オルタナティブ・ブログ > シロクマ日報 >

決して最先端ではない、けれど日常生活で人びとの役に立っているIT技術を探していきます。

【書評】"How We Got to Now"

»

スティーブン・ジョンソンといえば、このブログでも何度か著作を紹介していますが、彼の最新刊が先ごろ発表されました。タイトルは"How We Got to Now: Six Innovations That Made the Modern World"。「何が現代の社会を作ったのか」をテーマに、6つのジャンルに関するイノベーションやテクノロジーの歴史を整理しています。ちなみに同じタイトルのテレビ番組がBBC/PBSで放送予定となっていますが、もともとこの企画のために書かれた一冊とのこと。

How We Got to Now: Six Innovations That Made the Modern World How We Got to Now: Six Innovations That Made the Modern World
Steven Johnson

Riverhead Hardcover 2014-10-28
売り上げランキング : 2870

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

本書に頻繁に登場する概念が「バタフライ効果」(本書では特に、ある技術が別の技術に影響を与えるという観点から"ハチドリ効果"と命名されています)。すなわち「風が吹けば桶屋が儲かる」式に、ある出来事が思いもよらぬ流れを生み出し、それが基礎となって次の出来事を生み出していく――それこそがテクノロジーの歴史の本質なのだ、と訴えられています。と言うと、ジョンソン氏の『イノベーションのアイデアを生み出す七つの法則』を読まれた方は同書で取り上げられている「隣接可能性」(文字通り、隣り合う技術領域から新たなイノベーションが実現されるという考え方)を思い出すと思いますが、本書でもこの隣接可能性が何度か言及されています。

たとえば冒頭部分で取り上げられている、こんなエピソード。グーテンベルクによる活版印刷技術の完成といえば、よく取り上げられる有名なイノベーション事例ですが、この技術によって意外な波及効果があったと指摘されています:

 この後に起きたことは、歴史上最も奇妙な「ハチドリ効果」のひとつと言えるだろう。グーテンベルクが比較的安価で、持ち運びやすい本を印刷したことは、識字率向上のきっかけとなった。するとそれがきっかけとなって、視力に問題を抱える人が少なくないことが浮き彫りになり、そこから眼鏡の市場が生まれることになったのである。グーテンベルクの発明から100年も経たないうちに、ヨーロッパ中で何千人もの眼鏡職人が商売を始めた。こうして眼鏡は、新石器時代の衣類の発明にも匹敵する、普通の人々が日常的に身につけるハイテク技術となった。

 しかし「共進化」の流れはこれで終わらない。花の蜜がハチドリに新しい飛び方をするよう促したように、眼鏡市場の急拡大によって生まれた経済的インセンティブが、新しい専門知識の蓄積を促した。ヨーロッパには大量のレンズが普及したが、レンズを使ったアイデアもまた、大量に登場したのである。つまり印刷技術の登場によって、突如としてヨーロッパ大陸に、レンズを使って光を駆使する専門家たちが現れたわけだ。彼らは光学革命のハッカーと言えるだろう。そして彼らが行った実験は、視覚の歴史にまったく新しいページを開くこととなった。

話はこの後、顕微鏡や望遠鏡の発明、さらにそれが促した科学の発展へと続いていくのですが、この流れで言えば、ガリレオやケプラーらの偉業にはグーテンベルクが間接的に関与していた、と言えるかもしれません。

ただジョンソン氏は、別にグーテンベルクが望遠鏡の生みの親だと主張しているわけではありません。そういった「○○という発明は××が生み出したものだ」という、1:1の短絡的な捉え方こそ、本書が解こうとしている誤解だと言えるでしょう。顕微鏡や望遠鏡が登場し、一般的に使われるようになった背景には、発明を直接行った科学者や技術者の力だけでなく、「レンズとレンズの専門家が一般的な存在になっている」という環境があること。またレンズとレンズの専門家が普及した背景には、眼鏡に対する需要の高まりがあり、さらにその背景には印刷技術の登場による本の普及という要因があること。こうした複雑で、意外な技術の依存関係(n:n)こそ技術の歴史の本質であり、それを理解しなければ「なぜあるイノベーションが生まれ、普及したか」を正しく理解することもできないという点が、様々な事例を通じて解説されます。

もう一つ、本書の例から紹介しておきましょう。よく「ひらめいた!」という場面の象徴として電球が使われますが、この電球についても「エジソンが(白熱)電球を発明した」という1:1の捉え方をされることがよくあります。しかし実はエジソンの電球は、MP3プレイヤーにおけるiPod、スマートフォンにおけるiPhoneのような存在であり、同カテゴリーにおける他の発明品や技術を改良して到達したものであることが示されています(もちろんそれがエジソンの功績や、iPod/iPhoneの価値を損なうものではありません)。最近では、こうしたエジソン以外の人々の貢献にも光が当てられることが多いのですが、実際に本書では、歴史家のアーサー・A・ブライトがまとめた次のような関連技術のリストが掲載されています:

How_We_Got_to_Now.jpg

こうして見ると、いかに「1つの技術が1人の天才によって開発された」という捉え方が誤解を招くものであるかが分かるでしょう。また本書では、エジソンの偉大さは1つの技術を発明したことにあるのではなく、ある技術を支えるシステム全体(電球で言えば電力の供給システムなど)まで考え、その普及に全力を尽くしたことにあると指摘されています。エジソンやジョブズが技術の持つ相互依存性をどこまで意識し、利用してやろうという明確な意図を持っていたのかは分かりませんが、彼らが歴史に名を残す製品を生み出すことに成功したという結果は、技術の相互依存性や隣接可能性、さらにそれがもたらす「ハチドリ効果」に注意することが大切であると証明しています。

余談ですが本書には、天然の氷を販売する仕組みとビジネスを確立したイノベーターが、新たに登場した機械式の冷蔵技術を激しく攻撃するといった話も登場して、これまで何度も繰り返されてきた(そしてこれからも繰り返されてゆくであろう)イノベーションをめぐる不変的なドラマも読むことができます。タイトルこそ「どうやってここまで来たのか」ですが、「これからどこへ行くのか」を考える一冊としても楽しめるのではないでしょうか。

Comment(0)