ゴールデンタイムの主役はNHK?
「テレビCMに流れる広告費の減少」「若者を中心とした、テレビ視聴時間の減少」など、テレビという存在が変わりつつあることを示す現象が起きていますが、昨日も意外な事実が明らかになりました:
■ NHK、ゴールデンタイムの視聴率でトップに (asahi.com)
タイトルの通り、ゴールデンタイムの視聴率争いの中で、NHKが民放を抑えてトップに立ったというニュースです。
NHKが今年度上半期のゴールデンタイム(午後7時〜同10時)平均視聴率(関東地区)で、民放キー局を抜いて1位になることが確実になった。3月31日から9月23日まで、関東地区のゴールデンタイムでNHKの平均視聴率が13.6%を記録し、2位のフジテレビは13.2%(データはビデオリサーチ)。テレビ界では今年の場合、9月28日までが上半期で、関係者は残り5日間でフジが逆転するのは極めて厳しいという。
とのこと。ゴールデンタイムといえば最も視聴率が見込める時間帯であり、各社が力を入れて番組作りをする時間帯のはず。その中で民放よりもNHKが支持されたというのは意外な感じがしますが、NHK自身、「これまで、半年間の平均でゴールデンタイム1位ということは聞いたことがない」とコメントしているそうです。
記事でも指摘されているように、今回の結果はオリンピック中継など特別な要因を含んでいるため、一過性のものかもしれません。しかし個人的には(先ほどはあえて「意外な」という言葉を使ってしまいましたが)、それほど驚きはありませんでした。自分自身のことを考えてみると、チャンネルを回して「何か面白いのやってないかな」と探しているときに、民放で手をとめることはまれ。たいていはNHK総合か、NHK教育に落ち着きます。別に格好つけているわけではなくて、理由は簡単――単に民放が同じような番組しか流していないからです。
- スタジオに集められた無数の芸能人が、自分の芸や歌、面白い話を披露したり、クイズ、ゲームに興じる
- 国内/海外から集められた「衝撃映像」を流したり、素人に何か面白いことをさせて、それについて芸能人がコメントする
- 恋愛ドラマ
個人的な印象で恐縮ですが、「ゴールデンタイムの民放」というと、こんなイメージがあります。これにスポーツ中継と映画を加えれば、9割近くカバーできてしまう印象でしょうか。しかもどの局も一緒で、いま観ているのは日テレなんだかフジなんだか区別がつきません。
一方のNHKは、良くも悪くも「何でこんなことしてるんだろ」と驚かされることが多いです。先日取りあげた「戦場 心の傷」などはまさにその典型で、連休の夜になんでこんな暗い気分にならなくちゃいけないんだ?と思ったほど。かと思えば「昭和かよ!」とツッコミたくなるような“歌謡ショー”をやっていたり、昨日は帯状疱疹を特集した番組をやっていたり(余談ですが、あれは痛い病気ですよ)。まるで「NHKか民放か」という2つの選択肢しかないような状態で、しかも民放はどれもどこかで観たような番組ばかりですから、これではNHKの視聴率が上がる(というより、民放の視聴率が下がる)のは無理もないでしょう。
民放の在京キー局の幹部は「我々は社会の空気の変化についていくのが遅れてしまったのかもしれない」と話した。
とコメントしたそうですが、むしろ社会の空気について行こうとするあまり、どの局も似たような番組になってしまっているという面はないのでしょうか。Harvard Business Review (英語版)の2008年9月号で、映画『トイ・ストーリー』等で有名な Pixar の創業者 Ed Catmull が以下のようなコメントをしています。映画業界についての話ですが、いまのテレビ業界にも通じるものがあるでしょう:
To act in this fashion, we as executives have to resist our natural tendency to avoid or minimize risks, which, of course, is much easier said than done. In the movie business and plenty of others, this instinct leads executives to choose to copy successes rather than try to create something brand-new. That's why you see so many movies that are so much alike. It explains why a lot of films aren't very good.
このような行動を取りたければ、私たち経営陣は、「危機を回避・最小化したい」という自然な欲求に抵抗しなければならない。それはもちろん、「言うは易く行うは難し」なのだが。他の業界同様、映画業界の場合でも、この本能によって経営者たちは成功したものをコピーしようとする。何か新しいものを創造しようとするのではなく。これが、多くの映画が似たようになり、面白くなくなってしまう理由だ。
数多くの芸能人を集めて、ワイワイと雑談させるというのも、あるタイミングで非常にウケた企画だったのかもしれません。しかしそれがどこかの局でヒットすると、リスクを避けたいという思いから、似たような企画が他の局でも生まれる。また「この程度の内容を作っておけば、どんなに悪くてもこれくらいの視聴率が確保できる」といったスタンダードが生まれ、そこから逸脱しようとしない。広告収入に依拠しているがために「視聴率」というものにシビアにならざるを得ない民放では、その傾向が特に強くなるのではないでしょうか――その結果、相対的なオリジナリティというものがNHKに生まれ、視聴率まで奪われるというのは皮肉な結果ですが。
「通信と放送の融合」ではありませんが、民放は積極的に新しい発想・新しい仕組みを取り入れていかないと、現在の状況は打破できないように感じます。しかし急激にいまの構造を変えるというのも難しいはずですから、NHKがゴールデンタイムで主役を演じるというのも、そう珍しい状況ではなくなってくるのでは。