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夏目房之介の「で?」

竹内オサム『手塚治虫は「ジャングル大帝」にどんな思いを込めたのか 「ストーリーマンガ」の展開』

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竹内オサム『手塚治虫は「ジャングル大帝」にどんな思いを込めたのか 「ストーリーマンガ」の展開』ミネルヴァ書房 20211030日刊

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 ずいぶん前にご恵送いただいたのだが、色々あって読むのが遅れ、ようやく読了。大変な労作である。竹内はすでに多くの手塚治虫論、戦後漫画論を書き、書籍化している。とりわけ手塚漫画が戦後の児童漫画を、映画的手法の導入と「ストーリーマンガ」という領域の確立によって大きく変えたという主張を強く打ち出し、影響を与えてきた。後進の研究者からはその手塚中心主義傾向に疑義が出て、議論にもなった。それも含めて竹内の影響力と功績は今後もっと再評価検証されていくだろう。

 この本では、手塚が何度も描き直し、5060年代にわたって異稿が多重に存在する『ジャングル大帝』の変化を詳細に整理し、その検討から手塚漫画の志向を探り、戦前漫画との比較を行いつつ、戦後漫画に与えた影響を計ろうとする。そのさい「ストーリーマンガ」という言葉の変遷についても整理し、漫画史研究にとって重要な検証がなされている。長年にわたる竹内の研究の貴重な成果である。私のような怠惰な人間にはとても真似ができないし、まことに勉強になる。竹内の手塚と漫画への愛が溢れる一冊である。

 この本の元の諸論考は、竹内の個人誌「ビランジ」に発表されてきた。「ビランジ」は長年にわたって漫画研究の論考や貴重な資料が多く掲載され、故丸山昭氏の編集者インタビューや故高取英の回想など、研究者には必読の個人誌であった。若手研究者の発表の場としても貴重な媒体だったが、竹内の大学退官にともなって休刊すると聞いている。残念なことだが、いたしかたない。これもまた顕彰されるべき竹内の業績であろう。

 本書に教えられることは多い。『ジャングル大帝』が先行する『ロストワールド』と同じ構成になっていること。「ストーリーマンガ」とされる戦後物語漫画の領域を手塚が本格的に実現しようとした作品が『ジャングル大帝』だったが、連載された50年代には単行本化が完結せず、60年代アニメ化に伴い改変され、ようやく単行本完結した時点では作風が変わり、異なるものになっていた。この不幸な過程によって評価が不確定になってしまったこと。戦後児童漫画へのバッシングが激しかった50年代半ばあたりから業界内で「ストーリーマンガ」という用語が使われ、「笑い」や「滑稽」というそれまで「漫画の本質」とされた要素との相対的な関係の意識の中で用いられ、やがて普及していったこと。その過程で「ギャグ漫画」というジャンルを形成していった可能性があることなどだ。このうちいくつかは私も気づいてはいたが、きちんと検証分析するには至っていない。

 ないものねだりのようだが、では手塚漫画が実際どのくらいの影響を他の戦後漫画に与えたのかの検証が今後される必要はある気がする。その検証自体かなり膨大なエネルギーの持続を必要とするので、後進に期待すべきところだ。今後の研究では、手塚とはまた異なった物語漫画への志向が戦前からあったことの検証と比較作業(松本かつぢ、松下井知夫など)、なぜ手塚漫画が一時期独り勝ちのような状態にあったのか、その影響力はどの程度だったのか、という点がやはり問題になってくるかと思われる。

 竹内は同世代である。やはり同世代の故米澤嘉博や村上知彦とともに漫画批評研究言説を1980年前後から構築し、児童文化の学術研究でも活躍してきた。市井のライターや編集者の多い同世代研究者の中では珍しく大学に籍を置くユニークな存在であった。その独自性を活かして、今後もさらに活躍されることを期待する。

手塚治虫は「ジャングル大帝」にどんな思いを込めたのか「ストーリーマンガ」の展開[竹内オサム]

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