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データ入力は芸術だ ~目からウロコの「新ビジネスモデル」研究会 第21回報告

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目からウロコの「新ビジネスモデル」研究会 第21回の内容を紹介します。
今回は、エアプラス株式会社 代表取締役 岡田健氏にお話を伺いました。


エアプラスは、国際航空券販売エンジンを開発して、旅行代理店に使ってもらうビジネスモデルを目指している。自分たちの事業のコアの部分に特化したビジネス展開をする企業だ。

イーナ ドット トラベルは”海外格安航空券自動販売機”システムの名前。海外航空券を自動販売機のように販売する仕組みだ。開発は日本システム開発株式会社が担当した。

格安航空券市場は、HISが23年前に作ったマーケット。パッケージ旅行は、航空券、ホテル、現地観光などの組み合わせで構成されている。業界ではワンバスサイズと言って、バス1台(定員40名程度)が自由化当初の海外旅行の基本サイズになっていた。日本のツーリズムの歴史は、この旅行の基本サイズのダウンサイジングの歴史といってもよい。このパッケージから、航空券部分のみを抜き取って販売するのが、格安航空券になる。

エアプラスは平成5年に格安航空券販売専業の会社として立ち上げた。(当時の社名は株式会社ワールドエアシステム) 現在のワールドエアシステムはエアプラスの1つのブランドとして、東京と大阪でオペレータの顔が見える旅行会社になっている。

旅行会社と言っても、当社の実態は”切符屋さん”だと考えている。日本では、毎年1,700万人が海外旅行に行く。この人達はパスポートと航空券は必ず持っているわけで、この航空券のマーケットは今後もなくならない。業界が注目しているトピックは、羽田空港の再国際化だ。2010年秋に国際ターミナルが羽田にできると、中国線を中心に、フィリピン、韓国、台湾、東南アジア諸国向けの短距離国際線中心の空港になる。

切符屋はバカにならない商売だ。いちいち旅行会社に行って航空券を買うのはそろそろ無駄ではないか。エアプラスは切符のプロに徹することにして、5年ほど前に”自動販売機”を作るしかないという結論になった。

エアプラスは、人間がやっている販売業務を、よりセルフサービスモデルで「お客様が自分でやれる」ようにするためのプラットフォームシステムを開発している。まだ発展途上であるが、セルフサービスモデルが完成したら、次はこれを横展開で他の代理店や海外でのライフスタイルを提案するその他業種の企業に使ってもらうことを狙っている。

航空券は、販売価格を提示する際に、細かい決まり事やルールがたくさんある。例えば、現地で土曜日に宿泊しなければならない等、複雑怪奇なルールが沢山ある。この料金表は、航空会社がホールセラー(卸問屋)に値段を提示し、それを元にホールセラーが料金表(タリフ)を印刷物でリテーラー(小売業者)に配付している。航空券本体の価格に、燃油サーチャージ、空港使用料、出国税などを加算して販売価格が決まる。細かい加算がたくさんあり、利益の計算が必要になる。航空券販売は利幅が薄く、計算を間違えると赤字になる難しい商売だ。

日本には旅行会社が約1万ある。そのうち8,000は家族経営の「三ちゃん代理店」で、近畿日本ツーリストやJTBのような大手はごくわずかしかない。航空券は、三ちゃんの地元の旅行会社で扱える手離れのよい商品ではなくなった。エアプラスでは平成3年からタリフを入力してデータ化してきた。その頃の他の格安航空券を販売する旅行会社では販売価格はいい加減だった。オペレータによって提示価格が異なることもあり、当社では会社として一物一価を守り、価格のブレをなくしたかった。そのためには、ネット(仕入値)をオペレータに見せずに、グロス(利益を載せた売価)を見せなければならないと考えた。

航空券販売するためには、出発日、出発地、行き先、帰りの日など、聞く項目は決まっている。社員の定着率が高くないという悩みもあって、オペレーションをマニュアル化(定型化)することが必要だった。より少ないトレーニングで正確な価格を提示できることを考えた。例えば、ノースウエスト航空のホールセラー3社からの仕入れ値が異なる場合、スキルがなくても一番安いホールセラーを選べるような仕組みを考案した。

エアプラスではタリフを入力して、社内でデータベース化してきたが、業界では情報化されていない会社が多い。すでに、タリフデータを持っており、インターネットを使って、顧客が自分で購入できるようにすることが容易にできる環境にあった。そのことが即ち、自社の強みになると気が付いた。

現時点のイーナ ドット トラベルは、お客が条件を直接検索して購入してもらえるレベルまで来た。あらゆる航空会社を一斉に検索ができる。オンラインで航空券を検索するサイトは他にもあるが、その多くは航空会社の公示価格になっている。パッケージをバラした本格的な格安航空券をオンラインでセルフサービスモデルにて買えることが、差別化のポイントだ。

イーナドットトラベルでは、条件を満たす席が満席の時に、同条件でPEX航空券(公示価格)で空席のある商品のみ検索し直す機能や、キャンセル待ちを受け付ける機能がある。格安航空券は初めから予約が取れないことが多い。キャンセル待ちは、商売上いわば必須の作業であり、すべてを機械任せにしないのもそのためである。

イーナ ドット トラベルでは氏名等を入力するだけで航空券を購入できる。パスポートの番号や有効期限の入力はあえてしなくてよいようにしている。また、他社のサイトと違い、会員登録の必要もない。これは「自動販売機はより簡単でなければならない」というこだわりだ。「より少ない入力」で「会員登録しなくても買えること」を重視している。なお、リピーター向けにはユーザビリティー向上のためマイページの機能も用意している。

自社サービスをセルフサービスモデルに置き換えていき、国際航空券を簡単に買える環境を作った上、この仕組みを他の旅行会社に提供していくことを考えている。旅行会社でB2B端末として使ってもらうバージョンとして、イーナ プロを開発している。

カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)が10月1日から旅行業に参入する。同社のTポイントカードの会員3,277万人に対して、航空券をクロスセリングすることが狙いだ。会員のライフログデータを元に、例えばハワイの本を買ったらケータイに航空券のリコメンドメールを送るようなことが可能になる。エアプラスはCCCに自動販売機のエンジンを提供する。

海外の航空会社からの提携オファーもある。海外の航空会社のウェブサイトは自国中心の考え方(検索ロジック)になっている。例えば成田発のルート検索は苦手だったりする。日本に合ったマーケティングができていない悩みがある。イーナを使うことで日本人の求めるサービスレベルを享受することができるメリットがある。

現在、100社の航空会社・ホールセラーのタリフを自社で入力している。最終形は、入力フォーマットを航空会社に提供して、データを流し込んでもらうことだ。ゴールは、航空券専売のプラットフォームビジネスにある。


つづいて、質疑応答です。 


Q.ライバルはどこか。
A.格安航空券販売ではHIS。ただし、HISは実店舗展開しているので、インターネットに特化するのは難しいだろう。

Q.業界標準になるための条件は。
A.HIS、JTB、日本旅行などの店舗のカウンターに端末を置いてもらうこと。

Q.会員登録しないでクレジットカードで買えるのか。
A.支払方法は、銀行振込、クレジットカード、コンビニ振込がある。支払・入金を確認してから発券に入る。

Q.最安であることを保証する仕組みはあるのか。
A. PEX運賃が増えているため、公示運賃は最安であるとは言いきれないが、当社の強みは仕入力に裏付けられた格安航空券が主力商品ということで、とにかく安いと思う。また、より便利になることでユーザビリティーを高め、より購入しやすいソリューションを提供することで、差別化を図っている。

Q.ネットショッピングでは価格まとめサイトが存在するが。
A.以前から米国では条件を入力すると旅行会社が値段順に表示される仕組み(アグリゲーター)があるが、アグリゲーターはアメリカマーケットでは淘汰される傾向にある。日本の航空券流通は非常に特殊だ。イーナのバックエンドではGDS(航空券、ホテル、レンタカーなどを国際規模で予約するシステム)が3つ動いている。米国のExpediaは、GDSの公示価格で商売している。そもそも、日本の格安航空券はGDSに載らない分野の商品。これが日米の違いだ。イーナでは空席情報はGDSからもらっているが、価格は独自データベースを持っている。閉じたデータベースで価格をコントロールしていると、まとめサイトは作りにくい。つまり日本ではトラベルアグリゲーターは難しい。

Q.eチケットのチケットレスで、周遊旅行の途中でトラブルがあった場合は。
A.自動販売機では単純な往復のみで、現地発着や周遊チケットは扱わない。このあたりは、今は人間が販売した方がいいと考えている。eチケットは13桁の数字で、この数字さえあればプリントアウトした紙をなくしても空港でチェックインできる。ダブルブッキング、オーバーブッキングは航空会社の機材コントロールの問題で、eチケット固有の問題ではない。

Q.タリフを電子化する開発の苦労は何か
A.1社のホールセラーのタリフの中でさえ、航空会社毎に表記がバラバラで統一されていない。システム上、1つのフォーマットに落とし込むのが大変だった。どこまでが入力項目で、どこからをリマーク(備考)にするかの、切り分けが難しい。より少ない人数でより多くの情報を入力する方法の工夫をした。
タリフの入力スキルは、一般の旅行業界で求められるスキルではない。入力専用の人を採用したことはない。実際にオペレーターとして、基幹システムを使って販売した経験のある社員にしか入力させない。「タリフを見た時に立体的に想像する」ことが求められる。例えば、1都市だけでなく、そこから乗り継ぎして行ける都市までイメージするスキルが必要だ。社内で独自のスキルになっていて、ここは他社にはまねの出来ない領域と自負している。

長期的には、川上(航空会社・ホールセラー)で入力してもらって、社内ではデータをチェックするようなスキルに、要求されるスキルは変化すると想定している。

他のオンラインエージェントは、人件費の安い中国でデータ入力していることが多い。当社では人件費が安いからと言って海外に出すのではなく、データ入力は考える人がする仕事だと考えている。入力は芸術だ。実際に見ていると、ただ入力するのではなく、どれだけ短時間で効率的かつ見る人が有益な情報を入力するかを考えている。

Q.データ入力のフォーマットはどうなっているか。
A.配布する用に川上でも同じタリフを入力しているわけで、現状は一商流の中でデータを二重三重に入力している。ただでさえ薄利な商売で、同じ商流の中で余りに無駄が多い。これを川上で入力したデータをもらうことで一気通貫にして無駄を省くべきだ。

Q.細かく価格を下げることはあるのか。
A.やっている。売れない航空券は下げる。

Q.パッケージはやらないのか。
A.扱っていない。やってみたことはあるが、なかなかうまくいかない。パッケージの顧客と格安券の顧客は違うことに気づいた。パッケージはやらないが、ホテル付航空券は検討している。

Q.将来、国内同様オンライン格安航空券がなくなる危機感はあるか。
A.危機感はない。国内は国土交通省ががっちり握っていて競争は生まれていない。国内はほぼ航空会社のダイレクトセールになっている。海外は価格の自由競争は無くせない。

Q.個人客とビジネス客の割合は。サイトの画面は慣れた人でないと買いにくいのでは。
A.個人客が圧倒的に多い。最近、法人が使うケースが増えてきた。今まで大手代理店で買っていた法人が経費削減で、当社のようなサービスに流れてきているような手ごたえを感じる。
旅慣れた人しか使えないサイトであるという指摘は確かに言える。もともと海外旅行のリピーターが極短時間で簡単に買えるツールを作りたかった。ただ、今後このシンプル且つ複雑なロジックを簡単にこなすツールを使って、他社が自社なりに工夫した画面でプロモーショナルなサイトを作って欲しいと思う。そのためにも、当社のオリジナルサービスは、よりシンプルである事が求められると思っている。

Q.問い合わせやクレームなどオンラインで完結できない部分の体制は。
A.コールセンター機能を強化している。サイトに「オペレータのおねえさんの顔つきバナー」を入れたのもそのため。例えば、予約確認メールを受け取っても、わざわざ確認電話を掛けてくる顧客はたくさんいる。それが日本人のこころ。何でもかんでもオンラインで完結すればいいというものではない。あくまでも、うれて商売、お客様が安心して使えるサービスを常時考える必要がある。だから、キャンセル、払い戻し、便の変更はオンラインではなく、人が対応する方がよいと考えている。

Q.タリフを入力する人が売価を設定しているのか。
A.仕入れ担当者が販売の現場にいて、マーケットをウォッチしながら売価を決めていく。タリフ入力担当者は、売価の設定権限はない。

Q.日本システム開発から見たシステム開発の苦労は。
A.エアプラスとは10年来のお付き合い。自社で開発した旅行業界向けの業務アプリのテストユーザになってもらったりしている。エアプラスの仕事をして、ソフト開発会社がユーザの事業にコミットして、いっしょにやっていけることが大きかった。儲かる時も儲からない時もいっしょに苦労した。


今回の講演をきいて、まだデータ化されていない業界・分野があるのだと知りました。

エアプラスは各社バラバラな形式の紙のデータを、自社の独自のノウハウによってデータベース化しているところに強みがあります。これはITだけやっている会社が簡単に入り込めるところではありません。このような業界・分野は他にもあるのではないでしょうか。このあたりに、ビジネスチャンスがありそうです。

岡田氏の「データ入力は考える人がする仕事だと考えている。入力は芸術だ。」という言葉が心に残りました。

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