「聞く時間」が「順番待ちの時間」になってませんか?
あるところで紹介されていた"Zing!"という本を買って読んでいます。zing とはエネルギーとか活力とかいった意味で、副題は「創造性を発揮するための5つのステップと101のヒント」とあるように、様々な発想法が紹介されています。
その中にこんな一説がありました:
An old theater joke says a narcissistic actor reviews a script like this:
"Blah, blah, MY LINE! blah, blah, MY LINE! blah, MY LINE!...
Hard to admit, but in conversations I've sometimes been like that self-absorbed actor. Maybe you have too. From time to time, we all seem to regard listening as the space we endure before speaking again. Tongues wag and ears rest.
(ナルシストな俳優は、台本が「あーだこーだ、あーだこーだ・・・オレのセリフ!あーだこーだ、あーだこーだ・・・オレのセリフ!」と見えている、という古いジョークがある。認め辛いが、時々私は会話において、この自己中心的な俳優のようになってしまうことがある。皆さんもそうだろう。私たちは「聞くこと」を、自分の話す番が再び回ってくるまでの待ち時間、と見なしてはいないだろうか。舌は揺れ動き、耳はお休みしてしまう。)
耳の痛い指摘です。特に議論やプレゼンテーションをしている時の場合、本当は相手の話を聞かなければいけないと分かっていながらも、「自分が次に話す内容を考えなくちゃ」というあせりを先に感じてしまいます。結果として重要なことを聞き漏らしてしまう・・・ということが何度あったでしょうか。また自分の聞きたくない意見を聞かされた時も、「何を!コイツの話が終わったら反論してやる」という気持ちになり、「聞く」よりも「自分の順番に備える」ことが優先されてしまいます。
会話の中で「聞く」という行為に集中することって、実は難しいことなんですよね。上記のように「自分の発言に失敗は許されない」という場面でなくても、注意力散漫・疲れ・他人の意見の軽視など、様々な原因で「相手の話す時間=休み時間」になってしまうと思います。意識をして努力しないと成立しないのが「聞く」という行為なのでしょう。
さて、今日は日曜日で仕事はなかったという人も多いと思いますが(残念ながら僕はそうではありませんでしたが・・・)、今日の会話の中で「他人から聞いて学んだこと」というものはいくつ挙げられますか?1つも思い出せない・・・という方は、ちょっと意識を変えてみた方が良いかもしれませんよ。