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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

提案プロセスをUXで変える

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・提案っていったい何なのだろう

 提案とそのための提案書作成は、BtoBビジネスでは特に重要で、BtoCで言うならテレビのコマーシャル(以下TVCM)のようなものだ。TVCMは一般的に15秒、30秒、1分の3種類が主で、用途によってはさらに長いものも存在する。時間が勝負のTV業界では、秒単位で企業が言いたいことや伝えたいことを凝縮して一つの映像にするので、その苦労たるや大変なことだろう。

翻って、BtoB企業はどうだろうか。これまで多くの提案書を見ているが、相変わらず「提案」という二文字にふさわしくない、単なる商品やサービスの説明書にすぎないものが多い。例えば「営業幹部の挨拶」「機能説明(要求仕様書がある場合はその星取表)」「プロジェクト体制」「推進日程」「見積もり」といった内容を単にまとめただけの提案書をよく見かける。提供のサービスによって、お客さまにどうなってもらいたいか、お客さまの会社がどう変わるのか、どのような価値が生まれるのかといったコンセプトに触れているのが本来の提案書だと思うのだが、実際にはほとんど見たことが無い。

では、提案書のあるべき姿を考えてみよう。

・提案書の基本は、まずお客さまを知ろう

image_04-2.jpg 徹底的にエンドユーザー(お客さま)の課題を探ってみる。
(1) まずは、直接お客さまから話を聞く
(2) 許されるなら、現場に入って作業などをじっくり観察する
(3) さらに許されるなら、エンドユーザーが困ったり、戸惑ったり、作業が中断するような場面で、できる限りその理由を教えてもらう

上記は「エスノグラフィー」という言葉で広がりつつある。元来は文化人類学の分野で使われていたが、昨今はお客さまの行動を、観察やインタビューによって調査する手法および、その結果から作成された文書を意味するようになってきた。

もしこの提案前のオリエンテーションが、スーパーバイザークラスの方々の場合は、以下のことも聞きたい。

image_04-3.jpg(4) 課題の列挙から入り、マネジメント観点での課題を探る
(5) エンドユーザーとの課題認識の違いを確認する
(6) 本来あるべき未来の姿を想像してもらう

さらに、以下のような経営層の思いを知ることで、コンセプトの方向性がまとまりやすくなり、提案の精度も上がる。

(7) これまでの事業経緯や企業の沿革、社長メッセージ(ウェブサイトからの学習は必須
(8) 企業理念が記された書類やクレドカード(信念や心情、行動指針などが簡潔に記されたカード)
(9) 上場企業であれば、株主説明会資料などは提案書に有効

提案書をまとめる際に、どうしても自社の会社概要や規模、独自技術や社員の能力・資格、それらに加えて体制や日程、見積もりなど、自社のことばかり考えてまとめがちだが、そればかりだとお客さま不在の提案書になってしまう。とくにITの分野では、RFP(Request For Proposal/提案依頼書)の要求機能表に対し◯×で埋めることだけに終始することが、提案書やその提案スタイルが薄っぺらになる理由ではないかと考えている。お客さまに響く提案書を作るには、お客さまを深く知ることが重要だ。

・オリエンテーションでのお客さまの経験

次に、UX観点から掘り下げてみることにしよう。まず提案書を作る前段階でのオリエンテーションやリサーチ、この機会を持つことに対して、お客さま自身はどのようなエクスペリエンスを持ち、どのような印象を受けるのか。

つまり、シナリオのつながりは、何らかの不備による減点があっても、挽回のチャンスがいつでも待っている。一方で素晴らしいサービスなのに、ほんの些細なミスが、全体として受け入れがたいサービスになってしまう場合も考えられる。

image_04-4.jpg■否定的な意見
・自社のことは自分たちが一番分かっているのに、いちいちうるさく聞かれる...
・課題のヒアリングは分かるが、会社の企業理念など提案と関係があるのか!
・経営層はどうせ現場のことは分かっていないのだから、課題を聞いたって無駄だ

image_04-5.jpg■肯定的な意見
・細かなことまで聞いてきて、この会社は熱心だ
・課題を浮き彫りにするのが上手い
・共に語れたので、私たちの目線で提案してくれそうだ

上記を踏まえるとオリエンテーションやリサーチでは、提案書を作成するための基礎情報収集という観点ではなく、よりお客さま視点で、そのふところに飛び込むことが、肯定的な意見を引き出すポイントになると考えていいだろう。

・提案書に想定ユーザー(ペルソナ)を記載する

ヒアリングから得られた結果を十分検討・考慮したうえで、ペルソナの想定をお勧めしたい。どのような提案でも、ユーザー不在では説得力が生まれない。UX観点でもペルソナは効果的な手法といえる。

BtoBで、いわゆるペルソナが記述されている提案書を、ほとんど見たことがない。ペルソナ自身は、商品やサービスを開発するその途上での想定ユーザーなので、提案レベルではリアリティーが出しにくいが、だからこそ少しでも触れられていれば、提案書の価値は向上するし、何よりお客さまとの議論の架け橋になる。ここでも、お客さまからはさまざまな意見が出るだろう。

image_04-6.jpg■否定的な意見
・なぜ、そんなユーザーがいると分かるのか
・使うユーザーは一人一人違う
・実際に使いこなしているユーザーとは似ていない

■肯定的な意見
・確かにこんなユーザーいるね
・具体的なので分かりやすい
・この会社にお願いしたら、きっとユーザー視点で開発してくれそうだ

それが不完全なペルソナだとしても、取り組みは評価してもらえるだろうし、その結果受注までのプロセスが滑らかになるだろう。

上記のエスノグラフィーやペルソナを集約すると、おのずと提案コンセプトが見えてくる。お客さまが将来なりたい姿、お客さまが求める価値、さらに深掘りできるなら、事業全体をふかんしたイノベーションのプロセスまでコンセプトで表現できると、その提案書は充実したものになる。

・提案書でこれだけは押さえておこう

なお、提案書のまとめに際して重要なポイントを列記する。

・「読む提案書」から「見る提案書」へ(文章は短く)
・重要なものを上から配置、注目箇所は色を変えるなどライトアップ
・インパクトのある提案の順序は、動画⇒写真⇒イラスト⇒図表⇒テキストの順で、いずれの場合も、白黒よりカラーの方が強い提案となる

image_04-1.jpgとはいえ、想定受注額により手段は変わる。私は以前、大型プロジェクトのコンペでカラーの動画を提示したことがある。お客さま側は、当社のようなどちらかというと固いIT企業が動画を持参するなど想定外で、好評を得た。すでにデジタルマーケティングの世界では動画による取り組みが急成長しており、これらの普及が加速すると、BtoBの分野でも動画による提案スタイルが伸びていくだろう。

・成功するためのプレゼンター心得3カ条

最後に、提案の場でのプレゼンターの心得も簡単に列記する。いくら提案の内容が良くても、プレゼンに失敗すれば、すべては台無しになる。

・ネクタイの有無はTPOだが、服装はできるだけシンプルで、清潔さを重視 (ポケットにものを入れて膨らんだりしないように)
・パワーポイントを使うなら操作を熟知し、リハーサルは怠りなく (時間を守らないのは論外)
・質問が出たらその内容を反すうして確認し、落ち着いて答える

(他にも沢山あるが)この3点だけでも頭に入れておけば、自然と心は落ち着くものだ。近々提案の機会がある人は、記憶しておかれてはどうだろうか。

今回は提案書の作成注意事項やプレゼンの心得について述べたが、この受注前のプロセスからすでにお客さまとのエンゲージメントは始まっているし、全てがUXにつながると私は思っている。冒頭に述べたが、BtoC向けのTVCMのように、BtoBでも短時間で効果的なプレゼンができたら最高だろう。

さて、次回はUXの中核となる商品力について、その関連性を探ってみたい。 


※文章中に記載された社名および製品名は各社の商標または登録商標です。

 

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