ChatGPT広告の「表・裏・その先」─ 日本上陸、クリックの裏側、そして「記憶」は誰のものか
普段このブログでGTMだ計測だと言っている私にとって、これは見逃せない出来事でした。ChatGPTに、広告がやってきた。米国に続き、日本でも2026年6月22日から、無料ユーザーと新設の「Goプラン」で試験的に表示が始まっています。
せっかくなので、計測とアドテクで食べてきた人間として、とことん向き合ってみました。①実際に出た広告を観察し、②それを1回クリックして裏で飛ぶリクエストまで覗き、③その先にある「記憶」という、もっと根の深い論点まで考える。少し長くなりますが、ChatGPT広告の「表・裏・その先」を一気にお届けします。
まず事実整理:ChatGPT広告とは何か
感想の前に、公式情報で骨格を押さえます(出典はOpenAIヘルプセンター「ChatGPTでの広告」)。
- 展開エリア:米国で2026年2月9日にテスト開始。英国・豪州・NZ・カナダと拡大し、そして日本へ。
- 出るのは誰に:無料版とGoプランのみ。Plus/Pro/Business/Enterprise/Eduには出ません。18歳未満と判断されたアカウントにも出ません。
- どこに出るか:回答の末尾の下に、原則1ユニット。「スポンサー提供」と明示され、回答本文とは視覚的に区別されます。
- 回答は歪まない(建前):広告はチャットモデルとは別システムで配信され、広告主が回答の内容や順位を変えることはできない、とされています。
- ターゲティング:基本は「いま話しているスレッドの話題」に広告主の広告をマッチング。パーソナライズをオンにしていると、過去のチャットやメモリ、広告との接触履歴まで使われます。
- 除外領域:健康・メンタルヘルス・政治などの機微なトピックの近くには出さない。出会い系・ヘルスケア・金融サービス・政治といった業種は、現時点では出稿不可。
- 広告主に渡るもの:会話やメモリは渡さない。広告主が受け取るのは表示回数・クリック数などの集計・非個人特定情報のみ。
- コントロール:「設定 > 広告の管理」でパーソナライズのオフや広告データの消去が可能(テスト中は米国のFree/Goのみ)。
要するに、検索連動型広告の発想を、対話(コンテキスト+記憶)の上に乗せ直したもの。「答えの下に、文脈に合った広告を1枠」というのが現在の姿です。
「Goプラン」という新しい箱
今回の日本展開の主役は、もう一つあります。ChatGPT Goです。2025年8月にインドで始まった低価格プランが、170か国を経て全地域へ。米国で月額8ドル、GPT‑5.2 Instantで無料版の約10倍のメッセージ・アップロード・画像生成、メモリも長め。手頃さが売りです。
計測屋として唸ったのはここ。Goは「お金を払っているのに広告が出る、唯一のプラン」なんです。Goの料金ページにも、しれっと「このプランには広告が表示される場合があります」と書いてある。つまりOpenAIは、
- 無料:広告アリ(または機能制限つきの広告なしオプション)
- Go(安い):広告アリ。でも上限は緩い
- Plus/Pro:広告ナシ
という3段階の「広告を消す権利」の設計を敷いた。広告は嫌なら金で消せ、というモデルを、AIの世界にもきれいに持ち込んできたわけです。テレビでもYouTubeでも見た構図ですが、相手があの会話体験だと意味合いが変わってきます。
日本のパイロットは電通デジタルとHakuhodo DY ONE
日本での扱いについては、Ledge.aiが「ChatGPT広告、日本でパイロット運用 電通デジタルとHakuhodo DY ONEが取り扱い開始」と報じています。広告主はまだパイロットの先行組。日本の二大メガ代理店グループが最初の蛇口を握っている、という構図です。
ここからが本題:実際に見て、計測屋が気づいたこと
さて、実物です。私はちょうどChatGPTで「練馬区の家賃」みたいな住まいの相談をしていました。その回答の下に出てきたスポンサー枠が、アパマンショップ、住協グループの住まい情報、そしてNURO光。住まいを聞いている人間に、不動産と新居向けの光回線。文脈ターゲティングは、見事に効いています。
気づき①は、ちょっとした違和感。サブスクのオファーが被るんです。ChatGPT自身がさかんに「Go/Plusにアップグレードを」と勧めてくる横で、外部広告も回ってくる。自社課金導線と広告在庫が同じ画面でぶつかっている感じは、初期ならではかもしれません。
そして気づき②が本命です。出ていた広告のリンク先URLを覗いたら、こうなっていました(住協グループの物件ページ)。
...?utm_source=criteo&utm_medium=display&utm_campaign=oizumi&utm_content=cca&utm_id=...&cto_pld=...&utm_crt=1
計測をかじっている方なら、ピンと来たはずです。utm_source=criteo / utm_medium=display、そして極めつけが cto_pld。これはCriteo(クリテオ)が付与する識別用のパラメータ(Criteo payload)です。つまり私がChatGPTの中で見たこの広告は、Criteoのディスプレイ/リターゲティングの文脈で計測されていたということになります。
仮説:広告主は「知らないうちにChatGPTに出ている」かもしれない
ここから先は、公式の裏取りが取れていない私の観察と推測であることを先に強くお断りしておきます。OpenAIは「どのSSPやネットワークから広告在庫を引いているか」を明らかにしていません。でも、目の前の広告は紛れもなくCriteoのパラメータを背負っていた。だとすると、自然に湧く疑問はこれです。
「ChatGPTに広告を出した覚えのない広告主が、普段回しているCriteoのキャンペーン経由で、ChatGPTの回答の下に出てしまっているのではないか?」
思い出してほしいのは、私がそのときChatGPTにログインしていなかったこと。スクリーンショットにも「ログイン」「無料でサインアップ」が写っています。ログアウト状態でパーソナライズ用の深いシグナルが薄いはずなのに、住宅サイトを見ていた私に住宅広告が当たる。ChatGPT側の文脈(練馬の家を聞いていた)+Criteo側のリターゲティング識別、その合わせ技だと考えると腑に落ちます。リターゲティングは、ChatGPTのログイン状態とは無関係に、Criteo自身のクッキー/IDで追いかけてくるからです。
もしこの読みが当たっているなら、広告主にとっては看過できない論点が出てきます。
- プレースメントの透明性:ネットワーク経由で在庫が供給されているなら、「自分の広告が、いつ、どんな会話の隣に出たか」を広告主は把握しづらい。LLMの回答という、これまで存在しなかった文脈にブランドが並ぶリスク。
- ブランドセーフティ:機微トピックは除外という建前はあるものの、隣接する"答え"の中身まで広告主がコントロールできるわけではありません。
- 計測の埋没:今回のように
utm_source=criteoでタグ付けされていると、GA4やサーバーサイドGTMの集計では流入が「Criteo / display」に寄ってしまい、"ChatGPT面からの貢献"がそのまま見えなくなる。新チャネルなのに、既存チャネルの数字に溶けてしまう、という計測屋泣かせの問題です。
当面の自衛策はシンプルです。CriteoやDSPを回している広告主は、今すぐ配信面の設定と除外リストを確認すること。 「気づいたらChatGPTに出ていた」を許容するのか、外すのか。意思を持って決めておくべきタイミングです。
米国の先行事例が教えてくれること
先に走っている米国の様子も補助線になります。Business Insider Japanによれば、アドテク企業が数万件のプロンプトを分析したところ、広告が含まれる回答はまだごく一部。それでも傾向は出ていて、ソフトウェアや旅行の広告が目立ち、健康系は少ない。そして「質問の仕方」で結果が大きく変わる。OpenAIは2月に一部広告主でテストを始め、5月には入札ツールを出して対象を広げ、Amazonまで出稿している(ただし自社データはOpenAIに渡さない)といいます。
検索広告とは広告主の顔ぶれが違う、というのが面白いところです。「検索キーワード」ではなく「会話の文脈」に値段がつく世界では、刺さる業種も、効く出し方も、これまでの常識とはズレてくる。OpenAI自身の発表も、まだ「邪魔にならない有用な広告」を探っている初期段階だと認めています。
......と、ここまでが「広告が来た」という表の話。私はもう少し意地が悪いので、この広告を実際にクリックして、裏で何が飛んでいるかまで覗いてみました。
【裏側】広告を1回クリックして、飛ぶリクエストを全部覗いた
※はじめにお断り:以下は私が自分のブラウザで観測した1クリック分のリクエストと、その中の一部トークンをデコードして読み解いたものです。暗号化された中身(後述)はサーバ側の鍵がないと読めないので、見ているのはあくまで"外形"です。また各種トークンは私のセッション・端末に紐づくため、本文では gAAAAAB... のように伏せて掲載します。
クリック1回で、3系統のリクエストが飛ぶ
「広告をクリックして遷移する」というだけの操作で、ChatGPTは裏で複数のリクエストを並行して投げていました。ざっくり3系統に分けられます。
- ① bazaar:広告イベントそのもの(クリックの記録)
- ② Sentinel:反ボット/整合性チェック(このクリックは本物の人間か?)
- ③ Statsig(ces/rgstr):イベント計測・実験基盤への送信
1個ずつ見ていきます。どれも、広告ビジネスの"型"がきれいに出ていて面白いです。
① 広告システムの内部コードネームは「bazaar」
クリックの本体は、このエンドポイントに飛んでいました。
POST https://chatgpt.com/backend-anon/bazaar/event
bazaar(バザール=市場)。これがOpenAIの広告システムの内部コードネームのようです。送られていたJSONのボディは、トークンを伏せるとこんな構造でした。
{ "action": "click", "ad_data_token": "(base64→{\"payload\":\"gAAAAAB...\",\"version\":2})", "ad_format": "image_card_v2", "advertiser_count": 1, "card_count": 1, "display_type": "single_advertiser_ad_unit", "target": { "target_type": "carousel", "index": 0 }, "ads_spam_integrity_payload": "gAAAAAB...", "click_origin": "card" }
語彙だけで、広告ユニットの設計思想が透けて見えます。image_card_v2(画像カード型・すでにv2)、single_advertiser_ad_unit(単一広告主ユニット=今は1枠1社)、carousel(カルーセル構造で複数カードを並べられる前提)。公式が「テスト中は回答の下に1ユニット」と言っているのと符合しつつ、将来カルーセルで複数広告を並べる余地まで型として用意されているのが分かります。
ちなみにURLの backend-anon は「匿名(ログアウト)ユーザー向けバックエンド」。私はログアウト状態で広告を見ていたので、ここに当たっていました。
② ad_data_token の正体:Fernetで封印された箱
上の ad_data_token と ads_spam_integrity_payload。これがこの記事の一番の見どころです。値はどちらも gAAAAAB... で始まる長い文字列で、Fernet(Pythonでよく使われる対称鍵暗号)形式の暗号トークンです。ad_data_token をbase64デコードすると {"payload":"gAAAAAB...","version":2} という入れ子で、中身の payload はやはり暗号文。
つまり、「どの広告が、どんな文脈で選ばれたか」という情報はサーバ側で暗号化して封印され、クライアント(=私のブラウザ)はその中身を一切読めない。私のブラウザはただ、受け取った暗号の箱を、クリック時にそのまま送り返しているだけです。
これ、地味にすごく筋が良い設計です。公式は「広告主に会話を渡さない」と言っていますが、それどころかクライアントにすら広告選定の生データを渡していない。改ざんもできないし、ターゲティングの中身を盗み見ることもできない。広告のターゲティングロジックを、徹底してサーバ側のブラックボックスに閉じ込めているわけです。計測屋として、ここは素直に「うまいな」と思いました。
③ クリック座標まで送っている=クリックフラウド対策
bazaarへのリクエストには、こんなヘッダも付いていました。
x-sentinel-payload: {"v":1,"clickSignals":{"wasClientActiveAtClick":true,"timeSinceFocusMs":"0","clickXPx":229,"clickYPx":30,"clickXBucket":2,"clickYBucket":1}}
注目は clickXPx / clickYPx(クリックされたピクセル座標)、clickXBucket / clickYBucket(座標をざっくり区画化したもの)、timeSinceFocusMs(タブがフォーカスされてからの経過ミリ秒)、wasClientActiveAtClick(クリックの瞬間、本当にアクティブだったか)。
要するに、「どこを・いつ・どんな状態で押したか」を全部送っている。これは検索広告やディスプレイ広告の世界が20年かけて磨いてきたIVT(Invalid Traffic=無効トラフィック)対策/クリックフラウド検知そのものです。広告枠の端っこを機械的に連打するようなボットのクリックを、座標やタイミングの分布から弾くための材料。広告収益の根幹である「クリックの品質」を、ChatGPTは立ち上げ初期からきっちり作り込んでいます。
④ Sentinel:このクリックは"本物の人間"か
同時に、別系統で /backend-anon/sentinel/ping も飛んでいました。Sentinel はOpenAIの反ボット/整合性レイヤーで、ヘッダには見覚えのある名前が並びます。
- openai-sentinel-turnstile-token:CloudflareのCAPTCHAレス認証Turnstileのトークン
- openai-sentinel-proof-token:Proof of Work+ブラウザフィンガープリント
- openai-sentinel-chat-requirements-token ほか
このうち proof-token を実際にデコードしてみたら、中身は配列でした(一部抜粋・伏字あり)。
[ 2426, "Wed Jun 24 2026 11:05:32 GMT+0900 (日本標準時)", 4395630592, 27, "Mozilla/5.0 (Macintosh; ... Chrome/149.0.0.0 Safari/537.36", "https://accounts.google.com/gsi/client", "prod-0ec...", "ja", "ja,en-US,en", 0, "share−function share() { [native code] }", "location", "oncontentvisibilityautostatechange", 66288.89..., "(端末UUID)", ..., 1782266666255.9, 0,0,0,0,0,0,0 ]
タイムスタンプ、UA、言語、performance.now() 系の値......に混じって、"share−function share() { [native code] }" という奇妙な要素があります。これは navigator.share を文字列化して「ネイティブ実装のままか(=改ざん・自動化されていないか)」を確認している痕跡。oncontentvisibilityautostatechange のような特定のDOM APIの存在チェックも、ブラウザの真贋を見分けるフィンガープリントです。広告クリックすらこの関門を通る=ボットによるクリック水増しを、入口で弾く設計になっている。
⑤ 計測の心臓は「Statsig」=OpenAIが買収した実験基盤
3つめの系統がこれ。
POST https://chatgpt.com/ces/v1/rgstr?...&sv=3.32.6&ec=7&gz=1
statsig-sdk-type: javascript-client / statsig-sdk-version: 3.32.6
Statsig(スタットシグ)です。フィーチャーフラグとA/Bテスト、イベント計測のプラットフォームで、2025年にOpenAIが買収した会社。つまりChatGPTの広告イベントは、OpenAI自身の実験基盤の上で計測・最適化されている。ec=7(イベント数)、gz=1(gzip圧縮)が示すとおり、複数イベントを圧縮してバッチ送信しています。
これが意味するのは、広告の出し方・置き場所・フォーマットを、気合いや勘ではなくA/Bテストでガリガリ最適化できる足場が最初から組み込まれているということ。「テスト中」という言葉どおり、まさに今この瞬間も実験が回っているのでしょう。
⑥ ログアウトでも、あなたには番号が振られている
細かいですが見逃せないのが、全リクエスト共通で付いていたヘッダ群です。
oai-device-id: 599a...(端末ID) / oai-session-id: 3b71...(=Statsigのsidと同一) / oai-client-version / oai-client-build-number: 7748709
backend-anon=匿名・ログアウト状態であっても、端末には oai-device-id が振られ、セッションIDと紐づいています。前回のCriteoリターゲティングの話と合わせると、構図が見えてきます。「ログインしていないから自分は匿名」だと思っていても、ChatGPT側のdevice-idと、Criteo側のクッキー/IDという、二重の"個体識別の足場"の上に広告は成立している。
計測屋として、結局どう読んだか
1クリックを覗いただけで、これだけのものが出てきました。整理すると、
- bazaar:カード/カルーセル前提の広告ユニット構造
- Fernet暗号トークン:ターゲティングをサーバ側に封印し、クライアントにも渡さない
- クリック座標・滞在・アクティブ判定:IVT/クリックフラウド検知
- Sentinel+Turnstile+PoW:ボットクリックを入口で排除
- Statsig:自社実験基盤で広告をA/B最適化
- device-id:ログアウトでも個体識別
これは、GoogleやMetaが20年かけて積み上げてきた広告インフラの"型"----不正検知・計測・実験・プライバシー設計----を、ChatGPTが立ち上げの初手からほぼ踏襲している、ということです。「とりあえず広告出してみました」ではなく、最初から収益事業として殴り込む構え。広告主・代理店の側も、「クリックは厳密に品質計測されている」「ターゲティングは完全ブラックボックス」「最適化はA/Bで高速に回る」という前提でこの面に向き合う必要があります。
そして、この広告の裏側をいじっているうちに、私はもっと根の深い論点に行き着きました。広告そのものより、その手前にある「記憶」の話です。
【その先】そもそも、その「記憶」は誰のものか
先日ChatGPTを開いたら、入力欄の下にこんな案内が出ていました。「より確かで、あなたに合った回答」----「ChatGPTはメモリを最新に保つのがさらに上手になり、より良い返答ができるようになりました。同じことを何度も伝える必要も減ります。メモリには、あなたが提供した機微な情報が含まれる場合があります」。
便利です。実際、私のChatGPTはもう、いちいち背景を説明しなくても話が早い。でもこの一文を眺めていて、ふと立ち止まりました。この"記憶"は、いったい誰のものなんだろう? と。
ChatGPTは、いずれ「誰よりもあなたを知る存在」になる
検索エンジンが持っていたのは、せいぜい"点"の記録でした。いつ何を検索したか。でも対話型AIのメモリは違う。悩み、家族のこと、仕事の愚痴、将来の夢、健康の不安----人によっては、家族や親友にも言えないことまでAIには打ち明けています。点ではなく、線で、面で、あなたという人間の文脈が蓄積されていく。
少し先の未来を想像すると、これはちょっとすごいことです。数年後、この地球上であなたを一番よく知っているのが、配偶者でも親友でもなく、ChatGPTだった----そんな日が、冗談抜きで来るかもしれない。便利さの裏で、私たちは"自分という文脈"を、せっせとAIに預けているわけです。
少し横道にそれますが、先日受講した東京大学メタバース工学部の松尾豊研究室によるAI講座でも、印象的な話がありました。「プロンプトエンジニアリングは、もうとっくに必要とされていない。これからは"コンテキストエンジニアリング"が重要になる」と。AIにどう指示するか(プロンプト)を磨く時代から、AIにどんな文脈を持たせるか(コンテキスト)で差がつく時代へ、ということです。そして、その"コンテキスト"の最たるものこそ、ほかでもないあなた自身の記憶に他なりません。だからこそ----その記憶を誰が握るのかが、これからますます効いてくるわけです。
では、その記憶は「持ち運べる」のか
ここで本業(私はデータガバナンスやプライバシーまわりを生業にしています)の血が騒ぎます。問題は、その記憶のオーナーシップとポータビリティです。
いま、いわゆるフロンティアモデルの世界では、OpenAI(ChatGPT)、Google(Gemini)、Microsoft(Copilot)、Anthropic(Claude)がしのぎを削っています。性能は数か月で抜きつ抜かれつ。ユーザーとしては、その時いちばん良いモデルに乗り換えたい。......でも、ここで効いてくるのが記憶です。
あなたがChatGPTに数年かけて積み上げた"あなたという文脈"は、Geminiにも、Claudeにも、Copilotにも、持っていけません。 メモリは各社のサイロの中。ChatGPTの記憶はChatGPTの中だけ、Claudeの記憶はClaudeの中だけ。乗り換えた瞬間、相手はまた「はじめまして」の他人に戻る。また一から自分を説明し直しです。
これ、史上最強のスイッチングコストになり得ます。性能で選んでいるつもりが、実は「記憶を人質に取られて」動けない。携帯電話の番号ポータビリティ(MNP)が無かった時代、番号が変わるのが面倒で同じキャリアに縛られ続けた----あれの、もっと根が深いバージョンです。縛られているのが電話番号ではなく、自分自身の文脈なのですから。
計測屋から見ても、これは「Cookieless」の比じゃない
マーケティングの世界では、3rd party Cookieが消える「Cookieless」で大騒ぎし、1st party data(自社が持つ顧客データ)の重要性が叫ばれてきました。でも、AIメモリの話はその比ではありません。扱っているのは企業の顧客データではなく、"あなた自身のコンテキスト"そのもの。1st partyどころか、本来は"ゼロパーティ"=あなた本人のもののはずです。
だとすれば、目指すべき理想はシンプルです。自分の情報のオーナーシップは自分が持ち、プロバイダの垣根を越えて、自由に持ち運んだり共有したりできること。 GDPRには「データポータビリティ権」(第20条)という、自分のデータを構造化された形式で受け取り、別の事業者に移せる権利があります。AIの記憶にも、同じ発想が要る。「AIメモリのポータビリティ」、あるいは"あなたという文脈"の標準フォーマットとエクスポート/インポートの仕組みです。
理想を言えば----自分のコンテキストは自分のものとして手元(あるいは中立な金庫)に置いておき、その日いちばん良いモデルに「これが私です」と渡して使う。気に入らなければ引き上げて別のモデルへ。道具は乗り換え自由、記憶は自分のもの。 そういう世界です。
今、私たちにできること
標準化はまだ先でしょう。各社は当然、記憶を自分のサイロに囲い込んだ方が得をします(それがロックインになるのだから)。だからこそ、ユーザー側が意識的になるしかありません。当面の自衛として、私はこうしています。
- 何を覚えさせるかを意識する:便利だからと何でも預けない。本当に機微な相談は一時チャット(記憶に残らないモード)で。
- メモリの中身を定期的に確認・棚卸しする:設定から、AIが自分について何を覚えているかは見られます。たまに覗くと、けっこうギョッとします。
- エクスポートできるものは手元にも持つ:自分の情報の"正本"を、提供事業者だけに握らせない。
- そして声を上げる:「記憶は持ち運べるべきだ」という当たり前を、ユーザーが言い続けること。Cookieの議論も、そうやって少しずつ制度が動きました。
結局、論点は「性能」じゃない
AIの話題はどうしても「どのモデルが賢いか」に行きがちです。でも、自分の記憶をAIに預ける時代に本当に効いてくるのは、賢さよりも「自分のコンテキストの所有権を、自分が握れているか」だと私は思います。誰よりも自分を知ってくれる存在は心強い。でもその記憶の鍵を、自分が持っていないのだとしたら----それはちょっと、健全じゃない。
皆さんは、自分の"記憶"が今どこに、誰のものとして積み上がっているか、考えたことはありますか? 一度、自分のAIが自分について何を覚えているか、設定から覗いてみてください。あれこれ不安がるより、まず見てみた方が早いので。そしてできれば、その記憶をいつでも持って出られる未来を、一緒に願いましょう。
【追記|2026年6月25日】「Criteoの影」は、公式提携として裏付けられました
本記事の前半で私は、ChatGPT広告のリンクに付いていたCriteoのUTM(utm_source=criteo や cto_pld)から、「ChatGPTの広告在庫の一部はCriteo経由で供給されているのでは?」と、あくまで観察と推測として書きました。その後、公式の続報が出たので追記します。結論から言うと、推測ではなく事実でした。
- Criteoは自らを「OpenAI初の広告技術パートナー」と公式に発表(2026年3月2日)。ChatGPTのFree/Goに出る広告枠へ、Criteo経由で広告主がアクセスできる、という建付けです。私が見た"Criteoの影"は、まさにこの提携の実物でした。
- そして2026年6月の更新で、英国・日本・韓国の広告主も「ChatGPT Ads」の在庫にアクセス可能に(先行の米・豪・加・NZに追加)。すでに2,000を超えるブランドがCriteo経由でChatGPTに出稿しており、主な業種はアパレル・家具/インテリア・家電・自動車・美容とのこと。日本の住宅系広告を私が見たのも、合点がいきます。
- Criteoの最適化機能「Prompt Smart Ads」は、ユーザーの質問の文脈に合わせて広告クリエイティブや商品説明を自動生成。初期テストでは「配信開始後に約4倍の支出を生んだ」とされています。
- 出稿のハードルも急速に低下中。OpenAIは5月にプラットフォーム単位の最低出稿額を撤廃、Criteoも6月に最低額を5万ドル→1万ドルへ引き下げ、と各社が間口を広げています。
では、肝心の「広告主はCriteoの管理画面で、ChatGPTへの配信を明確にオン/オフ・選択・除外できるのか?」 ----ここが一番知りたいところですが、私が確認した範囲(Criteoの公式リリースおよび各種報道)では、その可否は明記されておらず、正直なところ不明です。 ChatGPTは「Prompt Smart Ads」という専用の出し方が用意されているので、能動的に設定して出す商品に見えます。ただ、既存のCriteoキャンペーンが自動的にChatGPT面へ広がるのか、明確な"除外スイッチ"があるのかまでは確認できませんでした。広告主側としては、「自社の配信がChatGPT面に出ているか/出さない設定にできるか」をCriteoの担当者に直接確認するのが確実です。新しい一次情報が取れたら、また追記します。
参考:Criteo公式プレスリリース(2026年3月・6月)/Yahoo!ニュース(2026年6月23日)ほか。