オルタナティブ・ブログ > シロクマ日報 >

決して最先端ではない、けれど日常生活で人びとの役に立っているIT技術を探していきます。

「想定外」の責任回避力

»

IT業界には、いろいろと便利な言葉がありますよね。中でも「自分の責任のがれに使える言葉」というのは本当に便利。よくご存知かと思いますが、例えばこんな言葉があります:

【仕様】
 「すみません、この文字は大きくならないんですか?」
 「ええ、仕様ですので。」

【不具合】
 「なんだか画面が動かなくなっちゃったよ……」
 「おや?どうやら不具合があるようですね。」

「仕様」は「それはバグじゃなくてワザとそうしているんですよ。っていうか、そういう設計だって承認してるでしょ?」というニュアンスの言葉で、「不具合」は「バグや欠陥というレベルではない、ささいな現象ですよ。誰の責任かも分からないし」というニュアンスですよね。この2つだけでも、危機的状況(自分がお客様から責められかねない状況)に直面したときには十分便利なのですが、最近これに新しい仲間が加わりました。それは「想定外」です。

「昼休みの時間になると、急に遅くなるんだけど。」
「いやー、こんなにアクセスが集まるとは想定外でした。早急に対処します。」

……ってこれで許してくれるわけもないのですが、「想定外」という言葉を使うことで、「オレたちは少なくとも『想定』を行っていた。それで大丈夫だと判断した結果であって、新しい条件で計算しなおせばこのような問題は二度と起きない」というニュアンスを出すことができます。最近各所で「想定外」という言葉が使われ出したのは、何もホリエモン事件の影響ではなくて、この言葉が持つ「責任のがれパワー」に皆が引き寄せられているからではないでしょうか(意識的にかどうかは別として)。

実は AERA の10月1日号に、高村薫さんが「『想定』という幻想。電力会社が呟く『想定外』の真意は。」という文を寄せています。

かくして、たとえば原発の耐震設計基準の基礎となる地震の最大震度も、あくまで国が便宜的に「想定」したものだった。先の中越沖地震で「想定」の倍以上の揺れが観測されたことを見ると、国の「想定」は合理的ですらなかったと言うほかないが、しかし人は、現にいたるところでそうした「想定」をし、それに従うことで安全のお墨付きを得たような幻想を持つ。そして、ひとたび事故や災害が起きると、そんな事態は心底想像していなかったとして「想定外」と呟くのである。

柏崎刈羽原発の事故に際して、電力会社側が「想定外」という言葉を使ったことに対するコメントです。このケースでは、耐震設計基準という「想定」が国から与えられたものであったために、「想定外」という言葉が「オレたちは悪くない」というニュアンスを持つに至っているわけですね。いやはや、「想定外」恐るべし。

高村さんが仰るように、仮に現在の設計が「想定」に基づいたものであったとしても、その「想定」が正しいものであったか、また「想定」が正しいか否かという検証が行われたのかという責任は問われなければなりません。そういったロジカルな反応を弱くしてしまうのが、「想定外」という言葉のすばらしさ、ではなく怖さだと思います。逆に「想定外でした」と言われてしまったら、「それ、誰の想定?どんな想定をしたの?」と突っ込んであげましょう。新しい「責任のがれワード」をこの世に定着させないためにも。

Comment(2)