ペプシ,スーパーボールCM撤退の背景とソーシャルメディア・キャンペーンの全貌
ペプシが2010年2月7日に開催予定のスーパーボールCMから撤退し,ソーシャルメディアを活用したCSR(社会貢献)キャンペーンを展開するという情報は,マスメディアや広告業界に大きなインパクトを与え,インターネット上をニュースが駆け巡った。
・ Is Pepsi's Pass on Super Bowl an Offensive or Defensive Move? (Advertising Age, 2010/1/4)
・ Pepsi's Big Gamble: Ditching Super Bowl for Social Media (adcNEWS, 2010/12/23)
・ Pepsi to Skip Super Bowl Ads in Favor of $20M Social Media Campaign (Mashable, 2009/12/23)
・ Why Pepsi Pulled Out Of The Super Bowl (Silicon Alley Insider, 2009/12/19)
当記事では,なぜペプシはスーパーボールCMを撤退するのか,そしてまもなくスタートする新しいキャンペーンはどのようなもので,何を目的としているのか,その背景や狙いも含めて考察をすすめてゆきたい。
■ スーパーボールCMは,世界で最も高額な30秒
スーパーボールはアメリカンフットボールNFL優勝決定戦であり,米国最大のスポーツイベントだ。開催都市には全世界からマスコミや観光客が押し寄せ,莫大な経済効果がもたらされる。そして米国人の多くがこの国民的行事を家族や友人とともにホームパーティーしながら観戦し,コーラをはじめ,宅配ピザ,バドワイザー,ドリトスが大量消費されてゆく日となる。
2008年のスーパーボールを例に取ると視聴率はなんと43.1%,さらに対戦チームNew Englandの地元ボストンでは81%、New York Giantsの地元ニューヨークでは67%の人がテレビ観戦したと報告されている。
【参考プログ記事】
・スーパーボウル視聴率とCM料金 (スポーツマーケティング探求記,2009/2/2)
そこで放映されるCMはスポット30秒で300万ドル,世界で最も高額なテレビCM枠ということで有名だ。スポンサーにとっては1億人の視聴者の前で30秒間売り込める絶好のチャンスであり,各社とも特別バージョンのCMを放映することが多い。こうした特殊性からスーパーボールCMは通常の5~6倍ものアテンションを集め,記憶に残る(その年を代表する)広告になると言われている。
米国調査会社Comscore社によると,2008年スーパーボールでは視聴者の13%がスポットCMをきっかけとしてオンライン広告を閲覧したとのことで,メジャーブランドだけでなく,ドットコム企業も多く参入しはじめている。(ただし今年は大不況の影響で,ペプシ以外にも常連スポンサーのFeDEX,GMなどがCMを断念したようだ)
例えばペプシでは,1991年シンディ・クロフォードのセクシーなCMや,2002年にYahooと組んでネット連動したブリトニー・スピアーズ "Joy of Pepsi"などが有名だ。
ちなみにペプシコ社は1987年から23年間,このスーパーボールCMを出し続けた。その広告コストは1999年から2008年の10年間で合計1億4,280万ドル,2009年にいたっては単年で3,300万ドル(他の飲料もあわせて。ペプシ単体では1,500万ドル)にのぼり,バドワイザーで有名なアンハイザー・ブッシュ社の2億1,600万ドルに次ぐ2位の広告主だった。
なおライバルのコカコーラ社もはやりスーパーボールCMの常連で2010年も継続を表明しているが,1999年から2008年では合計3,050万ドルと,ペプシコ社と比較すると控えめな広告投下となっている。
■ 2010年,ペプシの目指す社会貢献ムーブメント
今年,ペプシはスーパーボールCMを撤退し,かわりに年間2,000万ドルを投じて社会貢献キャンペーンを展開することを発表した。その名も"Pepsi Refreash Project"。社会貢献プロジェクトを継続的に行なう大規模なソーシャル(社会貢献)キャンペーンであり,ソーシャルメディア(ソーシャルメディアを活用する)キャンペーンだ。
・ Pepsi Refresh Project http://refresheverything.com/
2010年1月13日にはじまるこのキャンペーンは,毎月ネット・コンテストで選ばれた32の社会貢献プロジェクトに対して,ペプシが130万ドルの予算を提供して支援するというもの。例えが適当ではないかも知れないが,「マネーの虎」の社会貢献版のようなもので,ただしプロジェクトの目的は広く人々の役にたつこと,選ぶのはネットユーザー,お金を出すのはペプシという構図だ。
(クリックで拡大できます)
もう少し具体的に説明しよう。最終的に選ばれる32プロジェクトおよび130万ドルの内訳は,個人が主催する10プロジェクトに5千ドル,個人ないし小規模グループが主催する10プロジェクトに2.5万ドル,企業ないし組織が主催する10プロジェクトに5万ドル,組織(NPOのようだ)が主催する2プロジェクトに25万ドルとなっており,それぞれペプシが提供して社会貢献活動をバックアップする。インスピレーション・サンプルとしては次のような学校創設の動画が用意されている。
ここで対象となるのは,Health, Arts&Culture, Food&Shelter, The Planet, Neighborhoods, Educationの6分野に限定されており,投稿資格があるのは米国人のみとなっている。
そして推奨されている投稿プロセスは次の通りだ。
- 人々のためになる素晴らしいアイディアを考える
- 分野や賞金を選び,プロジェクトにタイトルをつけ,あなた自身のプロフィールを書く
- どのように実現するかを考える
- テキスト,写真,動画を駆使してプレゼンテーション・ストーリーを考える
- できあがったプロジェクトを投稿する
- ユーザー投票により,プロジェクトが選定される
第一回目は2010年の1月13日12時からプロジェクト投稿がはじまる。期限は1月31日だが,もしその前に1000プロジェクトに到達したらそこで締め切り。2月1日からユーザーによる投票が行なわれ,3月1日に第一号の32プロジェクトが選定されることになる。
そしてそれ以降は,毎月1日から前半15日間で投稿を受付け,後半15日間でユーザー投票を行うサイクルで,月あたり32もの社会貢献プロジェクトが生み出されることになる。
1年を通じてペプシはこのプロジェクトに予算2,000万ドルを投じ,350超もの社会貢献プロジェクトを立ち上げる予定だ。それを推進する人々は数万人規模となり,そこで恩恵を受ける人は数十万から数百万人,さらに投票で参加した人も含めると優に数千万人が参加する巨大キャンペーンとなる。その進捗状況はネットを通じて告知され,マスメディアでも記事として多く取り上げられてゆくだろう。
それともう一つ,ペプシが年間を通じてこのキャンペーンに投下する広告予算2,000万ドルのほとんどは,媒体費用ではなく,直接的に社会貢献に使われるということも見逃せないポイントだ。24時間テレビの不合理性などとは一線を画し,参加する人々にも納得感のある(ブランド好感度を上げ,バイラル効果をもたらす)キャンペーンと言えよう。
■ Pepsi ソーシャルメディア・キャンペーンの背景
では何がペプシにこの大胆な決断を促したのだろうか?
当然,マスメディアからソーシャルメディアへのパワーシフトも要因のひとつではあるが,炭酸飲料の消費減少も重要なファクターとなっているようだ。米国調査会社Consumer Edge Research社によると,米国における2009年の炭酸飲料消費は2%ダウン,さらに2010年から2013年にかけては1.5%ダウン(飲料消費全体では0.6%アップ)すると予測されている。そしてその最大の原因は10代の炭酸飲料離れにあると見られており,ペプシは若年層へのアピールのために,30秒の爆発的アピールではなく,ソーシャルメディアを活用して長期的なエンゲージメント(顧客関係性の強化)を構築することが重要だとの結論に達したのだ。
チーフ・コンシューマ・エンゲージメントでペプシコ副社長のフランク・クーパー氏は,今回のシフトに関して次のようなコメントを発している。
「2010年,われわれの飲料ブランドは,ひとつのイベントや瞬間にこだわるのではなく、ムーブメントを作り出していく必要がある」
"In 2010, each of our beverage brands has a strategy and marketing platform that will be less about a singular event, less about a moment, more about a movement. "
そしてもう一つ,大きな影響を与えていると思われるのが2010年1月1日にスタートしたコカコーラ社による世界最大級のソーシャルメディア・キャンペーン「エクスペディション206」だ。
この大規模キャンペーンの全貌については,以前このブログにて紹介しているので,ぜひ目を通していただきたい。
・ コカコーラが挑む世界最大級ソーシャルメディア・キャンペーン。その全貌と狙いを探る (2009/11/20)
幸せ探しの世界旅行「エクスペディション2006」は今年の元旦からスタートしており,こちらのサイトでリアルタイムに状況を閲覧できる。ちなみにスーパーボールの開催される2010年2月7日はアルゼンチンに滞在する予定のようだ。
2010年を通じて行なわれるコカコーラ,ペプシのソーシャルメディア・キャンペーンには共通する点が多い。以下,ポイントをまとめてみたい。
- 人々が共感・感動するソーシャルなテーマ(社会貢献,人々の幸せ)を選択している
- マスメディアではなく,インターネット,特にソーシャルメディアを主軸媒体としている
- 予算は大規模だが,媒体費への投入されるわけではない
- 一年という長期にわたって,ユーザー参加型でストーリーが創られていく
- 参加ユーザーは各々ソーシャルメディアを活用して,友人やフォロワーにバイラルする
- センターサイトとしてプランド・コミュニティを用意し,そこで顧客エンゲージメントを築く
参考まで,ソーシャルメディア上でブランドがどのくらい語られているかを独自スコアで評価する How Socialbleによると,コカコーラの4420ポイントに対して,ペプシは半分以下の2079ポイントと遅れをとっている。
今回のRefresh Projectでペプシがどれくらい盛り返すか,それとも幸せ探しでコーラがペプシをさらに突き放すのか,興味が尽きないところだ。
当ブログでも,この コカコーラ vs ペプシ,世界最大級の熱いソーシャルメディア・キャンペーン合戦を定点観測し,年を通じて,読者の皆様にその成果をご報告してゆきたい。
【関連記事】
・ 【速報】米国全業種でソーシャルメディア予算が急拡大 (2010/1/4)
・ コカコーラが挑む世界最大級ソーシャルメディア・キャンペーン。その全貌と狙いを探る (2009/11/20)
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