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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

【第11回】UX~デザイン思考の未来シナリオ(前編)

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・UXはストーリー、デザイン思考は演出

本コラムシリーズの最後は、これまで議論してきたUXやデザイン思考における今後の方向性と、未来に向けて活用するためのシナリオについて、前後編に分けてお届けしたい。
まずは、関係者の間でも混同がみられる「UX」と「デザイン思考」について、今一度整理してみよう。そもそもUX自体は総体的な概念や理念であり、デザイン思考はその方法論であるという違いがある。
UXとは、お客さまのタッチポイント(これまで私が取り組んできた「提案力」「商品力」「品質向上」など)のすべてで、豊かな経験を提供する「ホリスティックエクスペリエンス(全体的な経験)」を前提にしている。そのため、UXに取り組む際に常に考えているのは、そのストーリー性。すなわちシナリオであり、コンテクスト(脈絡)である。
一方デザイン思考は、UXのストーリーを軸にした外見的な化粧や内面的な個性の創出であり、それらすべてをよりクリアに表現するものだと言える。
したがって真のUXを体感させるためには、前回のコラムまでで述べてきた、未来を見据える「仮説構築力」と見やすく分かりやすい「ヴィジュアライゼーション(可視化)」を、デザイン思考に基づき伝えることが必要となる。以下にその関係を整理し図解してみた。

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UX領域で起こるテリトリーミックス(分野混合)

UX領域は、どうしても他分野の人材が入り込みにくいと考えられていた。そもそも出発点が、GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)デザイナーや認知心理学などをバックグラウンドに持つユーザービリティエンジニアの職域から発しているためだ。ところが最近の報告では、数学的UX、物理学的UX、医学的UX、社会学的UX、経営学的UX、美学的UXなど、本当に多くの分野の方々がUX領域に参入し、さまざまな視点から議論を交わしているそうだ。その背景は、方法論としてのデザイン思考が生まれたからではないかと思う。米国のデザイン事務所IDEO社がけん引するこの方法論は、誰もが参加でき、誰もが議論して、誰もがアイデアを生み出せる。UX領域が広がれば広がるほど、イノベーションは起きやすい。さまざまな分野の視点は、異分野の人に別のヒントを与え、さらにそれが触媒となって新たな英知を生む。これからはむしろ、デザイナーや認知心理学者以外の方々がUXの主役になっていくだろうし、それを期待したい。

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グローバル化による"UX文化"の黎明

続けて、UXのグローバル化を考えてみよう。UXはどうしても、お客さまの経験による価値が判断基準となるため、主観的である。同時に、年齢・性別・職業・地位・所得や、置かれた環境、育った過程、そして個々人が持つ文化などが微妙に左右する。しかし近年、国を超えた格差、総括すると文化格差と言えるかもしれない格差は、縮小傾向にある。世界を見回すと各国個別でデモグラフィクスに差はあるものの、文化的格差は以前ほど感じない。PCの操作画面や自動車の運転ひとつとっても、UX観点からはそれほどの差がないと見る。言い換えると価値観がフラット化していると言え、この傾向はさらに進むと思う。個人や社会、そして国に至る文化格差の枠を超えたUXという理念は、人類の共通テーマとなりつつある。UXが文化レベルまで到達した現在は、その黎明期と呼んでもいいだろう。

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所有と利用、顧客に効率的なのは? UX視点が求められる時代へ

以前のコラムで「持つことへのためらいが美学となる時代」について述べ、大きな反響をいただいたが、「お客さまは神様!」と消費をあおる時代はまさに終えんを迎え、サステナブル(持続可能)な価値こそが美徳となりつつある。さらにカーシェアリングの浸透のように「何でも利用する時代」に突入する中で、商品やサービスにより、これは消費効率が高い(所有したほうがいい)、もしくは利用効率が高い(リースしたほうがいい)といったUXベースの判断が、今後は特に求められるだろう。当然、すべてが所有・消費から利用のスタイルにはならないが、物販の世界でも利用を意識したサービス化は進んでいる。オーガニックフーズの宅配を行うオイシックス株式会社は、消費を目的とした野菜などの物販を行うものの、全体としては利用を重視したサービスの提供を基盤としてビジネスが行われている。UX視点のシナリオを持ち、お客さまのタッチポイントをきちんと見据えた導線を引いて、商品・サービスを提供することが必要な時代なのである。

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来店、比較、再検討...顧客体験のメトリクス(計測)でUXは進化する

既存の商品やサービスは競合とのベンチマークが盛んに行われていると思うが、個別単品の商品比較では、今後は競争に勝てない。重要なことは、それらの商品やサービスへたどり着くまでに、お客さまが多くのチャネルをまたいでいるということだ。具体的には、Webサイトを見て、ショーケースを眺め、実物を触り、再度SNSでの評判や友達の意見を聞く、最後は価格などをWebなどで比較し、購入に至る。この経路は直線的でなく、その順序も前後する。そのため、まずはそのカスタマージャーニー(顧客が購入に至るまでの旅)の仮説を立て、そこで起こるすべてにおいて、お客さまの経験が蓄積されていると知ることからスタートする必要がある。世の中ではこれを「オムニチャネルマーケティング」と呼んでいる。もちろん商品やサービスそのものが良いに越したことはないが、いくら性能が高く機能が豊富で、デザインが優れていても、お客さまの経験ルート(カスタマージャーニー)に乗っていなければ、購入には至らない。最近では、その経験価値を計測や評価するUXメトリクスが注目されている。単なる商品評価では先がない。UXメトリクスを実施し、評価されたものが、初めて商品として成立する。UXも今後はデータドリブンの時代に急速に移行する。

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UXをビジネスで実用化する。そのリーダーは、マーケター

一般的にUXに取り組む部署は設計開発や事業部門内にある場合が多いが、当社ではマーケティング部門の中にある。なぜかというと、UX検討のスタートがCS(顧客満足)の追求であり、顧客アンケート調査を行う部署がマーケティング部門内にあったためだ。そこでは「提案力」「商品力」「品質」といった切り口で、お客さまの意見をヒヤリングしていたが、それならいっそのこと、おのおのの価値を向上させるアクションをマーケティングサイドから起こしてはどうかという流れになった。
市場を見て、市場を知り、市場を動かすのが真のマーケターだという私の持論は、やはり崩せない。時を同じくして、米国でもUX、マーケティング、分析の各チームがこれまで以上にコラボレーションしているという話を聞いた。今後はマーケティング部門が舵を取ったイノベーションが起きるだろう。いや、そもそもイノベーションを起こす起爆剤として、マーケティング部門が最も適していると思っている。

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そのほかに予測できるUXとデザイン思考の未来については、最終回となる後編にて、以下の項目で持論を展開していきたい。

  • 誰もがUXリサーチャー。短いサイクルでサービス精度を上げる立役者になれる
  • 経営×UX。戦略を統合せよ!
  • シンプル化して遊びを取り入れる。未来を創る"スマートUX"

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