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悩める中小企業経営者に向けて、ITと経営をいっしょに食べてやさしく噛みくだく試み

一年経ちました。何も進まないのは何も見ないからでは?

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20120311
 2011年4月7日の朝 宮城県仙台市荒浜にて

東日本大震災で亡くなられた方のご冥福を改めてお祈りいたします。

震災から一年が経ちました。昨日は被災地へ訪問するいくつかのお誘いもいただいていたのですが、体調が良くなかったのと、現地へ行くのはむしろ人が足りないときにしようと思い、家で黙祷させていただきました。

さて、非常時の助け合いは世界的にも賞賛されましたが、近頃はエゴばかり目立つ気がします。
原発は無くなればいいと思うし、放射能の心配もしたくないし、税金も上がって欲しくはありません。
しかし、誰かのせいにすれば解決する問題でもないし、政府が何とかしてくれると思っても政府の力の及ぶ範囲は所詮は日本国内だけなのです。

政府が悪いとか、東電が悪いとかいいますが、そもそも政府にも東電にも原発をつくることを決めた当事者はもう誰も残ってはいません。
親の責任を子が取る社会ではすでに無くなっているはずですから、事故後の対応ならともかく、それ以前の責任をなすりつけたところで、それは幽霊に責任を取らせるようなもので、ただの自己満足です。

ガレキの問題にせよ、電力問題にせよ、そして復興のあゆみが遅い問題にせよ、責任を取れる人がもう誰もいないところの話を持ち出して棚上げにするのではなく、5年後、10年後、そして20年、30年後に自分や自分の子供達が幸せに暮らせるために何にいくら必要かを一から考えなおしたほうがいいのではと思います。

思うに、まだまだこの国はお金という問題ときちんと向き合っていないと思います。年金も国債もガレキ処理も原発廃止も新エネルギー開発もすべてコストがかかります。
処理コストをすべて明示すれば負担額が明らかになり、たぶんかなりめげるとは思いますが、その負担方法を話し合わなければいけません。

しかし、同時にそのコストはそのまま雇用を生みます。外国にお金を払って処理してもらうのでなければ、日本のどこかで雇用を産むはずです。
それらをきちんと明示すれば、今からの負担がどれくらいあって、お金を稼ぐのは誰で、そのお金で働くのは誰なのか、見えてくるのではないかと思います。

思いやりと助け合いで、すべてが処理出来ればそれに越したことはないと思いますが、残念ながら今の状況を見ると、祈りはするけれどもガレキはよこすなとか、原発はいらないけど節電も面倒とか、老後は心配だけど増税は反対とか、歳出を削りたいけど国会議員の定数は変えたくないとか、思いやりと助け合いが成立しているようには思えません。

コストが明確になれば、国会全体で何割経費を減らすとか、節電と発電所増設による電気代値上げのどっちを取るかとか、初めて議論として成り立つのではないでしょうか。


震災以来何度も足を運んだ被災地では、IT化を進める上で問題になる個人情報の壁をたくさん見ました。
ITは万能ではありませんし、完璧でもありませんが、コストがかかるいくつかの問題をより低いコストで解決することが可能だと思います。
しかし、ITリテラシー以上に感じる壁は個人情報保護法を拡大解釈したような過敏なセキュリティの壁です。

これも効果をきちんと計算して、リスクもちゃんと明示した上で議論すればいいのではといつも思います。
もっと正直に言えば、情報をシェアしない人はそれによって生じる負担を支払えばいいと思うし、シェアする人はそれによって削減する経費を受け取れるようにすればいいとさえ思います。

お金があれば、安全な道を選ぶことは可能ですが、お金がなければリスキーな選択をせざるを得なくなります。
国であろうが個人であろうが、それは同じことです。
大きな節約を迫られているこの国は、もっとちゃんとお金に向き合うべきだと思います。

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