スマートメーター網への布石、見える化で節電~イギリスの電力・ガス最大手セントリカ
セントリカ Centrica は、イギリス最大のユーティリティ(電力・ガス供給)企業である。おもにBritish Gasというブランド名で、ガスおよそ1,000万契約、電気は一般家庭600万契約、事業所100万契約を保有している。
イギリスは国を挙げて”グリーン化”を推進しており、「2050年までに温室効果ガスを対1990年比で80%削減する」ことを法制化している。その一環として2009年には「2020年までに国内全世帯にスマートメーターを設置する」という方針を打ち出した。スマートメーターにより電力使用量が見える化されて省エネ/節電が進み、温室効果ガスの削減にも大きく寄与することが期待されている。(詳細については文末の参考リンクを参照のこと)
セントリカ/British Gasも先頭に立ってグリーン化を推進している。スマートメーターの設置を意欲的に進め、すでに50万台を超えるスマートメーターを設置しているとともに、新料金体系「EnergySmart(TM)」を導入した。
セントリカ(British Gas)のSmart Meterサイト
ただし。スマートメーターそのものは、あくまで利用量の「計測器」にすぎない。スマートメーターそのものが電力消費量を抑えるわけではない。期待が先行しがちな「スマート」を、セントリカはどのようにしてビジネスにつなげるのだろうか。
■敷居が高い「変動型料金」
日本でスマートメーターというと、まず、需給に応じた変動型料金の話になる。たとえば下記の記事などがわかりやすい。
◆スマートメーター、年2億台の大市場へ(日本経済新聞2011年6月6日)
TOUは、時間帯ごとに電気料金を変えてピーク電力を抑制するもの。CPPはさらにその効果を強めるためにピーク電力時の料金を極端に高くすることでピーク電力を抑制する。RTPは、電力消費量に合わせて電気料金をリアルタイムで変動させる方法で、時々刻々変化する料金を消費者に伝える必要がある。いずれにせよ、これらの方策を実現しようとすれば、時間帯別に電力消費量や電力料金を計測するスマートメーターの設置が必須になる。
「固定的な料金体系を見直し、需要に応じた価格づけ=市場原理を導入することで、電力消費の最適化を実現する」。ストーリーとしては実にわかりやすく、合理的だ。
しかし。ストーリーが実現するまでの道のりを考えると、これはかなり遠い。「需要がピークになる夏場の午後には値段を上げる」というのは簡単だが、具体的に「いくらに上げる」のがよいのか?を弾き出すのは簡単ではない。高くしすぎれば儲け過ぎ批判を浴びるだろうし、下げすぎれば赤字になる。
また「実際に使った量」と「時間帯」に応じて課金する以上、対象となる契約はスマートメーターが必須であり、スマートメーターの検針情報に応じてきめ細かく請求を起こすシステムが必要になる。1社あたり数百万(東電では約2,700万)契約を抱える電力会社にとって、その課金・請求システムのIT投資はけっこうな規模になるはずだ。
そして何より、これまで月1回の検針で請求を起こしてきた電力会社にとっては、それこそコペルニクス的な発想の転換が必要になるであろうことは容易に想像できる。
コンセプトは良い、しかし実現までの初期投資はかなり高い。それがスマートメーターと変動型料金なのである。
■まずは見える化から
ところが。セントリカはこれを、いかにも軽やかに、“スマート”に乗り切りつつあるようだ。
EnergySmartに参加すると、電力やガスの利用状況が一目でわかる、屋内設置用の「電力・ガスモニター」が無料で提供される。利用状況が見える化されるため、節電意識が高まり、節電が進むとセントリカではアピールしている。
Electicity Monitor(British Gasのサイト)
下記の動画(現在リンク先なし)では、「電力・ガスモニター」を取り付けた家庭の子供たちが、スイッチを切るごとにモニターの針が下がるのに喜んで、次々と電気を消していく。しかしこれこそがまさに「見える化」というものではないだろうか。子供たちの気持ちはよくわかる。
EnergySmartという料金体系は、実は来るスマートメーター時代の前哨戦でしかない。というのは、現在のEnergySmartは実はスマートメーターを設置していなくても利用できるのだ。検針は月1回、ユーザーが自分でメーターを見て、PCやiPhoneから自己申告するだけでよい。つまり現在のEnergySmartは、実はスマートメーターとはまったく関係がないのである。
セントリカでも、従来、電力の検針は3か月に1回であり、利用状況の詳細は一切わからなかった。日本と同様、料金は固定的であり、また「ドンブリ勘定」のため一般家庭の節電意識も高まらなかった。
これが、スタンドアロンの(ネットワーク化はされていない)モニターを使って「見える化」するだけで大きく前進していくのであれば、大規模な投資なしでもまずは第一歩を踏み出すことができる。EnergySmartでは同時に専用Webサイトも提供し、前月との比較などの情報も提供している。
■本番はこれから
もちろん、本番の準備も怠りない。
セントリカの電力契約は約700万件がすべてスマートメーターに置き換わると、700万台のスマートメーターから30分に1回(=1日48回)、年間ではおよそ1200億件もの膨大なレコードが送信されてくる。
これを明細レベルで蓄積し、分析を行い、また各契約者からのWebサイトへのアクセスを処理するため、セントリカはインメモリ・データベースSAP HANAを採用。さらにSAPと共同で「スマート・メーター・アナリティクス」(SMA)アプリケーション群を開発しつつある。その一端が2011年5月のイベントで紹介された。
How SAP In-Memory Computing Helps Centrica Run Better(YouTube動画、9分45秒、英語)
電力会社にとって「節電」とは、自社の唯一の商品の売上を減らさせようとする努力であり、普通の産業ではなかなか考えづらい行為である。しかし一方で「グリーン化」は社会的、全世界的な要求であり、その流れに抗うことは、戦略上も得策とは言えまい(とくにイギリスのように、電力でも自由化が進み競争がある場合には)。
そこでセントリカはこれを逆手に取り、「節電コンサル」を提供することで、顧客満足度を上げて繋ぎ止め、さらに場合によっては成功報酬を得ようとしているのだ。
スマートメーターからのデータを蓄積すると、その家庭や事業所の電力の利用パターンが折れ線グラフとなって表示でき(下記①)、さらにほぼ似たようなパターンを持つグループごとにセグメント化(②)することができる。
より分かりやすい事業者(商店)の例で説明すると、たとえば
- アパレル小売店は開店1時間前から閉店1時間後まで店内照明のため一定の電力使用が続き、それ以外の時間帯はほぼゼロに落ちる。
- 一方スーパーマーケットは、夕方にピークが来るが、夜間も冷蔵庫があるため電力はピークの1/2程度にしか落ちない。
- 食堂は昼と夜の2回ピークが来るフタコブラクダ型。
- ベーカリーは朝3~5時という早朝にピークが来る。
といった具合である。
セグメント化の次は、同セグメント内での平均的な電力消費量と比較し、劣っている(消費量が多い)契約先には「節電コンサルティング」を提供して、節電を支援する。
たとえば以下の例では、ACME store #244の電力効率スコアは-399で、セグメント内ではボトム10%に含まれている。
さらに1日の利用パターンで見ると、平均値が山型になっているのに対し、この店はほぼ一直線になっている。つまり日中も平均より高いが、夜間も電気が使いっぱなしになっているのである。
また月次で見てみると、夏場はさほど差がないのに対して、冬場はとくに差が大きいことがわかる。ということは、暖房効率が悪いのだろうと判断できる。
節電コンサルの過程ではセグメント変更、属性絞込み(例:電気暖房か否か)、半径○○マイル以内(=気候がほぼ同じ)での絞込み、その日の気温推移との相関、月次推移、時間帯推移、など多様な切り口で実データ(ファクト)に基づく提案を行う。担当者にはiPadを支給し、訪問先でこのように実績データをビジュアルに見せながら面談することで、説得力が増す。
また改善の実施後は、その効果がまたリアルタイムに見えるので、納得感も得られる。おお、これだけ節電できているのか、と思えば、顧客の満足度も高まるだろう。
これも、全契約の検針データを明細レベルで保持し、しかもそこからリアルタイムに絞込みをかけて表示することができる、インメモリ・コンピューティングをベースにしているからこそできることである。
ちなみに、逆にセグメント平均より優れている場合には、割引料金を適用した割安なプランを適用することで、節電インセンティブを提供する予定としている。
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もちろん最終的には、料金変動タリフの導入まで含めた、本来のスマートメーターとスマートグリッドにまで到達していくのであろう。そのレールはすでに敷かれている。しかしそうしたビッグバンを待つことなく、可能なところから手を打っていく周到さ。日本でもこうした取り組みが待たれるところである。
※当記事の情報は、公開情報をもとに筆者が構成したものであり、Centrica社のレビューを受けたものではありません
Centrica / British Gas関連情報(すべて英語)
http://www.centrica.com/■Smart Meters (British Gas)
http://www.britishgas.co.uk/smartmeters
■Centrica(British Gas)Smart meter case study(動画)
http://www.centrica.com/files/reports/2009ar/videos.asp?video=4
■SAP Sapphire Madrid カンファレンスでのSmat Meter Analytics のデモ(YouTube動画)
http://www.youtube.com/watch?v=ApQ0vK_UYd4
■How SAP In-Memory Computing Helps Centrica Run Better(YouTube動画、再掲)
http://www.youtube.com/watch?v=yZj3DKxZdLAスマートメーター関連情報(日本語)
■分散型エネルギー新聞(詳細かつ網羅的にカバーされておりお勧め)
http://www.onsitehatsuden.jp/pdf/110830smartkakumei.pdf
■イギリス 電力会社等に全家庭へのスマートメーター設置を義務付け
http://www.eic.or.jp/news/?act=view&serial=22291&oversea=1
■スマートメーターの落とし穴(日経エレクトロニクス)
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/TOPCOL/20100414/181842/
■スマートメーター自体は重要ではない、自律制御が肝だ (1/2)
http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1110/03/news007.html