた『魂の経営』にはこの頃の状況が分かりやすく記されています。第一章「本業消失」と第二章「第二の創業」を読めば、同じ状況にあった富士フイルムとコダックが明暗を分けた経緯がはっきりと分かります。

「コダックも当然、デジタル時代の到来を予見し、危機感を持っていた。そして多角化についても、製品開発に乗り出すなど、富士フイルムと似たような動きを見せていたのだ。
しかし、本業を大事にしすぎて事業の多角化への意欲が富士フイルムより少なかった。」(古森会長)

魂の経営.jpg

魂の経営
古森重隆(著)
東洋経済新報社(刊行)


なお本書にはSWOT分析を当てはめた解釈はされていません。これは私の解釈であり、SWOT分析について紹介するときに、富士フイルムとコダックの例を引合いに出させて頂いている次第です。


現状認識の重みをマネジメントサイクルに反映したい

さて冒頭に申し上げた現状認識の難しさについて戻ります。古森会長は「有事に際して経営者がやるべき4つのこと」の中で、その1つにこの現状認識の重要性をあげています。

「限られた時間、限られた情報で、リーダーは正確に現状を把握しなければならない」と。

古森会長は経営計画の実行においても、従来から提唱されているPDCA(Plan-Do-Check-Action)のマネジメントサイクルを見直し、See-Think-Plan-Do(STPD)というサイクルに改良しました。これは前段階をより大事にしようというもので、SeeとThinkが強調されています。

  • 「See」 すぐにできるHowに走らず、事実情報に基づいてWhy、Whatを大事にする
  • 「Think」 アイデアに飛びつかず、本質を見抜く


富士フイルムSeeThinkPlanDo.jpg


この図は本書から引用しました。


IT業界こそ、現状認識を大切にしたい

さて富士フイルムとコダックの明暗は、IT業界においても参考になるのではないでしょうか。IT業界の商品はデジタルの本流だからデジタル化の脅威は無いと考えられそうですが、そうではありません。業界構造や仕事の仕方という点では相当にアナログな部分を残しています。

若干読み替えが必要で、写真市場は、製品がデジタル化の脅威にさらされましたが、IT市場は業界の構造が不効率や順応性の遅さを大きく残しており、クラウド化など次々とくる技術革新の脅威にさらされているといっても良いでしょう。

なかでもSI事業者にとって、技術革新の脅威は深刻な問題になります。SI事業者は人材がいわば商材とも言えるビジネスですから、当事者にとって自身の商品性を冷静に判断するのはとても難しいと思うからです。傍から脅威と思うことが、自分自身のことになると「まだいける」と思わずにいられないのが人情です。

だからこそですが、脅威と正面から向き合うことは難しいとつくづく感じます。企業は、現状認識のステップをマネジメントサイクルにしっかり反映することが必要ではないかと思う次第です。



(追記)アマゾンのレビューを見ると、評価が3.7と思いの外低いものでしたが、よく見ると評価が両極端に分かれていました。私自身は、本書は文章が平明でとても読みやすく、すっと頭に入ってきましたが、逆に酷評する方もおられるようです。見方にはいろいろあってよいと思うのですが、それだけ富士フイルムが果たした事業構造改革には賛否の分かれる決断があったのではないかと察します。

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