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夏目房之介の「で?」

チャールズ・バーンズ『BLACK HOLE』

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チャールズ・バーンズ(椎名ゆかり訳)『BLACK HOLE』(小学館集英社プロダクション)は、なかなか面白かったです。米オルタナティブ・コミックでは有名な人みたいで、絵はカネコアツシ風のねっとりした陰影をつける白黒線画(というか、カネコアツシが影響を受けたのかもしれません、帯に望月ミネタロウ、羽生生純とともに推薦文書いてるし)。

「1970年代中頃、アメリカ・シアトル郊外で10代の若者のみが感染するグロテスクな伝染病が発生。思春期の不安、哀しみ、絶望とともに、悪夢のような闇が暴走し始める・・・・。」
これが帯の文章で、まあ、まずまずそういう話。伝染病は性交渉で感染し、皮膚が脱皮したり、シッポが生えたり、胸に別の口が開いて何かいったり、顔が変形したりする。エイズを連想するが、むしろ思春期の性を含めた繊細でどはずれであやうい心性そのものを象徴してるみたいですね。
思春期物というのは、もはや僕のトシになると、それほど切迫したものではなく、むしろ今更うんざりだぜと感じてしまうことも多いので、どうかな、と思ったけど、読んでみると面白かったです。アメコミ、と聞いて一般に連想するような絵とはちょっと違って、やたらと人物アップが多く白黒で、むしろ日本マンガ的な感じさえします。
ただ、画面もコマ構成も、とにかく「濃い」。風景も含めて作家の質量がこもっていて、ムアッと匂いたちます。これが苦手だと、読むのはキツイかも。僕は、それほど得手ではないほうですが、話は面白かった。幻覚の場面も、ほぼ悪夢、バッド・トリップ的な印象で、実際ドラッグでトンでるところは、かなりリアルに描かれてます。意識の時間感覚の変容が大麻やハシシをきめた感じで再現されてる。
画面の隅々にまで作家の「手」を感じ、表現すべき何かの主観性を感じさせる画風というのは、読んでいると、作家の内側から一切出られない感じがして、場合によっては窮屈で、閉塞感があります。チャールズ・バーンスはまさにそういう作家で、人物の動きがほとんど棒立ち状態ということもあり、アクションや展開の速いお話でひきつけるというより、ひたすら思春期の思い惑いに立ち止まり、閉塞された世界を味わうべき作品。だからこの画風でいいんでしょうね。しかし、たとえばカネコアツシもまさにそういう作家だと思いますが、この作品と比べると、それでもまだ風景には「抜け」があるように感じますね。やはり、そこは商業的な日本マンガでの条件の差でしょうか。

お話は、読んでのお楽しみですが、ちょっとホラーなミステリー風ではある。それと、シッポのはえた魅力的な女性が出てくるんですが、これが妙に色っぽいです。トカゲみたいに取れちゃうんですが、非常にエロティックな感じがします。何でしょうね、これ。

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