Googleは20%ルールによってイノベーションのジレンマを回避している
「イノベーションのジレンマ」は破壊的技術革新が大企業を衰退させるというイノベーション理論だ。
1997年にクレイトン・M・クリステンゼンによって提唱されて以来,特にメーカーやITエンジニアに極めて大きな影響を与えつづけ,その書籍は10年以上たった今でもAmazonで400位前後と異例のロングセラーになっている。
■ イノベーションのジレンマとは
では本題に入る前に「イノベーションのジレンマ」の意味するところをシンプルにまとめておこう。
1.技術革新が激しい業界において優良企業が衰退していくのには共通のパターンがある。それは顧客の声に耳を傾け,既存製品・技術の改良を行い,さらなるシェア向上を目指す「持続的インベーション」に集中してしまうことに原因がある。
2.革新的技術による「破壊的イノベーション」が生まれても,それは自らのビジネスモデルを破壊するものであり,かつ当初は量産している既存技術の方がコストパフォーマンスが良いため,成功体験におぼれた優良企業ほど革新を受け入れにくい。
3.そのため「破壊的イノベーション」は既得権益を持たないベンチャー企業の登場により普及することがほとんどだ。一方優良企業は顧客ニーズを超えた「持続的イノベーション」を供給し続け,「破壊的イノベーション」に主役の座を奪われる結果となる。
これを図にすると次のようなチャートになる。
実際に我々の身の回りでも常に破壊的イノベーションがトップ企業を衰退させている。
書籍内で紹介されているハードディスクをはじめ,デジタルカメラ,ゲーム機器の変遷,携帯電話の登場など枚挙にいとまがないほどだ。
またこれはハードウェア技術に限ったことではない。音楽や出版などのコンテンツ産業では,今まさにメディア革新による産業構造の変革がおきつつある。
■ IT業界における覇権争い
IT業界において,覇権が移った感のあるマイクロソフトとグーグルの関係もまさにそうだろう。
ちなみに次の図はモルガンスタンレー社(2009/12/15発表)資料から抜粋したIT業界の推移だ。
WIndowsによってIBMやSunからIT業界の覇権を奪いとったマイクロソフトが20年近い長期覇権を実現させたのは,天才ビルゲイツの類まれなる戦略眼と大胆な意思決定(破壊的イノベーションの発見と強引な制圧)に追うところが多い。最も有名なものはえげつないNetscapeつぶしだが,それ以外にも同様の事例にことかかず,一時はマイクロソフトの通った後にはペンペン草も生えないと揶揄されていたほどだ。
しかしバルマー政権になってからは様相が変わってきた。バルマーは優秀な経営者で巨艦マイクロソフトを堅実に成長させたが,持続的イノベーションに重点をおく経営手法をとり,ついにはGoogleの台頭を許すことになった。
ゲイツがバルマーにCEOを譲ったのは2000年1月。収益難に苦しむGoogleがAdwordsという金のなる木をスタートさせたのは2000年10月,Nasdaq公開によって巨額の軍資金を得たのが2004年8月のことだ。
仮にゲイツがトップとしてリードしていれば,かなり早い段階で,あらゆる手段を使ってでも検索エンジン/検索広告のトップシェア獲得に走ったのではないだろうか。逆に言うと,マイクロソフトの限界はビルゲイツという一人の天才に戦略の多くの部分をおっていた点にあった。
■ Googleの20%ルールが目指すもの
新しい覇者Googleは,技術優位性のみならず,その革新的で自由な経営スタイルにも注目が集まっている。例えばスイスにあるGoogleオフィスは,まさにGoogleブランドを象徴した常識破りなものだ。(写真出所:Gigazine)
【まるで遊園地のようなGoogleのオフィス風景】
そしてGoogle人事の一つの象徴ともいえるのが「20%ルール」だ。
グーグルは社員のビジョンを重視し、社員は社内で過ごす時間の20%を、自分が担当している業務以外の分野に使うことが義務づけられている
Workers are asked to spend 20% of their time on something that interests them, away from their main jobs.
一般的にこの「20%ルール」は,優秀な技術者たちのインセンティブを維持することを目的として,職環境とともにその自由でオープンな社風をあらわす制度として紹介されることが多い。しかしそこには深い戦略性が隠されているのだ。
そもそもGoogleの「20%ルール」は義務であり,その成果は人事評価の対象となるものだ。つまりGoogleは真剣に20%からの革新的イノベーションを期待しているのだ。そして「本業以外の業務」の意味するところは,既存ビジネスモデルや製品の破壊を暗黙的に意図している。
参考まで,同じく有名な3Mの「15%ルール」は『執務時間の15%を自分の好きな研究に使ってもよいとする不文律』であり,義務ではない。詳しくはこちらを 「3M 製品開発物語」
例えばGoogle WaveはGoogleの貴重な資産であるGmailを破壊するイノベーションだ。そのような技術が毎日のように生まれ,社内での実験使用を経た後に,Google Labs,さらに正式サービスへと淘汰・進化がすすんでゆく。
シンプルに言うと,Googleは8割のパワーで「持続的イノベーション」を開発し,2割のパワーで「破壊的イノベーション」を創造しているわけだ。
それにより,カンブリア爆発のようにイノベーションが創造され,製品化され,Googleという比類なきブランドが冠されて世に出てゆく。Googleの「20%ルール」は,このGoogle最強方程式を根幹で支える「イノベーションのジレンマを回避する実に巧妙なルール」であることがわかる。
またゲイツという一人の天才に頼るのではなく,すべての社員によってシステマティックに実現されている点が大切だ。恐るべきGoogleは,地球政府にとどまらず,永遠の成長を目指しているのだろう。
果たしてGoogleはイノベーションを創造し続けられるのか?
FacebookやTwitterというさらに若いデジタルネイティブ・ベンチャーが新たなる覇権にリーチするのか?
それとも一時はビルゲイツに葬りさられた稀代の天才イノベーター,スティーブ・ジョブスが捲土重来を果たすのか?
いずれにしてもITの次世代覇権ウォーズからは目が離せない。
【関連記事】
- 経営シリーズ。Googleに匹敵する革新的企業ザッポスの紹介記事はこちら。
第一話: 「米国ザッポス「顧客にWOW!をお届けする」奇跡の経営,その本質を探る」
(2009/12/5)
第二話: 「米国ザッポス「顧客感動サービス」の経済合理性を徹底分析する」 (2009/12/6)
第三話: 「アマゾンが800億かけても買収したかったザッポスの奇跡」 (2009/12/7)
第四話: 驚きの反常識!ザッポス流マーケティングの真髄とは (2009/12/8)
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