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秋葉原通り魔事件とデジタル野次馬

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CloseBox and OpenPod で松尾さんも取り上げられていましたが、皆さんご存知の通り、昨日のお昼ごろ秋葉原で通り魔事件が発生しました。犠牲者の方々に、心からご冥福をお祈りしたいと思います。

大勢の人が集まる繁華街で、白昼堂々と無差別に人を殺す。これだけでも異常なことなのですが、それとは別に、この事件から衝撃を受けたことが2つあります。最初の驚きは、NHKが「居合わせた人が携帯電話で撮影した、犯人逮捕の瞬間の写真」を放映していたこと。しかもその写真は、「インターネットの画像共有サイトに載せられていたもの」だと紹介されていました。

速報性という点で、ネットが既存のマスメディアを凌駕しつつあることはご存知の通りです。松尾さんと同様、僕も事件を知ったのは Twitter に書き込まれたメッセージから。テレビをつけたもののニュース番組はやっておらず、ネット上のニュースサイトやブログ等で詳細を知ることに。こうやってテレビや新聞等を使わずに情報を得ることは初めての経験ではないのですが、「NHKがインターネット上にアップされていた写真を使う」ということに、時代が確実に変化したことを感じました。

そしてもう1つの驚きが、事件発生直後に Ustream で現場のネット中継が行われたこと。これについては、実際に中継を行った方が心境を書かれているので、是非ご一読いただきたいと思います:

秋葉原刺殺事件に遭遇して (Recently)

また映像という点では、YouTube にも何点か動画が投稿されているようです。

最初に情報を発信するのは事件に居合わせた人々であり、マスメディアはその後を追う――善し悪しは別にして、既にそんな状況が生まれています。その意味で、僕ら全員が知らないうちに「市民記者」になっているのではないでしょうか。さらに今回の事件では、自分が携帯電話で撮った写真を、赤外線通信で周囲の人々(赤の他人)にコピーしてあげる人がいたそうです(参考記事)。ネットを介さなくても、「報道」の役割を果たせる状況が生まれていると言えるでしょう。

であるならば、「普通の人々が記者になるとはどういうことか」という問題は、オーマイニュースやJANJANに登録している人だけが考えれば良い時代ではないと思います。僕自身、マスメディアを批判する文章をよく書いてしまいますが、その矛先は同時に自分自身に向いていることを自覚しなければならないでしょう。でなければ、「自分だけでなく他人の野次馬根性も満たす」という点で普通の野次馬よりもタチの悪い、「デジタル野次馬」に成り下がってしまうと思います。

今回の事件の犯人が、事前にネット上で犯行予告をしていたという報道があります(参考記事)。また静岡に住んでいる男がわざわざ秋葉原に出てきて殺人を犯すという点からも、彼が「デジタル野次馬」たちを意識していたフシがうかがえます。仮にそうだとすると、こうしてネット上で大騒ぎになったことは、もしかしたら犯人にとっては大満足の結果なのかもしれません。決して今回の情報発信が何の価値も生まなかったと考えているわけではありませんが、ネット上で事件を報じることについて慎重に考えてみなければ、こういった新たな問題を生み出したり、プライバシー侵害など既存のマスメディアが抱える問題を増幅するだけになってしまうのではないでしょうか。

< 追記 >

この問題に関してもう1つ感じたことがありますので、続きを書きました:

フォト・リテラシーの必要性

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