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夏目房之介の「で?」

ライアン・ホームバーグ氏のインドのマンガ事情報告

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 11月20日の演習ゼミで、たまたま日本滞在中のライアン・ホームバーグ氏(うちの専攻で2年間、45~60年代マンガの研究をしていた)が、奥さんの実家のあるインド滞在中に調べたマンガ事情を報告してくれるというので、やってもらった。豊富な写真を見せながらの、楽しい報告で、インドの事情はあまり情報がないので、貴重でもあった。
 ライアン氏のインドのマンガ事情報告については、彼が連載をもっているサイト「コミックス・ジャーナル」でも読める。ただし英語。

 これは「コミックス・ジャーナル」の記事で、インドの貸本屋に関するもの。
 「貧しいリッチ・ボーイ : ムンバイ貸本屋のアート」
http://www.tcj.com/poor-little-rich-boys-the-art-of-the-mumbai-circulating-library/

 報告の中でも紹介されたムンバイの貸本屋で、日本でいったら小さな煙草屋くらいの隙間に本や雑誌が積みあがり、一日客のいないこともあるという隠居仕事。貸本専門のマンガなどはないのだが、日本などと同様に貸本の表紙をビニールで堤、紐で閉じている。このおじいさんは、古くなって破れたりなくなった表紙に、ほかのファッション誌の写真などを貼り付け、イメージの遠いような近いような不思議なコラージュの本を作り上げている。凄いのになると、アメリカで有名な女の子向け(?)アーチーコミックなどの表紙のないところに、おしゃれなクラブの写真を貼り付け、手書きでタイトルを書き込んでいる。ライアンは、そのコラージュに「アート」を発見しているらしい。ライアンほど芸術的感性に恵まれないヒトには、多分ゴミにしか見えないかもしれない。

 インドのコミックスに関してのインタビュー
http://www.tcj.com/indie-india-an-interview-with-kailash-iyer/

 デリーのグラフィックノベリストへのインタビュー
http://www.tcj.com/inverted-calm-an-interview-with-vishwajyoti-ghosh/

 

 ライアン氏が住んでいたムンバイは、猟師町が英国の進出で貿易都市となり、移民の多い(上海的な)土地で、逆に移民排斥的な右翼運動がさかんなところらしい。その運動の中心となったヒンドゥー原理主義的政治団体Siv Sanaの指導者が、元カートゥニストで、さかんに国民会議派を風刺するような政治風刺マンガを描いていた。おそらく、インドでもっとも権力をもつマンガ家だろうとのこと。
 インドは、中国よりもはるかに格差社会で、まだまだ貧しい人々が多いが、衛星放送の普及後、スラムにもTVがあり、アニメチャンネルでは『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』『忍者ハットリくん』などが放映されている。『巨人の星』が人気となり、インド現地版が作られた話は日本でも報道されたが、どうやら成功しなかったらしい。が、こうしたマンガやグラフィックノベルを消費する層は、ごく一部のミドルクラスで、ほとんどの人々は50ルピー(90円位)のぺらぺらなコミックスを買う。
 インドのマンガは、かなり以前からヒンドゥーの宗教画的なコミックスがあり、『マハーバーラタ』『クリシュナ』『ハヌマン』など、伝統的なヒンドゥー説話の教訓物が普及していたようだ。このへんは東南アジアでも同様かもしれない。ガンジーやネルーの偉人マンガもある。
 これらが、次第にアメコミの影響下に地元ヒーロー物を生み、ナゼだかわからんが、犬の顔をしたヒーロー『DOGA』なんてのもある。このテのヒーロー物のTVアニメもユーチューブでみせてもらったが、まあ何というか爆笑的な凄さで、昔はやったヘタウマの絵がぎくしゃく動くという、見方によっては現代アートな作品であった。
http://www.youtube.com/watch?v=8Dfvht9GfFg
 コミックス・ヒーローの実写化も、なかなか楽しい。昔のTVヒーロー物を思い出す。
http://www.youtube.com/watch?v=SCI764bEI7w
 アメコミの影響は、19世紀に日本の陶器などの包装紙として浮世絵が欧州に知られたように、アメリカからの輸入品のクッションにアメコミが使われ、それが安く流通したせいだという。このへん、日本もかつては似た状況だったかもしれない。
 キオスクには、様々な雑誌などが並ぶが、コミックスもかなりある。エロに厳しいお国柄だが、一応ちょっとHなのもあるようだ。ロマンとアクション(カンフー)の合体したようなのもあるらしい。やはり、このテの周縁的なメディアでは、対象年齢が曖昧で、かつ怪しげな方向に振れるというのが、日本の赤本、貸本とも共通する傾向なのかもしれない。
 いままで情報を得られなかったインドの、研究者の実体験報告だったので、ひじょうに興味深いものであった。ライアンさん、ありがとう。

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