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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

UXや価値共創が散りばめられたサービス科学の総合書籍「サービソロジーへの招待」発刊!

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よいよ「サービソロジーへの招待」が発刊された。「UXのトビラ」でも何度か取り上げた「サービスドミナントロジック」なども展開されている新たなサービスの世界の書籍だ。そもそもこのサービソロジーだが、2012年に設立されたサービス学会が起案し、サービスに関する新しい総合的な研究ジャンルとして、サービソロジー(Serviceology,サービス学)は誕生した。私が執筆しているわけではないが、本書の出版にあたっては、編著者であり、代表執筆者でもある村上輝康氏(産業戦略研究所代表)と何度かサービスのフレームワークについて議論し、その図が本書の中で華々しくデビューしたのは、自分が執筆した書籍が発刊されたことのように嬉しいし、感慨深い。このフレームワークはもちろん村上氏が発案したものだが、JST科学技術振興機構・社会技術研究開発センターが2010年より進めてきた「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」の成果を集約したフレームワークでもある。サービスの流れを図式化したもので、提供者から発したサービスが、利用者に渡り、最終的に提供者に戻るこの一連の流れは、とても面白い。本書では、その一部や全部を取り上げ、それらの研究成果を事例として納めており、この大きな流れの理解を深めるのには役に立つ。一応本図では、提供者が起点になってはいるが、昨今はこの図のどこからサービスの流れがスタートしてもおかしくない。

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このコラム「UXのトビラ」では、UXすなわち「経験価値」をテーマとしているが、UXを個別に捉えるなら、上図の全てのルートで、経験は散りばめられている。サービス利用時点で、見やすく、分かりやすく、使いやすければ、そのサービスの価値は高まる。また、利用者が感じた経験が、蓄積された価値として提供側に伝われば、当然、企画者や研究者、開発者や営業員も利用者の価値発信を受け、経験価値が高まり、次期サービスへのスピーディーな展開も可能となる。結果として、利用者が支払うサービスへの対価は、交換価値として提供者に戻る。その一連の経験価値が高ければ高いほど、投資コストに対するリターンは増え、事業性は高まる。

村上氏は、「まだこれからもこのフレームワークは変わっていく」と指摘しており、それはおそらく市場のサービス提供形態の変化、たとえば自動運転車を起点としたモビリティ変革やシェアリングエコノミーの進展、アマゾンの昨今のサービスに見られる物流イノベーション、加えてAI-IoT-BigDataなどを駆使したICTの進化は、急速にサービスを取り巻く全ての環境を変革させている。だが、そのエンジニアリングだけの変化や進化だけでなく、人の心も大きく変わろうとしているのではないか。上図のフレームワークでは、便宜上「提供者」―「利用者」となっているが、それが入れ替わることも日常的に起こりうるし、プラットフォームの概念を入れるなら、3者間のサービス回流と捉えられなくもない。前回、私が担当している「超スマート社会」公募開始をお知らせしたが、中でサービスプラットフォームの研究テーマを掲げている。変化が激しいこの時代、是非日本発のグローバルに通用するサービスプラットフォームが欲しいし、きっと社会はそれを望んでいると思う。

日本という課題先進国ならではの、繊細で細かな気配りに満たされながら、一方で先端技術が封入された新たな枠組みのサービスイノベーションが、本書やJST科学技術振興機構の新たな未来社会創造事業から生まれてくることを切に望んでいるし、それが社会のニーズでもあると確信している。

本書の中身を少しだけ紹介したい。とにかくサービスの概念は狭義であれ広義であれ、バリエーションに富んでいると実感する。私が担当していた「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」は18のプロジェクトが実施されたが、その中から本書では、約半数をピックアップし事例として編集されている。IMG_20170622_112302.jpg

第3章の提供者と利用者の「やりとり」による価値共創では、寿司屋の主人と客との会話や仕草を通じ、日本型クリエイティブ・サービスの理論分析とグローバル展開にむけた適用研究が行われており、これからオリンピック・パラリンピックをひかえ、ますますグローバル化する日本のサービス原型(おもてなし等)が果たしてどういった展開を今後見せるのか、大変興味深い。

第4章のサービスの「便益」と顧客満足では、医療サービスの「便益遅延性」を考慮した患者満足に関する研究であり、医療現場におけるサービスの提供者側と利用者側のインタラクションは、まさに私がこれまで追い求めてきたUX(顧客経験価値)のキャンバスにも見えた。高齢化社会の進展は、一方で医療現場のUXを大きく左右する可能性があり、本書で述べられた内容については、UX観点から注視していきたい。

第6章のeラーニングを通した「経験価値」の共創では、経験価値の見える化を用いた技能eラーニングサービスの研究と実装が事例として挙げられている。運動技能のITを通した伝達教育は、とても興味深かったが、やはり介護現場の、いかに腰痛を減らすかといった、具体的な事例が社会課題に即効性が高く、興味深かった。すでにこの研究成果は社会実装されており、UXにおいて価値共創の意味や今後の方向性を再確認できた。

第9章以降は、観光サービスなども登場し、今サービス界でホットなサービスデザインが議論されているし、サービスドミナントロジックとサービソロジーの関係も述べられている。また、経営とサービスの関係や将来を見据えたロボットエージェント、人工知能、自動運転など現在の日本のトップクラスのサービス識者が研究成果を通して、持論や夢を展開しており、ワクワクしながら読むことが出来た。

私自身長い間、UX(顧客経験価値)を追い求めてきたが、本書を起点としてさらに自身の考えや研究を深めるきっかけを得た。引き続き著者の方々とも交流の機会を持っていきたい。

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