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最強を模倣すべきか

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したたかな生命』を読了。著者は「システムバイオロジー」という発想の提唱者である北野宏明さんと、『99・9%は仮説』でもおなじみのサイエンスライター、竹内薫さん。副題に「進化・生存のカギを握るロバストネスとはなにか」とあるように、前編を通じて「ロバストネス」という概念が解説されています。従って一言で現そうなどというのは、考えるのもおこがましいのですが、個人的には

様々な危機に対応し、自らを存続させる能力

というように捉えました。ただし、「存続させる=いまの姿を保つ」ということではなく(同書の中にある言葉で言えば、それは「ホメオスタシス」ということになります)、「場合によっては自らの姿を変化させつつも生き残る」という意味です。

具体的にはどういうことか。この本のテーマはあくまで「生命」なのですが、企業の例として吉野家が取り上げられていますので、簡単にまとめてみましょう(以下の目的は概念を解説するためのものですので、吉野家の正確な説明というより「吉野家という架空の企業がある」とお考え下さい):   

  1. (1) 吉野家は、アメリカ産のショートプレートという種類の牛肉だけを扱うことで、価格と品質で圧倒的な競争力を得た(=同業他社の攻撃に対してロバストだった)
  2.  
  3. (2) しかしBSE問題により、仕入れルートが寸断されてしまう(=環境変化に対してロバストではなかった)
  4.  
  5. (3) 吉野家はこの危機に対し、メニューを多様化することで対抗(=環境変化に対してはロバストになったが、以前のような価格/品質競争力を持たないため、同業他社の攻撃に対するロバストネスが低下)

(※注:オルタナティブ・ブログのデザイン変更により、<OL>タグ(箇条書き)が正しく表示されないという不具合が発生しています。やむを得ず「(1)」などの数字を手書きしましたが、二重に表示されてしまう場合はご容赦下さい。)

以上の例から分かるように、「ロバストかどうか」という判断は「何に対して」という質問によって変わり、また時間によって刻々と変化します。また企業のパフォーマンスとも大きく影響しており、吉野家の例で言えば「(1)の段階で吉野家は圧倒的なパフォーマンスを誇っていたが、それは環境変化に対するロバストネスを犠牲にすることで成り立っていた」ということが分かります。

このように、この本は「生命というシステムがどのように自らを存続させているか」の理解に役立つと同時に、企業の行動を評価する際の1つの視点を与えてくれます。例えば昨日、こんなニュースがありました:

モバゲー対抗? 「mixiモバイル」に無料ゲーム (ITmedia News)

言わずと知れたSNS、mixi の携帯電話向けサービス「mixi モバイル」で、無料ゲームサービス「ピコピコ mixi (ピコミク)」がオープンしたというニュース。mixi がどのような説明をするかは分かりませんが、明らかに携帯電話向けSNSの最大手「モバゲータウン」を意識した行動でしょう。果たしてこの行動は、mixi または mixi モバイルのロバストネスを向上させると言えるでしょうか。

「モバゲーと同じゲーム機能がついた」という側面だけを見れば、「mixi とモバゲーが同じ土俵に立つ=mixi の(モバゲーに対する)ロバストネスが上がる」と捉えられるかもしれません。しかし、仮に「ゲームが(モバゲータウンと同様に)年齢の低いユーザーを呼び込む」という結果になった場合、mixi はモバゲーが行っているような犯罪対策に力を入れなければならないでしょう。もちろん mixi も犯罪対策は行っていると思いますが、仮にモバゲー並の「携帯電話から流入してくるユーザーを犯罪から守るノウハウ」が無かった場合、「犯罪者」もしくは「犯罪によって引き起こされる企業イメージの低下」という脅威に対するロバストネスが失われることになります。

ある分野で「最強」と呼ばれるような存在があった場合、その強さは表面的に見える部分によってもたらされるのではなく、その存在を取り巻くシステム全体が「最強」を生んでいるということを『したたかな生命』は示してくれます。「ああ、勇者の剣があれば世界が支配できるのだな」的な発想に陥るのではなく、「なぜ勇者の剣を持つ者が世界を支配できるのだ?その源を断ったり、変えたりすることはできないのか?」と考えることが重要なわけですね。

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