大企業はなぜソーシャルメディアを恐れるのか?
大企業の管理層にソーシャルメディアを理解してもらうのは至難の業だ。
そもそもソーシャルメディアを活用するどころか,社内ではmixiもyouTubeもTwitterも閲覧できないという企業も少なくない。そんな中で顧客と直接コミュニケーションをするソーシャルメディア活用を提案するなんて,ハードルが高すぎると感じている方も多いだろう。私自身,20代は大企業で多くを学び,その組織運営システムも体験した。社内説得や稟議プロセスの困難さは理解しているつもりだ。
そしてこれは日本に限ったことではない。ソーシャルメディアのご本家,米国でも企業管理層の抵抗感は強いようだ。例えば年初記事で紹介した「2010年米国専門家のトレンド予測」において最も多い予測が「企業は新しいマーケティング手法に移行する」だったが,それに対する専門家のコメントには実に辛らつなものが多かった。
■ 2010年は企業のソーシャルメディア活用元年となる
では米国専門家の2010年予測コメントで印象的なものをいくつかあげてみよう。
- ソーシャルメディアは私たちの生活に組み込まれていく
2009年はソーシャルメディアを学んだ年,2010年はソーシャルメディアをよりうまく活用する年だ。 - 企業はついにソーシャルメディアが子供やB級スターによる一時的な流行ではないことに気がつくだろう。
- ソーシャルメディア・マーケティングがブランドにとって成功する戦術として広まるだろう。
- ブロードキャスト感覚で古いマーケティングを続けている多くのマーケッターは潜在的な顧客から見放されるだろう。
- 経済は穏やかに回復し,消費者は無条件にプラスになるコンテンツや専門知識をシェアし続けたブランドマーケッターに報いるだろう。
- ソーシャルメディア・マーケティングには時間がかかるが,多くのCFOはすぐに結果がでないためにそのような手法ををストップするだろう。
- Fortune500/1000クラスの大企業がソーシャルメディアで数多くのミステイクを犯すだろう。
- 我々は透明性の時代に入ろうとしている。今までの10年は「獲得」だった。これからの10年は「保持」が重要だ。
- 大小の差なく,すべてのブランドが絶対的な透明性を求められるだろう。
もう一つ,2009年11月に実施された調査結果を紹介したい。2300名を超える米国マーケッターに対するアンケートで,全業種にわたってソーシャルメディア予算を増やすという意向が明らかになったものだ。
・さらに詳しくはこちらの記事を 【速報】米国全業種でソーシャルメディア予算が急拡大 (2010/1/4)
すでに企業から生活者(消費者)に主導権は完全に移っている。顧客囲い込みなどできるわけもないし,自社に都合のよい情報だけを流す企業は生活者のブラックリストに入り,友人にすぐ伝播する時代だ。透明性や直接対話が求められているのは政治だけではない。より生活に密着している我々企業こそ,真摯に取り組むべき課題と言えよう。生活者は「信頼できる企業やブランド」を求めている。
■大企業はなぜソーシャルメディアを恐れるのか?
日本企業や国民がおかれている状況は日に日に厳しさを増している。戦後40年間で積み上げた経済成長への自信は失われた10年で崩れさり,終身雇用や年金制度の破綻懸念で個人は将来に底なしの不安を抱いている。家族のためには会社にしがみついてでも今の生活を守らないといけないと考えるのが人情だろう。
そのために管理層はリスクに過敏になり,所属組織や自分自身の短期的メリットのみを判断基準として意思決定する傾向が強くなった。自分の職責において,余計なこと(これまで成果として認められることから大きく逸脱したこと)はしたくない。仮に良い成果の可能性を感じたとしても,積極的には取り組む必然性がないと判断してしまう。
中小企業ではトップのリーダーシップによって全体最適が保たれるが,大企業では業務がシステマティックに細分化されているため,部分最適の防止は極めて困難な課題だ。その結果,社内に「決めない人々」が増殖してゆく。
もう一つの理由は「ソーシャルメディア」という理解しがたい新しい技術に対する拒絶感だ。これは「メール」が企業内に入りはじめた時と全く同じ反応だ。本来は新しいツールをいかに活用するかを学習するべき貴重な時間を,それをいかに使わなくてすむかの言い訳を考える時間に費やしてしまう。「メール」の時は「対人能力の欠如」が絶好の言い訳になり,「ソーシャルメディア」では「炎上」や「顧客対話への恐怖感」に注目が集まっている。
この発想を図式化すると次のようになる。
ソーシャルメディアを活用する | ソーシャルメディアを活用しない | |
---|---|---|
メリット |
わからない |
今まで通りに仕事ができる |
デメリット |
炎上して大変なことになる |
関心がない(考える習慣がない) |
ソーシャルメディアに関する無知は有識者にフォローしてもらうことでカバーできるかも知れないが,最も恐ろしいのは「しないことのデメリット」を考える習慣がなくなることだ。本人が気づかないのだから改善しようがないのだ。
2010-2011年に企業のソーシャルメディア本格活用やROI測定がはじまるのはほぼ間違いない。競合企業も当然検討しはじめている。活用/不活用のメリット・デメリットを深く理解したうえで,その投資効果や運用体制,開始タイミングやステップを検討すべき時期が来ているのだ。残された猶予期間はあと1-2年ぐらいだろう。
吉田拓郎の名作「イメージの詩」に有名な歌詞がある。
「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう ~ なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る ~ 古い水夫は知っているのさ。新しい海の怖さを」
古い船は「歴史のある大企業」,新しい海は「インターネットによってもたらされた生活者主導の経済社会」だ。そしてこの曲を心の友として育った世代が,残念ながら古い水夫になっているケースが多い。これを聴いてみずみずしかった感性を取り戻してもらえれば素晴らしいのだが。
■ 新しい水夫のジレンマ
新しい水夫,20-30代社員は,企業が生活者から透明性や顧客コミュニケーションを求められていることを直感している。そして今までの隠蔽癖を根底から改善しないと生活者から見放されるという危機感も肌身で感じているはずだ。
しかし今それを誰にいえばよいのか?どうやって頭の固い上の人たちを説得すればよいのか?今抱えている仕事だけでも大変なのに,そんな難題をこなす時間はとてもない。そんな閉塞感を感じながら日々の業務に追われているのが実態だろう。
これは「ゆでガエル」*1 の警句そのものだ。実際に炎上をキッカケにソーシャルメディアを活用しはじめた企業も多い。例えばDELL社は,"DELL-HELL"というブロガーパッシングとPC炎上動画のバイラルという企業存続危機がトリガーとなっているし,Twitter活用で名高いCOMCAST社も,保守サービス担当者の居眠りをブログに書かれたことに端を発している。
新しい海に危険があるという古い水夫の認識は正しい。しかし古い海にとどまっていれば安全というわけではないことに気づかなくてはいけない。ブロガーやその読者,SNS参加者,Twitterユーザーは,企業がソーシャルメディアに関心があろうとなかろうと関係なく,絶え間なくあなたの会社のことをクチコミしているからだ。
では,会社存続の危機すら感じている志高い若手社員は,どのようにして「決めない人たち」を説得すればよいのか?そしてどのように危険を回避しながら新しい海を進めばよいのか?
このような悩みを抱えている方に少しでも役立てるよう,次回記事(企業Twitter開局シリーズ)では,前向きな意味で次の一手,社内ソーシャルメディア推進作戦を考えてみたい。そこでは単なる攻めの策だけではなく,新しい海の危険をいかに防ぐか,守りの策もあわせてご提案したい。
【企業Twitter開局シリーズ】
・ 企業Twitter開局大作戦 ~ 「第一話 Androidタブレットを販売せよ!」
・ 企業Twitter開局大作戦 ~ 「第二話 軟式ツイートと最初の難事件」
・ 企業Twitter開局大作戦 ~ 「第三話 コンサルタント灰島秀樹」
・ 企業Twitter開局大作戦 ~ 「第四話 ブログ・コメントを封鎖せよ!」
・ 企業Twitter開局大作戦 ~ 「最終話 ソーシャルメディアよ,永遠なれ」
*1. ゆでガエル(Wikipediaより抜粋)
「2匹のカエルを用意し,一方は熱湯に入れ,もう一方は緩やかに昇温する冷水に入れる。すると,前者は直ちに飛び跳ね脱出・生存するのに対し,後者は水温の上昇を知覚できずに死亡する」という警句。およそ人間は環境適応能力を持つがゆえに,暫時的な変化は万一それが致命的なものであっても,受け入れてしまう傾向が見られる(例えば業績悪化が危機的レベルに迫りつつあるにもかかわらず,低すぎる営業目標達成を祝す経営幹部や,敗色濃厚にもかかわらずなお好戦的な軍上層部など)
【追記その1】
クマムラゴウスケ氏より,大企業の中からのご意見として大変的確なご指摘をいただきました。こちらもあわせてご参考になるかと思います。ぜひご覧ください。
・ 大企業がソーシャル メディアに踏み込まないわけ (life is so..., 2010/1/7)
【追記その2】
イケダハヤト氏より,当エントリーへのコメントも含めて貴重なご意見をいただきました。こちらもぜひ参考にご覧ください。
・ SMM、求められているのは議論すること。権威を信じないこと (日本にソーシャルメディアの風を!, 2010/1/7)
【追記その3】
イケダノリユキ氏からも,当エントリーおよびクマムラゴウスケ氏,イケダハヤト氏のご指摘ともあわせて貴重なご意見をいただきました。ぜひご参照ください。
・ 「ソーシャルメディアマーケティングに取り組まないリスク」って? (イケダノリユキのCOMMUNITAINMENT Blog, 2010/1/7)
【追記その4】
ネットバンカーまなびと氏から,銀行内部からの貴重なご意見をいただきました。私がブログで想定していたより遥かにソーシャルメディア・リテラシーの高い方からのご意見が多く,恐縮しております。
・ 「ソーシャル・メディア・マーケティングへの大企業の付き合い方」 (ネットバンカー: Netbanking and beyond, 2010/1/14)
【関連記事】
・ 【速報】米国全業種でソーシャルメディア予算が急拡大 (2010/1/4)
・ 【速報】米国専門家36人によるトレンド予測 ~ 2010年,ソーシャルメディアはどうなるか? (2010/1/1)
【in the looop 2009年 アクセス・トップ7記事のご紹介】
1位 【速報】Google Phoneは近日発表か。現時点でのスペックまとめ (12/13)
2位 mixi,モバゲー,iPhone 徹底比較 「どのアプリが一番儲かるか?」 (12/01)
3位 個人が印税35%の電子書籍を出版できる時代 - Amazon Kindleの衝撃 (12/30)
4位 【速報】昨日からネットで大騒ぎ "PhotoSketch"が凄い件 (10/07)
5位 【2009年11月最新版】直近決算発表に基づくmixi,モバゲー,GREEの業績比較 (11/12)
6位 【速報】Twitterデイリー訪問者数で,ついに日本が米国に並んだ! (12/20)
7位 Googleは20%ルールによってイノベーションのジレンマを回避している (12/21)
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最新の筆者著書です。 『Twitterマーケティング 消費者との絆が深まるつぶやきのルール』