ウチヤマユージ『夏の十字架』小池書院
http://www.koike-shoin.co.jp/shopping/prg/search.cgi?mode=details&id=ISBN978-4-86225-948-6
コミティア(創作系同人誌即売会)で14年活動してきた同人誌作家さんの作品集ということらしい。なかなかに面白い。作家さんは生死に関心のある人らしく、そのへんの主題が興味深い。作品としては、同人誌ならではのテイストがあって、商業誌作品では得られないところを楽しめれば、買い。それが、ゆるいと感じてしまう人だと、物足りないかもしれない。その意味では読者を選ぶかもしれないけど、作品の質としてはオススメしていい出来だろうと思う。だから作品集の単行本化が実現したんだと思うけど。
表題作『夏の十字架』は百ページ以上ある作品で、渋谷でヤクの売人してる若者二人から話が始まり、彼らから大麻を買うさえないおじさんが、じつはとんでもないマネーロンダリングのスキルを持っており、そこにジャンキーの小娘がからんで・・・・という多層的な構成。ミステリー的な要素で前半楽しめるが、後半、小娘とおじさんのお話になり、生死の主題に移っていく。これがTVドラマだったら、そこそこ面白いドラマになる可能性はあるが、映画だと前半の謎解き的要素が中途半端な感じで解決され、後半にすべってしまう印象になるかもしれない。最後まで両者がからんでいれば、かなり娯楽作としても楽しめるだろう。ただ、そのへんが商業娯楽作品ではないので、どうなのかな、と思ってしまうところだ。最後の主題を語るオチの部分、10ページ5見開きの大コマ連続技で締めくくるところは、同人誌ならではの自由さがあって、効果だと思う。どっちをとって読むか、ということだろうか。
『ちりぬるを』は、21ページの短編で、夫に先立たれた老婆の一日を淡々と追っただけのシンプルな作品。だが、ここで丁寧に拾われてゆく日常の描写と、コマ割りの自由度は、同人誌のよさを示しているかもしれない。いい作品だと思う。
『はじまりの恋のはじまり』は、18ページのボーイミーツガールの小品。この作家の持ち味であろう、素直で気持ちのいい感覚が残って、嫌味がない。
『カナシミ』と『honycomb』は、少しひねったトリッキーな作品で、前者が輪廻を扱い、後者がボーイミーツガール。商業作品として考えると、パンチが足りず、記憶に残る強い印象という点で弱いかもしれない。でも、アイデアはきちんと練られていて、うまいし、何より後味がいい。全体に読後感が素敵で、ほんわかする作品だと思う。
即売会からまんま単行本というスタイルが出てくるのは、今後の選択肢のひとつとして面白いし、アリかもしれないですね。
名の売れた料理店の味って、多くは印象に残って、とくに強い味が「また、あれを食べたい」と思わせる。けど、家庭の味は、さりげない優しさで飽きないものがいい。そんな比喩を思い出すマンガでした。