オルタナティブ・ブログ > 『ビジネス2.0』の視点 >

ICT、クラウドコンピューティングをビジネスそして日本の力に!

AIトークン費用の高騰は企業の投資戦略とSaaS利用をどう変えるのか

»

2026年7月28日に総合コンサルティングファームのEY USが公表した第5回「EY US AI Pulse Survey」によると、AIへ投資する米国企業の82%がAIトークンの使用量と関連コストに懸念を抱いており、98%がその運用アプローチの再検討を余儀なくされています。同時に、画一的な既製ソフトウェアから自社開発のAIソフトウェアへの移行が進み、87%の企業が社内向けソフトウェアの内製開発を導入または試行しています。

広範な実験と導入の速度を最優先してきた初期段階が過ぎ、企業は継続的な運用コストと創出価値を厳格に見極める段階へ移行しました。急増するトークン消費の財務管理や、現場主導の内製化に伴うシャドーITリスクへの対処など、新たな統制の枠組みが求められています。

今回は、トークンコスト上昇が促す投資戦略の転換、内製AI開発の台頭によるソフトウェア調達の見直し、安全な開発を支えるガバナンス体制、価値創出を実現する組織設計の判断軸について、取り上げたいと思います。ChatGPT Image 2026年8月15日 12_50_26.png

トークンコストの増大と実装戦略の再定義

人工知能モデルが処理する入出力データの最小単位である「トークン」の消費量が、企業の運用コストを急速に押し上げています。EY USが2026年4月24日から5月17日にかけて米国の上級副社長(SVP)以上の意思決定者534名を対象に実施した調査によると、AI投資企業の82%がトークン使用量と関連費用を懸念事項として挙げています。さらに、トークン課金を伴うツールを利用する企業に限ると、98%がコスト負担を理由に実装へのアプローチを見直している実態が明らかになりました。

自律型AIエージェントによる自律的な反復処理や複数モデルの連携が進むにつれ、1回の業務プロセスで消費されるトークン数は指数関数的に増大します。従来型のクラウドサービスで見られた予測可能な月額固定費用と異なり、トークン消費は現場の利用頻度やエージェントの試行回数に連動するため、中長期的な財務計画を立てにくい性質を持ちます。しかし、トークン使用量を能動的に監視し、明確な支出上限や予算ガードレールを設けている企業は全体の64%にとどまり、管理体制の整備が運用の広がりに追いついていない状況が見て取れます。

注目すべきは、コスト懸念に直面した企業が必ずしも投資の縮小を選択していない点です。トークン費用を背景にAI展開の範囲を見直した企業のうち、展開を「拡大する」と回答した企業は37%に達し、「縮小する」とした15%を大きく上回りました。導入ペースについても「加速する」が29%、「減速する」が15%となっています。EYのグローバルAIコンサルティングリーダーであるダン・ディアシオ氏が指摘するように、作業時間の短縮だけを根拠にした投資判断は成立しにくくなっており、既存業務の効率化にとどまらない新たな事業価値の創出へ優先順位を再設定する動きが強まっています。

コストの急増は後退の合図ではなく、用途の選別とROIの厳格化を促す契機として機能しています。単純な自動化から高い付加価値を生む中核業務へと適用先を絞り込み、計算資源の投下に見合う成果を要求する姿勢が、企業の投資配分を再構成しつつあります。

投資予算の現実化と確実な投資対効果の追求

初期の過熱感から脱し、AIに対する支出計画は現実的な水準へと落ち着きを見せています。過去の調査において強気な予算拡大が予測されていたのに対し、実績値との乖離が数値として示されました。前年の調査時点では、投資企業の35%がこの段階で1,000万ドル以上の支出を見込んでいましたが、現在実際にその水準を投じている企業は23%にとどまります。また、総予算の50%以上をAIに配分すると計画していた企業も前年の18%から、実績としては3%に落ち着いています。

この支出の適正化は、投資意欲の減退を意味するものではなく、検証を重ねた合理的な資源配分への移行と解釈できます。実際、AI投資企業の98%が自社の取り組みからプラスの投資対効果(ROI)を得ていると回答しています。投じた資金の総額よりも、どの領域に集中して投資を実行したかが成果の大きさを決定づける要因となっています。

総予算の25%以上をAIへ投じている積極的な企業群では、サイバーセキュリティ分野で大きなROIを実感している割合が45%に達し、投資比率25%未満の企業の32%と比べて高い成果を上げています。顧客満足度の向上においても、積極投資群は41%が顕著なROIを報告しており、低投資群の31%に対して優位性を示しました。重要度の高い領域へ十分な資源を集中させた企業ほど、初期の学習曲線を乗り越えて明確な競争優位を獲得している構図がうかがえます。

今後は、網羅的なツール配布による全社的な試行錯誤から、防御力の強化や顧客接点の刷新といった収益・リスクに直結する中核領域への集中投資へと、経営判断の軸足が移っていくと考えられます。

既製ソフトウェアの限界と社内製AI開発への移行

エンタープライズITの調達構造にも大きな転換が生じています。AI投資企業の約4分の3にあたる76%が、従来の市販パッケージや既製ソフトウェア(Off-the-shelf)では自社固有の要件を満たせなくなっていると回答しました。汎用的な機能を提供する既存のエンタープライズ製品では、個々の企業が持つ独自の業務手順や競争力の源泉となるプロセスに十分適合できないという課題が顕在化しています。

この課題を克服するため、多くの企業がAIを活用した内製ソフトウェア開発へ舵を切っています。AI投資企業の91%が社内利用を目的としたAI生成ソフトウェアの開発を不可欠と評価しており、87%の企業が既に本格展開またはパイロット導入を進めています。この動きを支えている最大の要因は開発速度の劇的な向上であり、94%の意思決定者がAIの活用によって従来の開発手法よりも迅速にソフトウェアを構築できていると回答しました。自然言語によるプログラミングや生成AI支援環境の普及が、非エンジニアを含む現場主導のアプリケーション構築を現実のものにしています。

この内製化の流れは、既存のソフトウェアベンダーとの関係性に大きな変化を及ぼす見通しです。今後5年間を見据えた場合、AI投資企業の95%が従来のソフトウェアベンダーとの関係が変化すると予測しており、82%が業界において従来型の一人当たり月額課金(per-seat SaaS)モデルの重要性が低下すると見込んでいます。自社に最適化された軽量なツールを迅速に内製できる環境が整ったことで、高額な年間契約や不要な機能を含む大規模なSaaSへの依存を見直す動きが広がっています。

企業は外部の標準機能に自社の業務を合わせるアプローチを改め、自社の優位性を生かした固有のシステムを自前で高速に構築・維持する体制へと移行しつつあります。

内製化が引き起こすシャドーITとセキュリティの制約

AIを活用した内製開発が急速に拡大する一方で、現場主導の開発速度にガバナンスが追いつかないという新たな構造的制約が表面化しています。調査では、AI投資企業の72%が内製AIソフトウェアの運用において、コスト、人材、信頼性の複合的な障壁に直面し、開発の進捗が停滞していると回答しました。

開発のハードルが下がった結果、情報システム部門の把握や承認を経ずに構築されるアプリケーションが増加し、シャドーITのリスク増大が最大の懸念事項として34%に挙げられています。これに続いて、規制順守やガバナンス体制への懸念が33%、システムの脆弱性やサイバーセキュリティ上のリスクが32%と、ほぼ同等の高い比率で指摘されました。統制を欠いた内製ソフトウェアの乱立は、データの流出経路を増やし、業界規制への違反を招く恐れがあります。

現場の裁量による迅速な開発と、組織全体としてのセキュリティやコンプライアンスの担保は、しばしば相反する関係に陥ります。厳格すぎる承認プロセスを課せばAIがもたらす開発速度の利点が損なわれ、逆に現場の自由に任せすぎれば潜在的なリスクが蓄積します。AI投資企業の93%が、従業員による社内向けAIソフトウェア開発を安全に許可するための適切なガバナンスフレームワークの構築を求めており、開発環境の民主化に見合った統制基盤の再設計が急務となっています。

この課題を放置すれば、個別の業務効率化と引き換えに企業全体のセキュリティ基盤が脆弱化する危険性があり、組織的な開発ルールの整備が必須の条件となっています。

自律型エージェント時代に求められる機械速度の統制基盤

内製化の利点を損なわずにリスクを抑え込むためには、人間の手作業に頼る従来の審査プロセスを改め、システムの挙動に合わせてリアルタイムに機能する統制基盤の導入が不可欠です。EYアメリカのリスクコンサルティングリーダーであるジョージ・ハガー氏が提言するように、大規模なAI活用から持続的に価値を引き出すには、「機械の速度で稼働するガバナンス体制」の確立が前提条件となります。

具体的には、AIエージェントのコード生成やAPI呼び出しの段階で、セキュリティポリシーやデータ利用規則への適合を自動検証する仕組みの実装が求められます。開発者の自由度を維持しながら、バックグラウンドで脆弱性のスキャンや権限設定の検証を即座に実行するガードレールを組み込むことで、現場の俊敏性を損なわずにコンプライアンスを維持することが可能になります。

同時に、トークン消費に対する財務的なガードレールの設定も急務です。各部門や個別のエージェントごとに消費量の上限を動的に割り当て、異常なループや非効率なプロンプトの連続実行を自動検知して停止させる監視体制を整える必要があります。これにより、予期せぬ費用の急増を防ぎ、ROIに基づく投資管理を日常的に機能させることができます。

自律型技術の普及に伴い、ガバナンスは事業の速度を落とす制約ではなく、組織が確信を持って革新を加速させるための基盤へと位置づけを変えつつあります。技術的な防御策と財務的な規律を統合した運用設計こそが、次世代の競争力を左右する中核的な要素となるでしょう。

今後の展望

トークン消費の増大と内製ソフトウェア開発の浸透は、企業のテクノロジー調達構造を根本から再設計させる見込みです。画一的な機能に対して座席数単位で支払う固定的なソフトウェア契約から、自社の固有業務に合わせて内製した軽量ツールと、自律型エージェントの実行量に応じた成果連動型の投資配分への移行が一段と進むでしょう。

この転換の成否を分けるのは、現場の開発速度を損なわずにリスクを遮断する自動化された統制基盤の構築力です。自社開発の利便性を享受しつつ、シャドーITや脆弱性を排除する仕組みを早期に確立できた組織ほど、外部ベンダーへの依存を抑え、高効率な業務基盤を確立できると考えられます。

調達の外部依存から独自のデジタル資産形成へ軸足が移るなか、財務規律とリスク管理を開発プロセスそのものにどこまで迅速に組み込めるかが、将来の収益性と競争優位を決定づける基準となるでしょう。

ChatGPT Image 2026年8月15日 12_51_02.png

Comment(0)