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夏目房之介の「で?」

2014.1花園大学後期集中講義レジュメ2

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1月19日 1

2)マンガ編集者制度

○マンガ編集者ドキュメンタリー

『あしたをつかめ 平成若者仕事図鑑 239 マンガ編集者』24分 NHK教育2010.5.18放映 ※DVD映写

マンガ編集者の現場 編集者とマンガ家の関係 新人の育成

 マンガ編集制度と日本型会社制度  編集者が新人からマンガ家を育て、運命共同体的に作品を共同制作してゆく

〈日本の編集者は、新人を何人か抱えて育てるのが大きな仕事で、彼らのためにアシスタント先の紹介、アパートの手配、新作ネーム(コマ構成とセリフ、絵ラフなどによるマンガの一種のシナリオ)のチェックとアドバイスなど、徹底的につきあう。「先生」になればなったで、作品設定段階からの共同作業、仕事中の栄養剤や食品の差し入れ、取材の手伝い、同行、原案に近いアイデア出し、はては逃げた作家の追跡と説得と、どう考えても労働基準法埒外の運命共同体のような仕事をこなす。[略]メジャーな雑誌では、そういうハードな仕事の「熱血」の中からヒットや、いい作品を生むことが編集者の醍醐味だとされてきたし、この「熱血」的システムが戦後マンガの黄金期をつくりあげたことは間違いない。〉
夏目房之介『マンガ 世界 戦略 カモネギ化するかマンガ産業』小学館2001年 160~161p 

 〈日本のマンガ出版の編集者は、世界的にもきわめて特異な形態を発達させ、その手法が戦後マンガの発展に大きく関わるはずである。この問題は、海外の日本マンガやアニメ・おたく現象が注目され始めた1990年代に浮上する。作家に積極的に介入し共同制作者的「共犯関係」を築くようなマンガ編集者制度を持つ国や地域は日本以外ほとんど見られないからだ。あらためて制作現場の制度的特性がマンガ研究の視野に入ってきたのである。〉夏目「編集者の役割」 竹内オサム・夏目編『マンガ学入門』ミネルヴァ書房 09年 141p

 ※マンガ創作にこれほど介入する出版社編集者の制度は、海外ではあまり見られない(米国などでは出版社が脚本家、アーティストを指名し、制作。著作権は出版社がもつ。フランスなどでは、作家の自立性が高い)。社内外での人材移動の少ない日本型会社制度(終身雇用制と転職の少ない社会)で成立しえた制度では?
※「マンガ編集者」という呼称に編集者が自覚的になるのは、おそらく60年代半ば以降。それまでは(児童)雑誌編集者。

※60~70年代、戦後マンガの変容期、編集者・マンガ家・読者を巻きこむ「熱血共同体」幻想が成立し、連載作品と読者がともに「成長」する独特な文化が生まれたのでは? 制作現場の変化(作家のプロダクション化、編集プロダクションの成立)と市場拡大によって、それが広く共有されることとなる。

 参考資料 夏目房之介「マンガ編集者論 「熱血」共同体の伝統」 夏目『マンガは今どうなっておるのか?』メディアセレクト 05年所収 

3)マンガ雑誌、単行本の経済

図08  鈴木みそ『銭』(1巻 エンターブレイン 2003 ア)30~37p イ)48~51p)の試算

ア)雑誌 (月刊)1冊500円×2万部=1千万円 ページ平均原稿料2万円×500p=1千万円 書店流通取り分40%(400万円) 印刷代等130万+紙代130万+人件費百万+諸経費百万=460万円 約860万円の赤字 採算分岐部数=実売45000部

イ)単行本 1冊650円×15000部 経費=印刷費、紙代150万+装丁10万+印税10%=90万強 人件費等80万 計330万円 650円-1冊当たり原価220円=430円利益 実売6割=9千部×430=387万円 ×6割=約230万 

9千部売れる単行本が、月4冊あれば、月刊誌の赤字を埋めて利益が出る(年間43万部強) ※週刊誌は採算分岐が異なる 実際には、400pの月刊誌で出る単行本は年間24冊、月2冊 1冊2万部ほど売れないと合わない

編集長〈2万部程度の雑誌の赤字を埋めるにゃ トータルで年間80万冊の単行本がいる〉『銭』1巻49p 返品率6割で試算
※日本のマンガ雑誌は「安い」! 常に赤字を単行本で埋めるシステムになった(雑誌好調期までは別)
※雑誌連載と単行本の二重市場は67年頃に始まり、70年代にTVアニメとの連携で市場が拡大し、産業化する時期に定着した。

 図09 原稿料の経済 週刊連載した新人マンガ家の場合 竹熊健太郎『竹熊漫談 マンガ原稿料はなぜ安いのか?』イースト・プレス 2004 35p ページ原稿料12000円として月収入777600円-諸経費656400円=月利益121200円 生活できない マンガ家も単行本収入でようやく利益の出るシステム 「マンガ家は儲かる」は幻想 但しアニメ化など商品化権収入は大きい

 戦後マンガ原稿料の変遷

1p原稿料 60年代前半 大手:1000円 貸本:200~300円 半ば 大手新人:700~800円 貸本新人:100円
     68年頃 大手:人気作家1万円 平均4000円
     71年頃 Aクラス:15000円 Dクラス(新人~中堅):5000円前後 
※大手新人クラスで10年でほぼ5倍

(四畳半下宿代 62年8000円→71年16000円 2倍、公務員初任給 同15700円→41400円 2.6倍)

 70年頃の原稿料を平均1万円とすると、2004年の平均2万円(2倍) 高度成長期を過ぎ、極端に伸び率鈍化
(公務員初任給 94年180500円 71年の4.4倍 民宿料金 71年1900円→94年6500円 3.4倍)

 夏目房之介「マンガ家はもうかるのか? 原稿料の変遷」『マンガは今どうなっておるのか?』メディア・セレクト2005年148~149p
※大手出版社の給与を考えれば、マンガ家の低賃金下請け制度に支えられた不公平な分配といえなくもない

参考 西村繁男『さらば わが青春の「少年ジャンプ」』幻冬舎文庫 97年
   佐藤秀峰『漫画貧乏』PHP出版 12年 他
 『漫画貧乏』に関する夏目ブログ記事 http://blogs.itmedia.co.jp/natsume/2012/05/post-fce2.html

 参考資料 夏目房之介「マンガ編集者論 「熱血」共同体の伝統」より 前掲書p182, p185~186

単行本と雑誌 マンガ市場の歴史的推移  ※単行本売上に比して雑誌発行部数は前年比割れを続ける

図10 マンガ誌、単行本売上推移グラフ 出版科学研究所HP「日本の出版統計」(全国出版協会)

 http://www.ajpea.or.jp/statistics/ 「コミック販売額(取次ルート)」 2013年10月8日アクセス ※売上減少傾向はマンガに限らず、出版全体の傾向

〈2005年に、コミックス(単行本)がコミック誌の販売額を上回って以降、コミック誌は落ち込みが止まらず、13年連続のマイナス。コミックスは『ONE PIECE』のメガヒットにより5年ぶりに回復。映像化やランキング、各漫画賞受賞などで注目された一部の作品は好調だが、その他の作品の売れ行きが鈍く、二極化している。映像化点数は増え続け飽和状態で、期待ほど伸びない例も多くなってきた。〉同上サイト 

図11 日本の出版販売額(取次ルート)」「2011年出版指標年報」より 同上サイト

 図12 売上減少以前のマンガ雑誌・単行本 「コミック誌推定発行部数推移」「コミック(雑誌・単行本)推定発行部数推移」 「創」95年10月号 篠田博之「翳りが囁かれる巨大マンガ市場」 p19
 80年代、青年向け雑誌の急増(88年頃に少年・少女誌と市場を折半) 雑誌/単行本市場はともに成長

〈05年以降、コミック誌とコミックス(単行本)の売り上げが逆転した。これはマンガの構造的変化を示す事柄だった。その後、コミックスとコミック誌の売れ行きの差は拡大するばかりだ。〉篠田博之「特集 マンガ市場の変貌」 「創」12年5・6月号 p30

 〈[マンガの]新刊点数(雑誌扱い・書籍扱い合計)は前年より335点増加の12,356点。4年振りに100点以上の増加となった。[略]読者の志向に合わせて、作品のバリエーションも益々広がる傾向にある。しかし書店の限られた棚スペースで陳列できる点数にも限界があり、点数の増加に比して読者が作品に出会えるチャンスが少なくなっているというのが実状だ。〉出版科学研究所「出版月報」「特集コミック市場2012」2013年2月号 p6~7

 出版社-取次の納本と同時に「支払い」計上する特殊な制度による自転車操業=1件当たり少部数化・点数増加の構造に触れていない点で欺瞞的だが、流通資本の出す記事であっても、点数増加が書店を圧迫し、消費者の選択性を阻害していることを指摘せざるをえなくなっている。それだけ事態が悪化しているともえいる。

図13 鈴木みそ『ナナのリテラシー』第2回 「月刊コミックビーム」エンターブレイン 2013年8月号 p253~261
 単行本点数増加の構造をマンガで解説。マンガ家の二極化を指摘する画期的なマンガ。

 2000年代に入り、かつて「雑誌→単行本」だったマンガ読者の受容形態、購買行動が、完全に「他媒体(TV、映画、ネット情報)→単行本」に変化 雑誌/単行本二重市場(マンガ市場を爆発的に広げた一要因)→戦後成立したマンガ産業の市場構成が、情報流通の多様化と出版流通の金属疲労によって構造を変えた現象

長いメディアミックス戦略の歴史の中で、90年代からマンガの占める中心的位置は相対化され、他メディアの中のワンノブゼムに 逆に他メディアに情報を流通させたコンテンツが有利な時代へ

「BSマンガ夜話 『編集王』」映写 ※時間に余裕があれば

土田世紀『編集王』(ビッグコミックスピリッツ 1994~97年連載) NHKBS2「BSマンガ夜話」1998年11月11日放映 1時間

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