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なぜ、Facebookだけが、キャズムを楽々と超えるのだろうか?

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なぜ、Facebookは、いとも簡単にキャズムを超えてしまうのだろうか?
 
Facebookがここまで巨大になった理由は、当然ながら単純ではない。(1)APIを公開することで大量のアプリを集め、ソーシャルゲームというビッグヒットを得たこと。(2)Facebookページ(旧名称ファンページ)によって、企業やアーティストが自ら集客するシステムをつくったこと。(3)Twitterのステイタスアップデイト機能をうまく取り込んだこと。(4)高度なシステム技術によりリアルタイムでアクティブな操作感を実現していることなど。これまで、Facebookが、その類まれなる創造力と技術力を駆使して弛まぬサービス改善を続けてきたことが、大いなる差別化要因となっていることは間違いないところだ。
 
ただし、Facebook普及の根源的な要素は、やはり「実名制」にあると筆者は考えている。日本の特殊性を語られる際に必ず出て来るのがこの実名制の精神的な障壁だが、そもそも米国においても、Facebook登場以前は、ビジネス利用のLinkedInを除き、MySpaceなどの匿名(実名を強制しない)ソーシャルネットワークが主流だった。
 
つまり、国民性の違いはあるにせよ、実名制に対するハードルが高いのは、日本だけでない。多くの国々でも同様なのだ。実際に、Facebookには、プライバシー漏洩やストーカー被害など、光だけではなく闇の部分もあり、現実的な問題としてとりあげられることも多い。にもかかわらず、なぜ、実名制のソーシャル・ネットワークは、広く一般の人々に普及するのだろうか?
 
 
■ キャズム理論をおさらいしよう

まずは、当記事のベースとなる、テクノロジー・ライフサイクルにおけるキャズム理論(Geoffrey Moore,1991)をおさらいしておきたい。

Chasm

Geffery Mooreいわく、ハイテク製品技術においては、新技術が市場に浸透する際には5パターンの採用タイプの間にクラック(断絶)があり、その中でも特にアーリーアダプターとアーリーマジョリティの間(16%のライン)には「深く大きな溝」があるとし、これをキャズム(Chasm)と呼んだ。



・イノベータ- (2.5%):技術に惚れて採用するハイテクオタク

・アーリー・アダプター (13.5%):技術ではなく実利面に惚れて初期採用するビジョナリー

・アーリー・マジョリティ (34%):先行者の成功事例を確認してから採用する実務者

・レイト・マジョリティ (34%):みんなが使ってから使う慎重な人々

・ラガード (16%):ハイテク嫌い

 
この理論では、キャズムを超えアーリー・マジョリティに採用されることこそ、新技術が広く普及するためのキーであると説かれている。またキャズムを超えられなかった技術として、ビデオ会議、AI、ペン・コンピュータ等が挙げられている。わかりやすく音楽メディアでいくと、キャズムを超えたのはCDやDVD、超えられなかったのはレーザーディスクやMDということになるだろう。
 
ただし,この理論が前提としているのは一般的なハイテク製品サービスであり,(1)有償の製品サービスで、(2)製造元は企業である という点においてソーシャル・テクノロジーとは根本的に異なっている点について注意しておきたい。ソーシャルの世界においては多くのサービスは無償であり、かつコンテンツを制作投稿するのは企業ではなくエンドユーザーであることが多い。
 
そのため、それぞれの比率が異なることが考えられるし、そもそも普及の前提として、コンテンツ供給者と利用者のバランスがとれていることが重要となる。今回はこれらの点を考慮せず、シンプルにこの理論を当てはめるとどうなるかを検討してみたい。
 

■ 世界100ヶ国以上でキャズムを超えたFacebook

国内Webサービスのキャズムライン(16%)を考察する場合に、その対象を「ネット利用者」とするか「その国の全人口」とするかによって、その数字は大きく変わる。特に発展途上国においてその差は極めて大きい。今回の考察においては、Facebook統計サイトであるSocialBakersデータに基づき、より保守的な「その国の全人口」を対象として検討をすすめてみたい。
 
SocialBakersによると、Facebookは、すでに世界102ヶ国でキャズムを超えている。具体的に言うと、総人口に対する浸透率で16%を超えている国が102ヶ国あるということだ。

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参考まで、このデータはFacebookが公表しているアクティブ会員数を基づいた数値で、日本での浸透率はわずか1.72%。主要国でFacebookが未制覇なのは、規制されている中国をのぞくと6ヶ国だが、そのすべての国でFacebook急加速がはじまっている。詳しい情報は、次記事をどうぞ。

Facebookがついに6億人にリーチ、未制覇国も軒並み急増へ (2011/1) 
  
これに対して、総人口をベースに考えると、Twitterがキャズムを超えた国はなく、最も普及している日本においてもアクテイブ会員数では1000万人前後、総人口に対して8%程度にとどまっている。同じくmixiも、アクティブ会員数では1500万人、12%ラインを超えられない。一方、米国でも同様だ。MySpaceが絶頂だった時期でもアクティブ会員数は4000万人レベル(訪問者で6000万人レベル)、米国総人口に対して13%だ。

これら匿名ソーシャル・ネットワークの多くは、偶然の一致かも知れないが、キャズム(16%)を超えられていない。それに対してFacebookはすでに102ヶ国でキャズムラインを、しかも楽々と超えている。これには明確な理由が存在しているはずだ。
 
 
■ Facebookだけがキャズムを超えられる理由

Facebookが簡単にキャズムを超えられるのは実名制に起因すると筆者は考えている。そして、それは実名制ソーシャル・ネットワークだからこそ可能となる「人物探索機能」と「メッセージング機能」にポイントがあるのではないだろうか。
 
人物探索機能とは、知人を探索する機能のこと。Facebookでは、実名制だからこそ、旧知の友人などをすばやく探し出すことができる。つまり、名前で検索し、アイコンやプロフィールで人物特定できるということ。これはコロンブスの卵のような機能で、mixiやTwitter、さらにはGoogleでも非常に難しい、つまり今までのWebサービスでは困難だったものなのだ。

そしてもうひとつは、メッセージング機能。Facebookでは「友人関係」になっていなくとも、その人を探し出しさえすればコミュニケーションできる設計になっている。この点もポイントだ。しかもその機能は洗練されている。メールは要件名によって分類されるので、件数が増えると非常にわずらわしく、ミスコミュニケーションも増えていく。が、Facebookの場合は人が基本となっているためシンプルだ。その人がオンラインであればチャットに、オフラインであればメッセージとして届くし、その人との過去のやりとりが統一されて時系列で表示されるため、見逃しが少ない。これがメール離れを誘発し、Facebookがコミュニケーション・インフラとしての地位を築きつつある要因だろう。実際に、米国高校生の間ではWebメール利用が59%減となっている。
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【米国若年層でWebメール離れが急加速   TechCrunch元記事

このメッセージング機能も、実名で公開されることにより、広く使えるようになるものだ。例えば、社内電話帳のようなカタチでFacebookアカウントを公開することには抵抗がないが、mixiアカウントは公開できない利用者が多いだろう。電話帳のような形態で連絡先がシェアされてこそ、メッセージング機能はパブリックなものになる。実名制をとっているFacebookならではの利便性と言えるだろう。
 
Facebookは、友人のみを対象にした機能を充実させているように見えるが、一方で、この人物探索機能とメッセージング機能は、対象を友人に限定していない。この点が重要なポイントだ。そのため、メールや電話と同じく、利用者が増えれば増えるほど利便性が増していく「外部ネットワーク性」がテコとなり、さらなる新規利用者を呼びこむことになる。
 
実は、16%というキャズムラインには、クリティカルマスという、もうひとつの顔がある。一般消費者に受け入れられ、急激にサービスが拡大するラインという意味だ。それが外部ネットワーク性が高いサービスだと、利用者拡大自体が利便性向上につながるために鶏と卵の連鎖となり、さらなる急普及を生み出す源泉となっていく。

利用者が増えるほど、知人を探しやすくなり、連絡を取れるようになる。友人同志が交流しはじめると、友人の友人もつながりはじめ、さらにソーシャルグラフが広がっていく。人が集まる場になると、企業やアーティストが本格的に参入しはじめ、自ら集客することで、さらにFacebookにどんどん人をつれてくるようになる。するとまた知人を探しやすくなり、ソーシャルグラフが拡大していく。いつの間にか、Facebookを使っていないと友人と緊密なコミュニケーションができなくなり、Facebook加入のインセンティブが増えていく。このループこそ、実名性に起因するFacebookマジックの正体だろう。
 
 
■ Facebookは、あらゆる機器に搭載され、ソーシャルレイヤーを独占していく

最後に補足情報を。昨日からバルセロナではじまった世界最大のモバイルトレードショー「Mobile World Congress 2011」では、噂通り、HTCがFacebookフォンと呼んで良いであろう携帯を発表して話題となっている。(日経トレンディネット: Facebookフォン登場!)
 
In the looopでも、このFacebookフォンについて 機能予測記事 を書いたり、Looops.TV にてバレンタインデーの登場を予告した。このFacebookフォンこそ、Facebookがソーシャルメディアを超えて、世界のコミュニケーション・インフラとなるための極めて戦略的な展開と言えるだろう。

Facebookは、さきのInside Social Appsカンファレンスにて「モバイル機器への対応が最重要課題」(関連記事) と繰り返した。Facebookは、あらゆるデジタルデバイスに対応し、そのソーシャルレイヤーを横断的に独占する戦略だ。そして、それは実名だからこそ可能となる作戦なのだ。それが実現したとき、Facebookは世界のソーシャルグラフとコミュニケーションを独占する、圧倒的な支配力を持つ企業となっていくだろう。その流れは広告、検索、コマースビジネスも飲み込み、絶好時のMicrosoftやGoogleをも遥かに上回る、強大な影響力を持つ覇者となる可能性が高い。

 

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