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日本映画のクチコミ力

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Passion For The Future で紹介されていたのを読んで、『日本映画のヒット力』を購入。恥ずかしながら日本映画、というより洋画も含めた映画業界がどのような構造になっているのかまったく知らなかったので、「配給収入が良いのに映画館はガラガラ」という映画が生まれるカラクリなどを知ってなるほどなぁという思いでした。あえて映画の「内容」には踏み込まず、映画業界の仕組みから「なぜ最近の日本映画は好調なのか」を考察した本なので、映画批評の文章はどうもニガテ――という方でも楽しめると思います。

本書の主張、というより「なぜ最近の日本映画は好調なのか」という問いに対する答えの1つとして挙げられているのが「情報戦」の重要性です。上記の Passions For The Future でも引用されていますが、こんな言葉が登場します:

このように現代の情報戦とは、単純にその映画の情報の多さを競い合うのではない。情報は多岐にわたる。というより、情報はかなり捻じ曲がった流通の仕方をする。ここが、非常に重要なのだ。

かなり複雑な回路を経た果てに到達する複合化した情報の流布と言っていい。これを実践できたとき、映画はヒットの道を歩むことができる。

そして成功した映画が展開した「情報戦」が事例として紹介されているのですが、残念なのは一般論にまで落とし込まれていない点。「この映画ではこんな状況だった」という説明がされるだけで、全体像が見えてきません。別にビジネス書ではないので、そこまで求めるのは筋違いかもしれませんんが。

またもう1つ残念だったのは、『時をかける少女』への言及がなかったこと。情報戦において大切な戦術の1つとして、当然ながら「クチコミ」が指摘されているのですが、『時をかける少女』のヒットにはクチコミが大きな役割を果たしていたことがよく指摘されます。例えば以下は、渡辺聡さんによる分析:

愛される「時をかける少女」:口コミマーケティングに開かれた新しい道 (CNET Japan)

映画とクチコミを語るならば、この映画は外せないと思うのですが。これも「ビジネス書的な分析」を(勝手に)期待してしまっていた自分には、残念な点でした。

しかし裏を返してみれば、それは「クチコミで映画を売る」という戦術の研究が進んでいないことを示しているのかもしれません。実際、本書で言及される際には「クチコミがあったように思う」などの表現がされています。また以前のような威力を失いつつあるとはいえ、「テレビで予告編を流す」「テレビでタイアップ番組を流す」「新聞に広告を載せる」といった従来型の手法がまだまだ健在とのことですから、クチコミというやっかいな代物に手を出すインセンティブも少ないのでしょう。

そう考えると、日本映画のクチコミ力はこれから伸びる分野なのかもしれませんね。特に潤沢な宣伝予算を持たない映画で、研究と応用が進んでいくのではないでしょうか。そしてそもそもテレビや新聞を見ないという人々も増えていますから、中小規模の映画で蓄積されたノウハウが対策にも応用される……という流れになっていくのではないか、と考えました。その意味で、この本は「これまで駆使されてきた『ヒット力』のまとめ」として読めるかもしれない、と感じた次第です。

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