なぜベルリン・フィルは野外でコンサートを開くのか?
『オーケストラの経営学 』を読了。これまた書店で平積みになっているのを買ってきた本だったのですが、なかなか楽しめました。タイトルにある通り、オーケストラを経営という側面から捉えてみようという本。1回のコンサートのコスト/収益構造、指揮者から楽団員までのギャラ、音大に通うのにかかるコストなど、具体的な数字が上げられていて興味深いです。ただ注釈が各ページ下部について200ページ弱、というボリュームなので、所々で議論の掘り下げを甘く感じる部分が目に付きました。とはいえオーケストラ経営の様々な要素を網羅していますので、全体像を把握するのに適した一冊だと思います。
(※ちょっと余談になりますが、さらに突っ込んだ議論をしたいという方は『芸術の売り方――劇場を満員にするマーケティング 』も合わせて読むことをお勧めします。『オーケストラの経営学』でサラッと触れられている、定期会員に依存することのメリットとデメリット等についても、『芸術の売り方』では長いページが割かれて分析が行われています。)
オーケストラに限った話ではありませんが、数字の感覚がつかめると、様々な行動の裏にある思惑が見えてきます。例えば、
それでは実際にオーケストラのコンサートには、どのような経費がかかるのかみてみたい。具体的には、出演料、会場費、楽器運搬費、謝金、旅費、通信費、広告宣伝費、印刷費、記録費、販売手数料、総務費などがあげられる。
雑駁に計算すれば、定期演奏会では、演奏者の人件費がリハーサル1日1万円で3日間、コンサート当日2万円の計5万円。それが100人と考えて5万円×100人=500万円にのぼる。さらに指揮者200万円(50万~500万円)、ソリスト200万円、事務方に100万円の人件費がかかる。ホール使用料300万円、広告宣伝費200万円、印刷費100万円、その他諸経費200万円として、経費は1800万円かかる計算だ。これに対し収入は、かなり甘めに見積って、平均5000円のチケットが1000枚売れると考えても5000円×1000枚=500万円。実際には、招待券や安い学生兼も用意しなければならない。したがってこのコンサートだけで、収入と経費の差額の1300万円以上が赤字となるわけだ。
実際には、固定給を支払うオーケストラでは演奏者の出演料はエキストラの費用と主席奏者手当程度になるし、事務方も固定給だ。そして、それほど出演料の高くない指揮者やソリストに頼むことも可能ではある。それでも、オーケストラの定期演奏会では、毎回200万~500万円程度の赤字が出てしまうのが普通だ。
ということで、基本的にコンサートは「経費が非常にかかって、収入は非常に少ないもの=そのままでは赤字になるもの」なわけですね(もちろん上記の数字はあくまでも一つの例で、ざっくりとした感覚を掴むためのものだと思いますが)。だからといってオーケストラが破綻してしまったり、チケットが高額になってしまってはクラシック音楽を楽しめるのが限られた人になってしまう、それを防ぐために国や地方自治体等からの援助が行われると。
しかし援助はいつでも手に入るというものではありません。従って可能な限りオーケストラの力だけで収支をバランスさせる必要があるわけですが、支出のほとんどを占める人件費は、収入やオーケストラ自身の存在意義にも関わるため簡単には減らせません。しかし収入の方を増やせないかといっても、会場に入れる人数・コンサートを開ける回数には物理的な制限が存在します。そこで苦肉の策として、会場で物販を行う、ゲネプロを録音してCD/DVD化して売る、放映/放送権を売るといった行動が出てくるわけですね。
そこで思い出すのが、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が行っている有名な野外コンサート。ベルリン郊外の公園「ヴァルトビューネ」にある野外音楽堂で毎年6月に開催されるものですが、この会場は約2万4千人の収容が可能で、まるでロックの野外フェスのように大勢の人々が集まって音楽を楽しむイベントになっています。「クラシックのコンサート」というイメージからは離れたこのイベント、観客にとっては「格式張らずにベルリン・フィルが楽しめる」というまたとない価値を提供してくれるものですが、ベルリン・フィル自体にとっても「普段の約十倍のチケットを販売できる」というチャンスなわけですね。もちろんそれだけが野外コンサートを開いている理由ではないと思いますが(チケットの料金や格式という障壁を下げることで、普段コンサートを聴きにきてもらえない人々と接点を持つという理由も当然あるでしょう)、収支の構造を把握しておくと、別の視点からオーケストラの活動を考えてみることができるようになると思います。
最近はラ・フォル・ジュルネのようなイベントも生まれてきていますし、様々な工夫によって「儲かるクラシックイベント」というものが今後も模索されて行くに違いありません。もちろん「芸術が儲けを追求してどうするのだ!」という意見も正しいと思いますが、芸術性を追求しながらビジネスとしても成功できるのであればそれに越したことはないでしょう。『オーケストラの経営学』のような本を読んで、「こういう運営もできるんじゃないか?」というアイデアを思いつく人が出てくることを期待します。
それでは、音楽の話で文章だけというのも何なので。ヴァルトビューネで演奏された、サイモン・ラトル指揮による「ベルリンの風」をどうぞ:
いいなぁ。こんなコンサート、日本でも増えてくれると楽しいですよね。