演技とプレゼンテーション
某所で紹介されていた『MANSAI◎解体新書』をようやく読み終えました。狂言師の野村萬斎さんが世田谷パブリックシアター芸術監督に就任された際に、「演劇関係者や各界で活躍しているアーティスト、学識経験者をゲストとして招き、いろいろ意見を聞いてみよう」という意図で始められたのが「MANSAI◎解体新書」というトークショー。過去12回の公演をまとめたのが同じタイトルが付けられた本書で、演劇論や表現論、コミュニケーション論などに関する様々な知見が収められていました。芸能だけに話題を絞った本ではないので、それほど演劇に興味は無いんだけどという方も楽しめると思います。
本書の中で、野村萬斎さんがこんなことを仰っています:
役者というのはなるべくリアリティを持たせるために、細かく人物造形をして、それを観客に押し付けるということがあるかもしれない。けれども、あやふやな部分があるからこそ、かえって細かい造形が浮かび上がってくる。演技に余白がなくて、強引に押し付ければ押し付けるほど、細かい演技が嘘に見えてきてしまうというようなころがありますよね。
この文章、もちろん演劇論の文脈で語られた言葉なのですが、プレゼンテーションの秘訣のように感じました。私たちが仕事上で何らかの提案を行う際も、理想像や提案を限りなくリアルにして、それを相手に「押し付けて」いるわけですよね。パワーポイントが映し出されたスクリーンの前や、壇上に立っている時は、まさしく役者のように演じていると言えるかもしれません。そこで話をリアルにしようとすればするほど、描いたストーリーを押し付けようとすればするほど、返って嘘くさく感じられてしまう――これはプレゼンと紙作りが身上の仕事をしている者にとって、ゆゆしき事態です(笑)
確かに以前に聞いたプレゼンテーションを思い返してみても、すんなりと胸に入ったものは必ずしも細部まで緻密に構成されたものではありません。むしろキモとなる部分にスポットライトをあて、そこだけは決して負けないように詳しく、熱く語られる――後で思い返してみると「そういえば○○の部分はあっさりと流していたなぁ」とふと気づいてしまうような(笑)、そんなプレゼンの方が心に残るように感じます。もちろん全編に渡って粗々で、まったく全体像がつかめないようなものは論外ですが。
ビジネス関係のセミナーでも「演劇や舞台関係者を呼んでお話を聞く」というものがたまにありますが、あくまでもその場において虚像でしかないものに現実感を感じさせるという点で、演技とプレゼンテーションはごく近い存在なのかもしれません。せっかく夏休みですし、仕事と称して(もちろん純粋に楽しむだけでも良いのですが)たまには舞台を見に行ってもいいかもしれませんね。