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良いデザインほど早く死ぬ

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どんな分野にも古典的名著と呼ばれるものがありますが、プロダクトデザインの世界では『誰のためのデザイン?』がその1つでしょう。この本の中に、「リッジ」と呼ばれるデザインについての話が登場します:

あなたは、これまでに電話をしていて電話機をテーブルから床に落としてしまったことはないだろうか?そのとき電話が切れてなければめでたしめでたしで、切れたときにはいらいらしたことだろう。独占時代のベル電話会社のデザイナーはこのことがよくわかっていて、デザインするときにはこれを配慮していた。そこで、電話機は落ちても大丈夫なように重く頑丈につくられた。さらに、床に落ちたときにも大切なフックボタンが押されてしまわないように、保護するためのものをつけた。図6-1を注意深くみていただきたい。この電話機のフックボタンは床に接触することはなく、それゆえ押されてしまうことはない。これは小さな特徴とはいえ、重要なものである。経済的な圧力のせいで最近の電話機は軽く安価で頑丈でなく作られるようになり、使い捨て電話と呼ばれることも多い。フック保護の突起は?そんなものはついていないことが多い。それは、コストのせいというよりは、近ごろのデザイナーはそんなことを考えたこともなく、たぶん、それが果たしている役割がわからなかったからだろう。

長い引用になってしまいましたが、この「フックを保護する突起」というのがリッジと呼ばれる部分です。本当は本書に掲載されている写真が載せられれば良かったのですが、次のような電話が床に転がっているところを想像してみて下さい:

old_telephone

この受話器を受ける部分の突起が「リッジ」と呼ばれるもので、これがフック(押されると電話が切れる部分)を保護していたわけですね。受話器を固定する役目も果たしていると思いますが、フックをこの内側に置いたのは、まさしく電話を落とした時を考えてのデザインでしょう。言われてみるまで、そんなことに気づきもしませんでした。

よく「空気のように存在を主張しないデザイン」が良いとされ、本書でもそんなデザインを(デザイナーが自己主張するためでなく、本当に使いやすい製品を作るためには)目指すべきとされています。しかしそんな空気のようなデザインほど、どれほど重要な役割を果たしているか理解してもらえないものなのかもしれません。従って消費者から賞賛されたり、ましてやデザインコンペで賞を取るなどといったこととは無縁な存在でしょう。

となるとこの「リッジ」のように、何らかの特殊事情(寡占状態で経済的圧力から守られているとか)がない限り、良いデザインほど早く失われてしまうものなのかも。「失われて初めてその良さが分かった」と言ってもらえれば良いのですが、本当に良いデザインだとしたら「なんか新しい電話にしてから使いづらくなったな、なぜだろう?」のように、明らかにあのデザインが長所だったと気づいてはもらえない可能性があります。

本書はそんなデザインを守るため、消費者に声を上げて欲しいという呼びかけで締められています。空気に気づけというのもなかなか難しい話ですが、デザイナーでない私たちも、日頃から「良いデザイン探し」を心がける必要があるのかもしれません。

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