これからシンクタンクを立ち上げる方へ――『ランド 世界を支配した研究所』
「ビジネスパーソン必読!ゲーム理論、システム分析、フェイルセーフ、合理的選択論……。現代史を彩る理論はここからやってきた!」という帯の宣伝文句に踊らされ、『ランド 世界を支配した研究所』を購入。よくやく読み終えたので、少しコメントしてみたいと思います。
本書はタイトルの通り、米国のランド研究所をテーマにした本で、その設立前夜から現在まで(1945~2008年)という長いスパンを扱っています。政治・経済や経営に興味がある方なら、「ゲーム理論」「システム分析」といった理論や、「アルバート・ウォルステッター」「ジョン・フォン・ノイマン」「ハーマン・カーン」といった人物に聞き覚えがあると思いますが、これらはすべてランド研究所に関係した理論や人々。「世界を支配した」というのは大げさですが、原題"Soldiers of Reason: The Rand Corporation and the Rise of the American Empire"(合理性の戦士:ランド研究所とアメリカ帝国の興隆)の通り、第2次世界大戦後の米国の政治経済に深く関わったシンクタンクです。
そんな超重要なシンクタンクの中で、著名な理論がどのように生まれてきたのか。個人的には(帯の煽り文句もあったので)その辺に期待をして読んだのですが、少々期待外れでした。もちろんランドがどのような理論を生み出したのか、それを生み出したのはどんな人々で、どんな思いを抱いていたかといった解説はあるのですが、取り上げようとしているテーマや領域が多すぎて、全体的に散漫になってしまっている印象。もう少しスコープを絞ればスッキリと読める本になっていたと思いますが、「ランドという名前は聞いたことあるけど、その実態については何も知らない」という人へのイントロダクションとしては最適かもしれません(にしても400ページ以上あるので、簡単に読める本ではありませんが)。
個人的に、この本の中で最も興味を惹かれたのは「知識を売り物にする集団が、知識以外の側面にどのように対応していくか」という点でした。ランドはそもそも空軍の下請け機関として生まれてきたという経緯があるのですが、前述の通り、米国の政治経済に強い影響を持つまでに成長しています。それはランドが超一流の研究者を擁し、超一流の成果を出していたから――だけではありません。非常に政治的・党派的な行動を取り、研究結果以外の面でも上手く立ち回ったからこそ、今日のステータスがあるのだということが本書を読むとよく分かります。例えば「自分たちの提言を認めさせるために、直接の発注者を飛び越して、その上司を説得して味方につける」など、日本のビジネスマンには馴染み深い?戦術を取る姿が出てきたりして。
一方で、中立的に行動しているのに「政治的・党派的だ」と見なされて失敗したり、政治的な動きがランダイト間の深刻な対立を生んだりと、外部の力学にランドが翻弄される姿も描かれています。日本ではなく米国のケースを扱った本ですが、ここで描かれる現象の多くは万国共通のものでしょう――従って、これからシンクタンクやコンサルティング会社を立ち上げようとしている方々、特に政府系の仕事を引き受けようとしている方々には参考になる一冊なのではないでしょうか(って、そんな状況に置かれている人はめったにいないと思いますが)。
……ちなみに訳者あとがきによれば、「ランドは本書の内容が気に入らず、(著者の)アベラ氏はランドでは出入り禁止になっているようだ」とのこと。これを「内容が不正確である」と読むか、「逆に正確すぎて怒りを買った」と読むかは読者に任されていますが、決していいかげんなリサーチでお茶を濁している本ではない、ということだけは述べておきたいと思います。