データセンター向けAIネットワークの需要急増と1.6Tbps超高速スイッチ導入がもたらすインフラ投資戦略
米調査会社Dell'Oro Groupが2026年7月28日に公表した予測によると、AIバックエンド向けデータセンタースイッチの累積設備投資額は、2026年から2030年の5年間で1兆ドル規模に達する見通しとなりました。エージェンティックAIやフィジカルAIの普及による計算資源需要の急増を背景に、売上高と出荷数の見通しは大幅に上方修正されています。
市場の中心はプロセッサ間を直接結ぶスケールアップ領域へ移り、2030年までに市場の過半を占めると予測されています。現在はNVIDIAのNVLinkが優位を保つものの、自社製チップの導入拡大に伴い、イーサネットやUALinkへの移行が進む見込みです。
今回は、1兆ドル市場への成長構造、通信速度1.6テラビットへの移行、独自規格からオープン標準への転換、複数技術が共存する調達判断について、取り上げたいと思います。
累積支出1兆ドルへ迫るAIスイッチ市場と構造変化
米調査会社Dell'Oro Groupは2026年7月28日、AIバックエンドネットワーク向けデータセンタースイッチに関する市場予測レポートを公表しました。レポートによると、2026年から2030年までの5年間にわたる同スイッチへの累積投資額は、約1兆ドルに迫る見通しです。2026年1月時点の予測値から、売上高およびポート出荷数の双方が大幅に引き上げられました。
上方修正の主因は、自律的に判断するエージェンティックAIや、ロボティクスなど物理空間で機能するフィジカルAIの本格普及です。高度な応用の拡大により、アクセラレーテッド・コンピューティングへの投資は類を見ないペースで加速しています。さらに、通信機器の高密度化や先端部材採用に伴うインフラ構築費の高騰も、市場規模を押し上げる要因となっています。
分析において特異な点は、市場の拡大ペースを規定する要因が需要側ではなく供給側にあるという指摘です。AIインフラへの投資意欲が旺盛である一方、先端半導体の製造能力や先端パッケージングの生産枠、データセンターの受電容量や冷却設備の調達など、多面的な供給制約が存在します。今後5年間を通じて、供給網のボトルネックによって成長速度が制御される構造が続く見込みです。
インフラ投資の推進においては、投資枠の確保に加えて、長期的な供給網の安定性や調達リードタイムを織り込んだ計画立案が求められると考えられます。
スケールアップ領域への投資集中と市場規模の倍増
AIバックエンドネットワークは、接続の役割と物理範囲によって主に3領域に区分されます。同一ノード内のGPU間を高速接続する「スケールアップ」、サーバーノード間を束ねる「スケールアウト」、データセンター間をつなぐ「スケールアクロス」です。Dell'Oro Groupのレポートでは、スケールアップが2030年までにAIバックエンドスイッチ市場の50%以上を占めると予測されています。
スケールアップ向けスイッチ需要の急伸は、AIバックエンド全体の獲得可能市場規模(TAM)を2倍以上に押し広げる要因となります。大規模言語モデルのパラメータ数増やマルチモーダル化の進展に伴い、計算ノード内部のプロセッサ間通信量が爆発的に増大しているためです。モデルの学習や高速な推論処理を成立させるには、ノード内部の超広帯域・低遅延なメモリ共有通信がシステム全体の処理性能を決定づける構造となっています。
従来のデータセンターにおけるスイッチ市場は、サーバー間をつなぐスケールアウト型が中心でした。しかし、AIワークロードの高度化は、サーバー内部の半導体間通信をかつてのクラスター間通信に匹敵する巨大なネットワーク市場へと変貌させています。
ハードウェア設計の現場では、基板設計や配線の高密度化、放熱構造の刷新など、スケールアップ領域の帯域確保を最優先に進める方針が定着しつつあります。
独自規格NVLinkからイーサネットとUALinkへの主導権移行
スケールアップ領域では、現在NVIDIAの独自規格であるNVLinkが圧倒的なシェアを占めています。プロセッサと独自スイッチを垂直統合した同アーキテクチャは、高い通信性能と開発の容易さを提供し、AI基盤の標準的な選択肢として普及してきました。これに対し、レポートは2030年末までにイーサネットがスケールアップ技術の主導的な位置を占め、AIバックエンド全体における長期的なリーダーであり続けると予測しています。
イーサネットの台頭を後押ししているのは、ハイパースケーラーをはじめとする大手クラウド事業者による自社製カスタムチップ(ASIC)や、多様なサードパーティ製アクセラレータの採用拡大です。特定ベンダーに依存し続ける場合、調達価格の交渉力が制約されるほか、供給遅延時のリスク分散が困難になります。各事業者は自社開発のAI半導体やオープンな調達品を組み込むため、標準化された広帯域インターフェースの採用を急いでいます。
この流れの中で、オープンな業界標準を目指すUALink(Ultra Accelerator Link)や、広帯域・低遅延に最適化された先端イーサネット技術への期待が高まっています。巨大なエコシステムと既存の運用知見を持つイーサネットがスケールアップ領域でも性能要件を満たし始めたことで、特定ベンダーへの依存を抑えたい事業者の選択肢が具体化しました。
独自エコシステムからオープンな多標準環境への移行は、調達コストの最適化を促す一方、複数ベンダーの機器を統合・運用する技術的な負荷を事業者に求める側面も持ち合わせています。
1.6Tbps急拡大と光電融合技術の共存シナリオ
AIバックエンドの性能向上を支える伝送速度において、世代交代の速度は過去のサイクルを大幅に上回るペースで進んでいます。Dell'Oro Groupの分析によると、ポートあたり毎秒1.6テラビット(1.6 Tbps)の普及ペースは、前世代である800 Gbpsの立ち上がりと比較して少なくとも5倍の速さになると見込まれています。さらに、その後の3.2 Tbpsへの移行によって、採用ペースと出荷数の拡大は一層加速すると予測されています。
超高速伝送への移行は、スイッチASICと光モジュールを接続する物理層の設計に高度な技術課題をもたらします。伝送速度の向上に伴い、信号減衰や電気配線での発熱、消費電力の急増が深刻なボトルネックとなるためです。これに対応するため、市場では複数の光・電子実装技術が併存しながら進化する見通しとなっています。
具体的には、既存の着脱型構造を高度化したアドバンスド・プラガブルモジュールや、基板上で光素子をスイッチ近傍に配置するXPOやNPO(Near-Package Optics)が初期に普及すると見られています。さらに、スイッチチップと光インターフェースを単一パッケージ内に統合するCPO(Co-Packaged Optics)は、製造技術とサプライチェーンの成熟に伴い段階的に導入が拡大していく見込みです。
これらの技術選択は、データセンターの電力設計や保守運用体制に影響を与えます。故障時の交換容易性に優れるプラガブル系と、消費電力効率と信号品質で優位に立つパッケージ統合技術との間で、導入時期と投資回収のバランスを見極める判断が求められます。
マルチアーキテクチャ共存時代における調達と投資判断
AIバックエンドネットワークの急速な拡張は、インフラ選定における価値基準の再定義を促しています。Dell'Oro Groupのレポートが示す通り、イーサネットが長期的優位を確立しつつも、単一の技術規格が市場全体を独占する展開は見込みにくく、複数の技術が共存する環境が形成されます。アクセラレータの種類、処理性能の要件、クラスターの規模、既存のエコシステムへの適合度に応じて、最適なアーキテクチャが選択される構造です。
これにより、ネットワーク機器や関連部材の市場には数百億ドル規模の多様なビジネス機会が生み出されています。設備投資を行う事業者にとっては、一律の画一的な標準化ではなく、用途に応じたシステム構成を選択できる柔軟性が生まれました。推論中心の分散ノードには汎用性と運用実績に優れるイーサネットを配し、最先端の基盤モデル学習には密結合な専用ファブリックを適用するといったハイブリッドな設計が現実的な選択肢となります。
意思決定において確認を要する先行指標は、主要ハイパースケーラーにおけるカスタム半導体の量産進捗と、1.6 Tbps対応スイッチのサプライチェーンにおける歩留まりです。また、オープン規格に準拠した機器間の相互接続性テストの進捗状況も、本格導入の時期を判断する基準となります。
インフラ投資の判断においては、短期的な計算性能の追求だけでなく、技術世代交代への追従性、調達元の多元化によるリスク低減、データセンター全体の消費電力効率を統合的に評価する視点が求められると考えられます。
今後の展望
2026年から2030年にかけてのAIバックエンドスイッチ市場は、巨額の投資と急速な技術転換が重なり合う局面に入ります。ノード内部のスケールアップ領域におけるイーサネットやUALinkの浸透、そして1.6 Tbpsから3.2 Tbpsへと進む光伝送技術の統合は、データセンターの構造を根本から再編していくでしょう。
この変化は、AI基盤の主導権が特定ベンダーの垂直統合型から、オープン規格を軸とした水平分業型へと移行する可能性を示唆しています。もっとも、技術移行の速度は、先端パッケージングの供給枠やデータセンターの電力・冷却設備の制約に依存する見込みです。
今後は、通信性能の比較にとどまらず、インフラ全体の電力対性能比やサプライチェーンの耐性を基準とした調達方針の再設計が進むと考えられます。旺盛な需要と物理的な供給制約が交錯する環境において、どのようなアーキテクチャを選択し、どの段階で次世代規格へと舵を切るのか、構造的な見通しを持った判断が重要になるでしょう。
