オルタナティブ・ブログ > シロクマ日報 >

決して最先端ではない、けれど日常生活で人びとの役に立っているIT技術を探していきます。

【書評】『真実を見抜く分析力』

»

分析力を武器とする企業』や『分析力を駆使する企業』などの著作で知られる経営学者、トーマス・H・ダベンポート教授の新刊が出版されました。今回は『真実を見抜く分析力 ビジネスエリートは知っているデータ活用の基礎知識』というタイトルで、韓国国防大学校のキム・ジノ教授との共著になります。

真実を見抜く分析力 ビジネスエリートは知っているデータ活用の基礎知識 真実を見抜く分析力 ビジネスエリートは知っているデータ活用の基礎知識
トーマス・H・ダベンポート キム・ジノ(Jin-ho Kim)

日経BP社 2014-04-10
売り上げランキング : 4883

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

本書の原題は”Keeping Up with the Quants”(計量アナリストについて行く≒彼らと一緒に仕事できる力を身につける)というのですが、こちらの方が内容を想像しやすいかもしれません。ビッグデータ時代になり、「データから価値を引き出す」という行為が経営面においてもますます重要になってきました。分析の実務を担うのが、計量アナリストやデータ・サイエンティストといった人々ですが、彼らを雇えば一件落着というわけではありません。経営のサイドに立つ人物にも、データ分析を有効活用する上での知識や、アナリストたちの潜在力を引き出すノウハウが求められます。そうした情報を、本書は次のような「3つの段階と6つのステップ」に整理しています:

  • 第1段階:問題のフレーミング
    1. 問題認識
    2. 過去の知見のレビュー
  • 第2段階:問題の解決
    3. モデル化
    4. データ収集
    5. データ分析
  • 第3段階:結果の説明と実行
    6. 結果の説明と実行

そしてこの流れに従って、個々のプロセスが詳しく解説されるわけですね。ただし本書では、専門的な統計学の解説はそれほど行われていません。その理由は次のように解説されています:

 複雑なデータ分析を自ら行えなくてもいい。しかし、データ分析を賢く活用する人になってほしい。意思決定の骨組みをつくり、データと分析手法について質問し、分析結果を理解する努力をし、自分の組織にとってよりよい成果を生むためにその分析結果を使ってもらいたい。ハーバード大学統計学科長のシャオリ・メンの言葉を借りるなら、私たちは読者に「優れたワイン生産者」(メンは統計学者をこう呼んでいる)になってもらいたいのではなく、上質のワインがわかる人になってもらいたいのである。

しかしワインの消費者はあくまでワインの消費者であり、ワインの善し悪しが分かってもその生産過程に与える影響は微々たるものじゃないの?と思うかもしれません。それに対し、本書では次のような意見が述べられています。

 第3に、ほとんどの人が、分析問題を解くことを分析的志向の核心と考えるが、実はそれは、分析による意思決定が成功するためのステップの一つにすぎない。問題のフレーミングが間違っていたり、最適とは言えなかったりする場合には、そこから導き出される解決策はあまり役に立たない。そして、分析結果を効果的な方法で伝えなければ、結果に基づいた決定が下されることも、分析結果が行動につながることもまずないだろう。分析的な問題に取り組むときに時間配分に悩むなら、これら3つの段階(問題のフレーミング、問題の解決、結果の説明と実行)に均等に時間を配分するところから始めよう。

この言葉が正しいとすれば、「データ分析を経営に活かす」という行動の3分の2は、統計学の専門知識を駆使する以外の部分に費やされることになります。統計学の専門家だけでも、経営のプロだけでもダメ。両者のコラボレーションが上手くいって、始めてビジネスの現場での価値が実現されるというわけです。

さらに本書は、「意思決定者に納得してもらえるのなら、統計学の方法論からは少々疑わしいアプローチを採用することも時には必要になる」とまで言い切ります。統計学の専門家からしたら、容赦しかねる発言かもしれません。確かに学問や理論としての正解を追求するのであれば、どんな時にも正しいアプローチを取るべきでしょう。しかしそれによって分析結果がお蔵入りになってしまっては、ビジネスの視点からすれば何の価値ももたらさないことになります。あくまでも「データ分析をビジネスに活かすには」という視点から、ビジネスの実務者向けのノウハウをまとめた一冊と言えるでしょう。

「オムツとビールを一緒に売ったら売上が伸びた」という、データ分析に関してまことしやかに囁かれる神話(本当にこのテクニックを使った小売店は実在しなさそうだ、という主張が有力です)がありますが、その神話の元となった1992年のオスコ・ドラッグの事例では、「毎週木曜日から土曜日の午後5時から午後7時の間に買い物をする顧客(実際には男性顧客とは特定されていなかった)は、高い確率でビールとオムツを一緒に購入することがわかった」ものの、この発見が経営幹部の関心を引くことはなく、実際には何のアクションも取られなかったそうです。こうした宝の持ち腐れを防ぐために、ビジネス面の担当者に何ができるのか――本書にはその具体的なアドバイスが納められています。

Comment(0)