オルタナティブ・ブログ > 秋山大志のそれとりあえず作ってみようか。 >

あれこれ考えるよりも作ってしまった方が早いんじゃね?と思う、ギークなサラリーマンのアジャイルな日々。

6月19日は「ロマンスの日」。設立時からの宣教師として、リブートした日本ロマンチスト協会の話をさせてほしい

»

普段このブログでは、GTMだ生成AIだと小難しい顔をしている私ですが、毎年6月19日だけは別の顔の話をさせてください。きょうは「ロマンスの日」。そして私は、この記念日を制定した日本ロマンチスト協会の、設立時からの「ロマンス宣教師」です。

「あれこれ考えるよりも作ってしまった方が早いんじゃね?」が信条の私が、なぜロマンスを布教しているのか。リブートした協会の話とあわせて、今日という日に書いておきたいと思います。

そもそも「ロマンスの日」とは

6月19日が「ロマンスの日」なのには、ちゃんと理由があります。「ロ(6)マンティ(1)ック(9)」。そう、語呂合わせです。ふざけているように聞こえるかもしれませんが、込められた願いはいたって本気で、「大切なパートナーとの関係が、これからもずっと続きますように」。かつてのトキメキを思い出し、今いちばん大切な人との関係を見つめ直す----そういう日として、日本ロマンチスト協会が2008年に制定しました。

協会が提案する過ごし方のひとつが、「青いもの」を大切な人に贈ること。青は「真実の愛」の象徴です。高価なものである必要はありません。相手のことを思い浮かべながら何を贈るか考える、その時間こそがロマンスだ、というのが協会の考え方です。

日本ロマンチスト協会という、愛すべき変態集団(褒めてます)

日本ロマンチスト協会は2000年代半ばに設立された一般社団法人です。会長は波房克典さん。掲げているロマンチストの定義が、私はとても好きでした。「大切な人を、世界で一番幸せにできる人」。スペックでも肩書きでもなく、誰かを幸せにする"動詞"でロマンチストを定義する。しびれませんか。

聖地は長崎県雲仙市愛野町。ここでかつて、「じゃがいも畑の中心で愛を叫ぶ」----通称ジャガチューというイベントが行われていました。第1回からおよそ第5回(2008〜2012年ごろ)まで開催された、協会の象徴的な催しです。広大なじゃがいも畑のど真ん中で、大切な人への想いを大声で叫ぶ。字面だけ見ると完全にギャグですがw、現地で見ると、これがどうしようもなく胸を打つんです。気象条件から告白の成功しやすさを読む「告白指数」や、日本財団との「恋する灯台プロジェクト」など、協会は一貫して"効率や合理では測れないもの"に本気で光を当ててきました。

そして、忘れられないのが記念すべき第1回です。じつはこの回、イベントの真っ最中に大切な人へサプライズで指輪を渡し、その日のうちに地元・愛野町へ婚姻届まで出してしまった----そんな飛び道具のようなカップルが、"叫び人"の一番手を務めました。協会の記録に残る、その名も「秋山夫妻」。......さて、ここでもったいぶらずに白状します。

私が「ロマンス宣教師」になった理由 ── じゃがいも畑で叫んだ日

なぜ、広告だデータだと数字とロジックの世界で生きてきた私が、宣教師として名を連ねているのか。----勘のいい方は、もうお気づきですよね。その「秋山夫妻」とは、私たち夫婦のことです。

2008年6月19日。記念すべき第1回「ロマンスの日」。私たちは東京から、長崎県雲仙市の愛野町へ向かいました。"愛の野"と書いて、愛野。その町の総合支所に、私たちはその日、婚姻届を提出しました。本籍は、協会の名誉本部でもある島原鉄道「愛野駅」。狙いすぎですか? ロマンチストに「狙いすぎ」は褒め言葉です。

当日は朝から土砂降り、おまけに強風波浪注意報まで出る始末。それでも地元の方々は「午後は晴れます」と信じて疑わない。そして本当に、午後には雨が上がったんです。そのからりと晴れたじゃがいも畑のど真ん中で開催された第1回ジャガチュー。その"叫び人"の一番手が、入籍したての私たちでした

報道陣とじゃがいもに囲まれた叫び台で、私は叫びました。「君のことは俺が一生守る!愛してる!」。妻も負けじと叫び返します。「この先、何百年も仲良しだからね〜」。叫び終えた直後、私はサプライズで結婚指輪を渡しました。妻は号泣。ありがたいことに、その日いちばんロマンティックに叫んだ人に贈られるMRS(Most Romantic Shout)に選んでいただき、雲仙市長から愛野のじゃがいもで作ったお菓子を頂戴しました。

じゃがいも畑の中心で愛を叫ぶ秋山(夫) 霧のじゃがいも畑で妻にサプライズの贈り物を渡す秋山 MRS(Most Romantic Shout)を受賞した秋山夫妻
2008年6月19日、第1回ジャガチューにて。左:じゃがいも畑の中心で愛を叫ぶ/中:霧の中、妻へサプライズの贈り物/右:MRS(Most Romantic Shout)受賞の瞬間。
(写真:日本ロマンチスト協会 旧公式ブログ「天羽礼のロマンスブログ」より引用。Internet Archive経由で取得)

こうして、「ロマンスの日」は、そのまま私たちの結婚記念日になりました。 理屈で食べている人間ほど、どこかで理屈の外側に憧れている。少なくとも私はそうでした。合理で割り切れない領域に、ちゃんと名前と居場所を与えてくれる----だから私は、宣教師をやめられないのです。

そして協会は、リブートした

正直に書きます。協会は、ここしばらく活動が控えめになっていました。東日本大震災、そしてコロナ禍。社会が大きな災厄と向き合うなかで、「ロマンス」を声高に叫ぶのが少しはばかられる時期が、確かにあった。

その協会が、2025年6月、ついにリブートしました。手がけたのはワールドエッグスの「WEシンクタンク」。新生・日本ロマンチスト協会は、「ロマンティックという視座で、世界を再構築する」----そんな「ときめきを可視化するシンクタンク」として動き出します。中核となる新しい定理が「ロマンティック7」。社会のあらゆるテーマを、人の心を動かす7つの視点から問い直そう、という枠組みです。

  • ロマンス(恋愛的):運命や奇跡を信じる力
  • フロンティア(冒険的):人生を物語に変える力
  • ピンク(官能的):理性を超えて感じる力
  • ノスタルジー(追憶的):時を超えて心を震わせる力
  • ギフト(祝福的):愛を行動に変える力
  • クリエイティブ(創造的):魂を震わすものを創る力
  • ファンタジー(幻想的):想像で世界を広げる力

うれしいことに、このリブートを機に、私の新しい名刺には「練馬支部長」という肩書きまで加わりました。聖地・愛野町から遠く離れた東京・練馬で、これからローカルに何を仕掛けてやろうか----いま、ひそかに企んでいるところです。

当事者として評論する ── 協会は、何をどう変えたのか

せっかく設立期を知る宣教師なので、当時の旧サイトを読み返しながら、リブートで「何がどう変わったのか」を自分なりに評論しておきます。

旧協会の出発点は、実はかなり社会派でした。掲げていたキーワードは「持続可能性」。〈社会が持続可能であるためには、夫婦や恋人といった大切なパートナーとの関係こそ持続可能であるべきだ〉。旧サイトにはそんな問題意識が掲げられ、〈大切な人との関係は、地球環境と同じくらい真剣に向き合うべきテーマだ〉と訴えていました。つまり「大切な人との関係を、どうすれば長く続けられるか」という、誰にとっても切実なテーマに、ロマンスの側から光をあてる----そういう座組みだったんです。

手段も、徹底して身体的でした。じゃがいも畑で叫ぶジャガチュー、気象データで告白の成否を占う「告白指数」、灯台を恋の聖地にする「恋する灯台」、ロマンスブルーのライトアップ。聖地・愛野町に人が集う、地方創生と地続きの"現場主義"。私が指輪を渡して妻が号泣したのも、まさにその現場でした。

対して、リブート後が掲げるのは「ロマンティックという視座で、世界を再構築する」。対象は恋愛にとどまらず、経済・教育・テクノロジー・都市・環境・エンタメまで。「合理性や効率では捉えきれない問いに、ロマンティックの光をあてる」シンクタンクへと、自らを定義し直しました。ロマンチスト像も更新されています。新サイトには「その夢を本気で実現しようと動き出したとき、ロマンチストは究極のリアリストになる」とある。理想家ではなく、実行者なのだ、と。

整理すると、変化の軸は3つだと思います。

  • スコープ:「二人の関係」→「世界そのもの」。プライベートから社会へ
  • 課題設定:「関係をどう続けるか」という身近なテーマ →「効率では測れないもの」という、もっと根っこの問い
  • 方法:体当たりのリアルイベント →「ロマンティック7」という分析フレームと、ときめきの"可視化"。エモを、方法論にした

正直に評価します。この進化は、めちゃくちゃ正しい。データとAIで何もかも最適化されていく時代に、「効率で測れないものを、ちゃんと言語化して可視化する」というポジションは、むしろ希少価値が上がっています。恋愛論に閉じず社会全体を扱うのも、間口が広くて良い。データの世界に長くいた私ほど、この「エモを方法論にする」構えが腹落ちします。

......とはいえ、設立期を知る人間として、一抹のさみしさも正直に書いておきます。あのジャガチューの、土砂降りのあとの晴れ間の、どうしようもなく泥臭くて体温のあるドラマ。あれは概念やフレームには収まりきらない"割り切れなさ"そのものでした。ロマンスの一番おいしいところは、たぶん、その割り切れなさにある。 シンクタンクとして賢く可視化していくなかでも、あの畑の体温だけは、どうか後景に追いやらないでほしい----これは当事者宣教師の、ささやかな祈りです。

「ロマンス宣教師って、結局なにをしてる人なの?」

ここまで読んで、こう思った方も多いはずです。「で、その宣教師って、具体的に何をしてるの?」と。いい質問です。実は私、この質問を、これまで何百回と直接ぶつけられてきました。

というのも私、2008年に宣教師になって以来、仕事で名刺を交換するとき、本業の名刺と一緒に協会のロマンス宣教師の名刺をそっと差し出すのを習慣にしてきたんです。ハートのロゴに「協会本部 長崎県雲仙市愛野町(島原鉄道 愛野駅)」「6月19日はロマンスの日」と刷られた、あの名刺を。これまでに配った数は、ゆうに1000枚超。名刺アプリのEightを見ると、今この瞬間も633人の方と名刺でつながっています。そして渡すと、ほぼ100%の確率で「......これ、なんですか?」と聞かれる。しめたものです。そこから、布教が始まります。

日本ロマンチスト協会 ロマンス宣教師 秋山大志の名刺
これが、2008年から配り続けているロマンス宣教師の名刺。「6月19日はロマンスの日」「協会本部 長崎県雲仙市愛野町(島原鉄道愛野駅)」の文字が見える。

そのとき私が答えている「私なりのロマンチスト論」を、協会の公式な定義とはまた別に、ここに書いておきます。

まず、ロマンチストとは「自分が夢を持ち、それを実現するために動き続ける人」だと思っています。夢を語るだけならただのポエムですが、実現しようと動き出した瞬間、ロマンチストは行動の人になる。

そのうえで、ロマンス宣教師として私が実践しているのは、たった3ステップです。

  • ① まず、自分が幸せになる。 これが第一。自分が満たされていない人に、誰かを幸せにはできません
  • ② 半径3メートルを幸せにする。 家族やパートナーといった、いちばん近くにいる人たちを大切にする
  • ③ その行動原則を、出会った人に伝えていく。 ----そう、名刺を渡すのは、この③のためなんです

なぜ「伝える」ことにこだわるのか。「Six degrees(六次の隔たり)」という言葉があります。世界中の人は知り合いを6人たどれば誰とでもつながる、という考え方で、SNSの草分け「GREE(グリー)」の社名の由来にもなりました。だとすれば、一人ひとりが宣教師として、半径3メートルの大切な人に良い影響を及ぼしていけば----その連鎖で、世界はいつか幸せで満ちるはずだ。本気でそう思っています。1000枚の名刺も、Eightの633人も、その壮大な連鎖の、ささやかな入口なんです。

名刺アプリEightの画面。あなたの知り合い633人
名刺アプリEightの画面。「あなたの知り合い 633人」----この一人ひとりが、私にとっての"6人"の入口だ。

ちなみに私のバーチャル名刺はこちら(Eight)。よかったら、あなたも私の「6人」のひとりになってください。

ライスワークの名刺と、ライフワークの名刺

ところで、この宣教師の名刺。実は2008年からずっと、ひとつも変わっていません(厳密には、今回のリブートに合わせてデザインは一新し、肩書きも少し増えましたが......それでも"芯"は何ひとつ変わっていない)。なぜだと思いますか。答えは、日本ロマンチスト協会が私にとって「ライフワーク」だからです。辞めることも、卒業することもない。一生をかけて続けると決めた活動だから、名刺もまた、一生変わらない。

一方で、いま勤めている会社や、かつて在籍した学校・会社はどうでしょう。それらももちろん、私の人生を形づくる大切な場所で、ライフワークの一部ではあります。けれど同時に、食べていくための糧----いわば「ライスワーク」(rice work)の側面も持っている。だからこそ、退職や転職、卒業のたびに、その名刺は使えなくなってしまう。

人材の流動性がこれだけ高まった時代です。ライスワークの名刺だけに自分の名乗りを預けていると、所属が変わるたびに「私は何者なのか」を一から名乗り直すことになる。だから私は、こう提案したいんです。ライスワークとは別に、自分の「ライフワーク」を定めて、一生涯使える名刺を一枚、持ってみませんか?と。肩書きが変わっても、会社を辞めても、ずっとあなたを連れ添ってくれる名刺。それは、思っている以上に心強いものです。

ワークも、ライフも。そして「サードプレイス」に染み出す

そもそも私は、ライフとワークを、あまりきっぱりとは分けていません。よく「ワークライフバランス」と言いますが、私の感覚は少しだけ違う。私が持っているのは、ファーストプレイス・セカンドプレイス・サードプレイスという地図です。

ファーストとセカンドは、人生のステージによって中身が入れ替わる場所。あるときは仕事が、あるときは家族やプライベートが、そこに入ります。そして、それ以外の場所として私が各地に耕してきたのがサードプレイス。今日ご紹介した日本ロマンチスト協会もそのひとつですし、ほかにも社会創発塾StartupWeekendなんもく大学......と、いろんな場所でサードプレイスを育ててきました。

ここで私がいちばん大事にしているのは、サードプレイスを「逃げ場」にしないことです。仕事がつらいから、家庭がうまくいかないから逃げ込む----それは、私の考えるサードプレイスとは違う。サードプレイスは、ファースト・セカンド、つまり仕事も家庭もちゃんと充実させたうえで、そこから自然に「染み出していく」もの。土台があるからこそ、サードプレイスも本当に充実するのだと思っています。仕事も家庭も手を抜かない。そのうえで、もう一歩。

では、サードプレイスの何がそんなに良いのか。それは、仕事では絶対に出会えない人たちと出会えることです。損得勘定も、上下関係も、年代すらも関係なく、ただフラットに繋がれる。肩書きを外したところで人と人として向き合える、あの感覚。これは、ライスワークの名刺だけでは、決して手に入らないものです。そして、そんなフラットな出会いの入口になってくれるのが----そう、あの一枚の、ライフワークの名刺なんです。

宣教師として、今日いちばん言いたいこと

生成AIが文章も映像も音楽も作れてしまう時代です。私自身、毎日その恩恵にどっぷり浸かっています。でも、「誰のために、何を贈るか」を決めるのは、最後まで人間の仕事です。これは先日、会社の生成AI部のキックオフを準備していても痛感しました。道具がどれだけ進化しても、ロマンスだけは自動化できない。むしろ効率化が進むほど、その価値は上がっていくとさえ思います。新生協会の「ときめきを可視化する」も、つまりはそういうことなのでしょう。

あのじゃがいも畑で叫んでから、もう何年も経ちました。それでも6月19日が来るたびに、私はあの日の土砂降りと、その後の晴れ間を思い出します。リブートした日本ロマンチスト協会の宣教師として、改めて。きょう6月19日はロマンスの日です。大切な人に、何か青いものを。花でも、ペンでも、缶ジュース1本でもいい。あれこれ考えるより、贈ってしまった方が早いので。

be romantic!! ----日本ロマンチスト協会 宣教師 秋山

Comment(0)