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日本企業がDX(デジタル・トランスフォーメーション)を正しく進めるために必要なキーワードについて考えます。

「発症リスク」を掘り起こす~ドイツの健康保険組合AOK

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はじめまして、SAPジャパン株式会社の村田聡一郎と申します。このたび、このオルタナティブブログにて連載をさせていただくことになりました。

このブログのテーマは、「超リアルタイムビジネスのインパクト:Game changers rule」です。超リアルタイムってなに?ゲームチェンジャーって?と思われたことでしょう。はい、ありがとうございます(笑)。その疑問には、毎回の記事で順にお答えしていきます。

さて、わざわざ時間を使って私のブログをご覧いただくからには、読者のみなさまにある程度の”品質保証”をするのは書き手の責務かと思います。当ブログでは、以下のようなリターンをお約束いたします(笑)。

  1. ITをベースにした、インパクトあるビジネスモデルの事例を多数ご紹介します。
  2. 単に紹介するだけでなく、それらを体系化して、そこから学べるエッセンス、応用可能なポイントは何か?をあわせて解説します。
  3. それらの基盤となっている最新のテクノロジーについて、ITに詳しくない方にもご理解いただけるよう概説します。

当ブログを通じて、日本企業の次代を担うみなさまが「おお、こんな商売が可能な時代なのか!?」と目を剥き(笑)、「ウチなら(あるいは、あのお客様なら)こんなふうにやれるんじゃないか?」と考え実践していく、ひとつのきっかけとなれればと願っています。どうぞよろしくお願いいたします。

なお当ブログの内容はあくまで筆者個人に帰属しており、SAPの見解を示すものではありません。

では、まいりましょうか。

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AOK(アオカ)はドイツ最大の法定健康保険組合である。ドイツ国民2,400万人に健康保険を提供し、年間の保険請求は診療が約3.7億件、薬の処方が約4億件、保険金の支払額は6兆円を超える。拠点数1200、従業員約6万人の巨大組織だ。

今そのAOKが取り組んでいるのが、Predictive Prevention Care、予測に基づく予防的ケアである。

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AOKのホームページ(http://www.aok.de/

■予防的ケアとは

ドイツもまた、高齢化や医療高度化に伴う医療費の高騰が社会的課題となっている。ドイツの場合、居住者全員に健康保険への加入が義務付けられているが、一方で累積赤字が膨らんでいる健保組合は被保険者に追徴金を課すことになり、それを嫌った被保険者が他の組合に大量に移動するなど、健保組合の財政の健全化は待ったなしの課題となっている。

その対応策として、AOKは予防的ケア戦略を開始した。被保険者2400万人の過去の診療・投薬履歴を分析して、「特定疾病の発症リスクの高いパターン」を洗い出し、それに該当する被保険者に予防的ケアを勧めることで、健康レベルを保つとともに保険料および医療費の抑制を図る、というのがその骨子である。

具体的には、以下の3つのプロセスがある。

  1. 過去の診療・投薬データに対して、専門の研究員がデータマイニングを行い、「特定の疾病が発症しやすいパターン」を発見する。
  2. 次にそのパターンに当てはまる被保険者、いわば発症予備軍を抽出する。被保険者個々に適合する予防的ケア・プログラムを推奨し、とくに発症リスクが高いと思われる場合にはAOK側からアクションする。
  3. この予防的ケア・プログラムそのものの効果も、その後の実績データに基づいて常にモニターし改善していく。

健康保険組合であるAOKは、当然ながら、被保険者個々人の健康状態および医療に関するかなり詳細な履歴データを持っている。これらを横断的に分析すれば、「不健康」が「病気」につながるパターンを発見することは十分に可能であろう。(むろん、プライバシーの確保については細心の配慮が求められるであろうが。)

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■三方よし

この予防的ケア戦略の素晴らしいところは、「三方よし」につながることだ。

  • 予防的ケアにより、被保険者が発症リスクを具体的に認識して生活パターンを改善すれば、健康につながり、そもそも病気にかかる可能性を下げ、クオリティ・オブ・ライフを保つことができる。なんといっても健康保険は「保険」であり、使わずに済めば被保険者にとっても越したことはない。
  • 一方AOKは、保険金の支払いが減れば、財政をより健全に保つことができる。長期的には保険料の引き下げすら可能になるかもしれない。
  • そしてドイツ社会全体としては、医療費を抑え、かつ健康な国民が増えれば、当然プラスである。

大量データからマイニングした(掘り出した)傾向値を見える化することで、一石三鳥の効果。見事なビジネスモデルと言える。

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しかし。ひとくちに「2,400万人のデータ」といったが、これがどのくらい莫大か、ITに詳しい方には容易にご想像いただけるであろう。1年あたり、診療+投薬で7.7億件。仮に5年分に限ったとしても、通常の大型サーバーくらいでは、まともなスピードでのデータマイニングなどは到底不可能な、まさに“ビッグ・データ”だ。

この予防的ケア戦略を推進するためにAOKが採用したのが、インメモリ・コンピューティングという超高速処理技術である。サーバーに巨大なメモリを搭載しすべてのデータをメモリ上に持つことにより、ハードディスクへのI/O(読み書き)がなくなるため、従来とは文字通りケタがいくつも違うパフォーマンスが可能になる。100倍、1,000倍、10,000倍といった改善がザラに出るのである。

■インメモリ・コンピューティングのインパクトと、新しいビジネスモデル

インメモリ・コンピューティングは、IT業界における「30年に一度」クラスの大きなジャンプだ。その圧倒的な速さがもたらすインパクトは計り知れない。

インメモリ・コンピューティングについては追々詳述するが、しかし、このブログのテーマはテクノロジーではない。そうした最新テクノロジーによって初めて可能となった(=従来技術では考えることすら難しかった)、新たなビジネス・バリューを考えていきたい。

そのキーワードは、おそらく、「グルグル回せ」である。

インメモリ・コンピューティングは、あらゆるビジネスのIT基盤部分を担う基幹部品だけに、その適用範囲はきわめて広い。当ブログでは、そうした”ゲームチェンジャー”な事例やそれを支えるインメモリなどの要素技術についても、なるべく非IT用語を使って説明していきたいと考えている。

読者のみなさんにはぜひ、ご自身が関わっておられるビジネスにおいてはどんなことが可能になるか?という、頭の体操をしてみていただきたい。ヒントはこのブログに、今後次々に登場していく。

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※当記事の情報は、公開情報をもとに筆者が構成したものであり、AOK社のレビューを受けたものではありません

AOK (Allgemaine Ortskrankenkasse) 関連情報
http://www.aok.de/

■プレスリリース(日本語訳)
http://www.sap.com/japan/about/press/press.epx?pressid=17796

■AOK紹介ビデオ(英語:3分24秒)※オススメ!
http://www.youtube.com/watch?v=HsrfXbIDcKk

■SAP Sapphire MadridでのAOKによるプレゼン動画(英語:20分、要ログイン(無料))
http://www.sapvirtualevents.com/sapphirenow/sessiondetails.aspx?sId=780

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 ドイツ Waldorf市内のAOKの店舗

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