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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

【最終回】UXの未来...日立を去るにあたって

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今回は「UXのトビラ」シリーズの最終回となる。UX(User Experience:顧客経験価値)についてコラムを書き始め、早いもので既に3年が経った。関連コラムを含めるなら4年半も毎月書き続けてきた。その間にUXを取り巻く状況も大きく変化した。単にUXというより、社会全体が一変した。

関連コラム

コラムを書き始めた4年半前といえば2011年初夏、東日本大震災の爪痕が深く残り、痛手はむしろ広がっていた時期だ。なかなか経済は回復せず日本全体が低迷している中で、お互いをいたわり、やさしくしようという気持ちの輪も広がったと思う。それに加えエコ化も進み、エネルギーの大切さを学んだ。私たちIT業界ではクラウド化が進み、所有から利用への概念の変化は、その後モノからコトへの急速なシフトを生み、単に売り切り買い切りと思っていた物販ですら、サービスという概念に変わってきた。売り手も買い手も互いがパートナーとなるような時代になった。それだけでなく、従来は競合と考えていた企業ですら、部分的であれ協創する、協力する時代になり、互いに弱いところは助け合い、強いところは適正に競争しながら、新たなサービス時代の秩序が生まれ始めた。

ppt_12-01.jpg■サービスデザインやデザイン思考から見るUXの地平線

最近は「UXの勘どころ」や「どこを狙えばUXは達成されるのか」といった質問を受ける機会が増えた。結論から言えば、「見やすく」「分かりやすく」「使いやすく」「伝わりやすい」ことだと答えることにしている。これらの要素により、人は理解を深め、意思の疎通ができて、相互の意図がマッチする。うれしくなり、楽しくなる。場合によっては感動する。おそらくこれは従来からあるCS(顧客満足)と同じ気持ちだと思うが、UXが決定的に違うのは、時間の要素だ。そこにはシナリオがあり、それをベースとした継続的な行動と蓄積された経験、また人と人とのつながりがあり、さらにビジネスとビジネスのつながりさえも生まれる。このCSとの違いを際立たせているのに、「サービスデザイン」や「デザイン思考」がある。サービスデザインは単にモノを売り切り買い切りにせず、売り手と買い手の対話やつながりの中で、モノは単に介在していると考えたほうが、より説明が付きやすい。

image_12-03.jpgたとえば毎日買い物に行く八百屋のおばちゃんの笑顔、おばちゃんは笑顔や元気のサービスをしており、そこにたまたまニンジンやキャベツ、大根や白菜がある。高級車が今月300台売れたとする、そこには緩やかに同じ車を購入したユーザーのネットワークが生まれ、SNSのコミュニティができる。「エコモードだと物足りないね」「スポーツモードだとちょっとエンジンの回転数を引っ張り過ぎだな」「アクセルの踏み込みが甘いな」「ユーザー会で箱根の山道攻めませんか」「車検の時にはミッションオイルのチェックだけは入念に」など、その緩やかなコミュニティには、もちろんメーカーも入る。これは単に車の売買を超えた、パートナー同士のサービスプラットフォームと言える。継続的につながり、いつでも会話ができて、うれしいことも気に染まぬことも互いが共有し、共感を覚える。すべてがサービスとして成り立ち、それを司るのがサービスデザインだ。所有から利用へのパラダイムシフトでさらにサービスデザインは加速した。モノを売買し、それで関係が切れてしまうという時代は終わろうとしている。

image_12-04.jpgまたこの共感からさらに進んで感動への導線を引くのに、デザイン思考が今注目されている。「UXのトビラ2」の第10回~12回で述べているので、その詳細は割愛するが、真のサービスデザインを実現する方法論としてデザイン思考は有効だ。お客さまが中心であること、さまざまな情報を集約分析した結果から、先見力を駆使して仮説を作り、何度もプロトタイプを経ながら小さく回すこと、そして何より重要なのは絵を描くこと、すなわち可視化することだ。この絵は下手でもいい、伝えたい気持ちこそが重要で、絵のほうがワードやエクセルよりはるかに相手に伝わる。過去に何度も書いているが、デザインはデザイナーの仕事、しかしデザイン思考は誰もが取り組める、そしてビジネスシーンのあらゆるところで役に立つ方法論だ。日立システムズの経営ビジョンは「すべてを任せていただけるグローバルサービスカンパニーになる」であり、その実現のためにUX活動を続けてきた。お客さまがその価値を感じるとき、その背後の地平線には常にサービスデザインやデザイン思考が輝いている。

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■技術要素とUXの関係性...IoT、AI(人工知能)、ビッグデータ、ロボット

ここ数年、第3次AI(人工知能)ブームということで、各所でその研究が深化し、概念も進化した。各種ラーニング技術により、それはさらに加速している。AIを取り巻く技術の相関と集約した図を以下に表した。

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バラバラに見えた技術は、実はハードとソフトの集合体としてドローンや自動運転などを含むロボットを産み出した。ロボットの語源は、チェコ語で強制労働を意味する「Robota」から来ているそうだが、人を助け、パートナーとなり互いに協働する存在であってほしいと切に願っている。確かにこれらの技術で失われる職業があるかもしれないが、生まれる職業もあるだろう。UXを起点にサービスデザインを掘り下げれば、クリエイティブなことは人特有の能力なので、次から次へとロボットとの新たな、しかも楽しい協働作業が産み出されることに期待したい。

UX教育の重要性

未来を語るときに教育は欠かせない。当社でもUXの実践を促すリーダー育成のため、プログラムを作り、全社員向けにUX教育を積極的に推進してきた。当初はUXの理解やその実現のためのツールに教育の軸足を置いたが、最近は即実践をモットーにビジネス初期段階に注力した教育へと進化させた。リーダー数はすでに400名以上、営業、SE、CEのみならず、研究開発から品質保証やサポート部門まで、まんべんなくリーダーがいる。心強い限りだ。ただ資格を取るだけではだめで、学んだことを活かし成果を出さなければ意味がない。そこでUXの中でも基礎となり、比較的成果が出やすい提案力に現在は軸足を置いている。この提案力だが、単に営業が提案書を作成するためのノウハウ伝授だけでは意味がなく、仮に総務であれ人事であれ、提案が不要な部署は社内には存在せず、上記のあらゆる部署が提案しまくる姿勢にこそ、UXの本質がある。提案先をきちんと見据えたうえで、その経験価値向上に寄与することが提案力の強化に直結する。具体的には、「背景や現状、競合があればその徹底的な調査と把握」「そこから得られた課題の整理と集約」を行うこと。課題は数値的なアプローチや、昨今ではビッグデータの解析結果によって浮き彫りにするケースが増え、それを部門によっては技術課題や販売課題、人財課題などに分解すれば、説得力が増す。課題が見えてくれば、それらへの「自社や自部門の強みを反映した対応策」を考える。この後はプロジェクトにより変わるが、「日程」や「予算」、「体制」などを盛り込めば、提案書のアウトライン(お客さま向けには、エグゼクティブサマリー)はでき上がる。これらの汎用化(ひな形作り)と個別提案(実際に提案中であれば個別の内容に見直す)を教育では同時に進め、組織全体の提案力向上につなぐ。なお、これらの教育では、失敗の反省では意味がなく、成功事例の徹底的な反復と修得こそが教育成果を出す早道だと、私は常々考えている。加えて他社(者)が成功した理由なども議論すれば、常に前向きで「勝つプロセス」が身に付き、関係者全体のUXも向上する。

image_12-02.jpg春へ向けて...新入社員とUX

今年も200名以上の新入社員を当社およびグループ会社で迎えることになるが、ここ数年、毎年UXを新人教育に取り入れている。鉄は熱いうちに打て!とばかりに、これまで「UXのトビラ」で述べてきたような取り組みを教育している。どのような業種であれ、業務であれ、相手のいないビジネスはないので、まずはそこからスタートし、提案力や商品力(サービス力)、品質などに対するUX視点での徹底的な心構えや数々の方法論、そのプロセスや事例などを叩き込む。UXの未来はこのような地道な活動から生まれていく。

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おわりに、長年書き綴ってきたUXについてのコラムはここでペンを置くことにするが、加えて38年務めた日立グループからも今月末で卒業することにした。プロダクトデザインから日立の経歴をスタートした自分だが、終盤でUXに出会えて幸運だった。長いデザイナーとしての経歴がこれほど現在のビジネス事情に活かせるとは想像もしていなかった。今すべてのビジネスがサービスになろうとするこの時代に、サービスデザインが世の中を席巻しようとしており、UXの諸活動がその一要素になれたのは、ひとつの巡り合わせだった。これもひとえに社内外のUX関係者、ならびに現在所属するUX推進部やマーケティング本部の皆さんのご支援が有っての結果であり、ここに感謝の意を表したい。

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