次の「産業のコメ」が何かわかった気がする。
*本内容は所属する会社・組織および私の仕事内容とは一切関係がないものです。個人の考えを自由に述べさせていただいております。あらかじめご了承ください。
2015年初から、今後の日本経済を左右する「産業のコメ」はなんだ、と考えてきたのですが、なかなかよい解答に巡りあうことはできませんでした。ところが最近、ある出来事によってその答えを見つけたような気がしています。
産業のコメとは、経済発展の中核を担う「何か」を指しており、歴史的には高度成長期(あるいは冷戦前)は鉄、コンピュータ全盛期(あるいは冷戦後)にはその心臓部のCPUやRAMに不可欠なシリコンがそれにあたります。それぞれ、時代を変革に導いた成果物の要素であり、この要素の生産向上とともに経済や社会が発展してきたというものです。
若い人に聞けば「産業のコメなにそれ?」状態らしいのですが、それはとりもなおさずシリコンそのものの価値が目減りして経済の基幹を担うコメが存在しなかったからに他ならないという思いにいたりました。
とすると、この15年くらいは何があったのでしょうか。「メガシフト」という言葉を使う人がいます。クラウドコンピューティング、スマホ、SNSなど、過 去に存在しなかった情報技術の発展と浸透により、じわじわと世の中は変化を遂げてきました。そして、こうした新たな技術が浸透するにしたがって、今まではなかったような新鋭の企業がどんどん生まれてきます。それらは、インターネットのみに依存したネットバブルの頃とは異なり、複数の進化に適合した突然変異的な企 業なのです。古くはアマゾンに始まり、最近ではUberやAirbnbなど、枚挙に暇がありません。
彼らの事業モデルを支えている根幹は何でしょうか。販売する商品でしょうか。そうかもしれません。お客様でしょうか。そうかもしれません。しかし、それと同じくらい大切にしていると思われるのが、「データ」ではないでしょうか。
つまり、新時代の産業のコメは、「データ」ではないかと。何をいまさら。そう思いますよね。平凡すぎるでしょうか。
過去15年ほどのメガシフトを経たおかげで、これまでに実現するのが難しかった新たな領域への扉が開いているようです。それが、昨今皆さんが話題にしている新たな(人工)知能の研究と開発なのではないかと。かつて鉄鉱石が鉄になり部品になり機械を、シリコンがCPUやRAMになりコンピュータを作ったように、データは知識や知恵になってこそ新たな(人工)知能を作ることができるのではないかと。
*過去の(人工)知能がもうひとつ商用化でうまくいかなかったとされる背景には、ルールベースでは例外処理を カバーできないなどの事情もあるようですが、実用化を後押しするデータが大いに不足していたからだという方もいます。
さて、2000年代初頭まで、私たちの身の回りのデータといえば、ERP(企業の資源計画)、SCM(サプライチェーンマネジメント)で使われるような、RDBMS(リレーショナルデータベースマネジメントシステム。要はデータベース)に格納ができる正規化されたデータでした。 これらのデータは企業活動の多寡に連動する傾向があり、経済が縮小すると蓄積する経営資源も減り、おのずとデータの増え方が頭打ちになるといわれています。
ところが、ご存知のようにSNSの台頭により、人々の会話がネットに続々と載るようになり、非構造化データが爆発的に増えてきました。また、同 時にIoTの発展に伴うセンサーやモバイル機器の普及も手伝って、正規化されやすいデータのリアルタイムな生成によるデータ増が指数関数的に及ぶようにな りました。数年後にはキロ→メガ→ギガ→テラ→ペタ→エクサを経てさらに 1,024倍のゼタバイトが世の中で語られるようになるわけです。
この膨れあがる一方のデータは、油田から噴出した油そのものとはいえないでしょうか。これらを用途別に精製し、使えるようにして産業に応用することができたら、その成果として新たに知能が進化するとしたら、これはまさしく次の「産業のコメ」になるのではないでしょうか。
挿入した画像は落書きです。考えの整理を試みて時代背景と変遷や今回の「コメ」を構成するデータの種類について勝手にまとめてみたものです。出典とかは特にありません。うろ覚えのものもあるので正確さを保証しません。つまり、不足や誤謬があるかもしれません。もし、皆さんの議論のきっかけに少しでもなれば幸いです。
なお、「産業のコメ」の話ですので、コメントは三行を目安にお願いします。(三行のコメ*) あ、守らなくてもいいです。
*山口陽平さんより。