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夏目房之介の「で?」

7月2日ゼミ用資料「戦後コマ言説略史」

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2008.7.2 5限演習ゼミ 戦後「コマ」言説略史資料

'56年 手塚治虫『漫画のかきかた』秋田書店 目でみる少年少女入門百科
〈カツーン(一こま漫画)〉〈パネル(四こま漫画)〉〈フィルム漫画〉
 コマという事象を積極的に手法としてはとらえていない。ただし4コマを例に〈起承転結〉の解説あり。章立てなど岡本一平『漫画講座』に類似。

'65年 石森章太郎『マンガ家入門』には特段の記述なし

'67年 藤川治水『子ども漫画論』三一書房 
〈いや、もっとも手塚の動きらしきものがみられるのは、こうした基盤の上にたって発案された、漫画フレイム(コマを区切る枠)への挑戦図である。なるほど、映画的手法で、十万馬力の[略]アトムは、奥の方から手前の方へ、こちらから彼方へと推進する、いわゆる縦の構図をみる。〉50p ※下線引用者

'67年 石子順造『マンガ芸術論』富士書院
〈"読む動画"である劇画の、方法論的な特有性は、先にも書いたようにその描法にある。映画的なもののほかに、フレーム(枠)のとりかたの自在さ、文字のデザイン化なども、あげておいたとおりである。要するにそれらは、読み手の心理的な運動に深くかかわるものであるが、それを支えているのは、映画の場合とも共通した、つぎのようなカットの論理であろうと思う。[以下、中井正一「繋辞」の理論へ]〉162p

 「フレーム」から「コマ」へ↓

'68年 COM3月号 特集「まんがは芸術か!?」
峠あかね(真崎守)「コマ画のオリジナルな世界」
〈B型[コマを持つマンガ]の本質は、ストーリー・まんが・劇・画という話と絵にあるのではなく、コマそのものにあったのだ。〉81p

'70年 石子順造『現代マンガの思想』「マンガ表現の論理と構造」
〈ぼくがここで指摘したのは、連続マンガのコマとコマをつなぐフレームの線によってできる空白の帯の部分の意味作用の論理である。連続マンガのおもしろさの秘密や、劇展開のダイナミズムは、あの空白部分にあるのではなかろうか、とぼくは考えている。〉67p
〈このマンガの場合のコマの文法は、その繋辞の論理からいっても、劇の構造化が、映画よりいっそう受け手の側の知覚・認識との照応に基づくものであることを示してはいないだろうか。[略]劇としてマンガは、作家の主張が適切に伝達されにくい、ということである。〉71p 「読者」によって作られるメディア

'76年 副田義也『マンガ文化』('83年刊)「劇画表現の構造と論理」
〈さて、ひとつのコマがある瞬間を表現するとき、原理的には二つのコマがあれば、あらゆる長さの時間経過を実現することができる。[略]それらの瞬間のあいだに時間の流れを成立させていくのは、読者の想像力のはたらきである。〉103p

'80年 竹内オサム「手塚マンガの映画的手法」『マンガ批評大系3』平凡社'89年所収
〈戦後ストーリーマンガは、マンガ独自の文法を連続するコマ展開の中で模索しつづけた。「映画的手法」とは、そうした飛躍の別称なのである。〉68p 
〈同一化〉技法による「映画的」なコマ技法の分析 戦後マンガ起源論

'80年 双葉社『ワイド版 マンガのかきかた』 「コマ割り」の項の見開き 
コマ割りは、ストリーを展開していく上で、もっとも重要なもののひとつだ。画面をフレームで区切れることはもちろん、大小をつけたり重ね合わせることで、テレビや映画以上の効果を画面に表せる。〉32p

'81年 藤子不二雄『藤子不二雄のまんが大学』小学館 コロタン文庫「まんがの技術 コマ割り」
p〈コマ割りとは、一ページの紙面をコマに区切ることで、たて四段、横三コマの十二コマが基本。 コマの割り方はストーリーの流れに合わせて変えなければならない。〉

 
'82年 荒俣宏『漫画と人生』('94年刊)「高野文子とコマ切れのページ」
〈さて、ひとつのマンガが現実に「作品」になるためには、必要な条件というものがいくつかある。[略]その条件は読む人びとの「生理感覚」を規定する。[略]たぶんいくつか考えられる要因のなかえ、最初にあってしかも相当に巨大なものは、さっきから問題になっている「様式」である。もっと平たくいえば、枠線を引くことで一ページを何コマの構成にするかというパターン化の作業である。[略]ここで注意してほしいのは、全体が瞬時に、しかも総合的に「様式化」するという点である。〉278~280p 目の動きを配したコマの図あり

'86年 呉智英『現代マンガの全体像』「表現構造のための理論」
〈さて、マンガの定義だが、故石子順造が考えていたものを参考にしつつ、簡潔に次のように定義したい。
 コマを構成単位とする物語進行のある絵〉96p
〈これを、記号論の用語を使って言い換えてみると、
 現示性と線条性が複合した一連の絵〉100p
言語の「線条性」と絵画の「現示性」の混合形態=マンガの指摘
日本語=膠着語の特性とマンガの類似性の指摘

'94年 夏目・表現論による「マンガ=絵・コマ」→「絵・コマ・言葉」論
    四方田犬彦『マンガ原論』「コマの配分」他
漫画を漫画たらしめているのはコマの存在に他ならない。〉48p

2005年  秋田孝宏『「コマ」から「フィルム」へ』
     伊藤剛『テヅカ イズ デッド』

    渡瀬悠宇『渡瀬悠宇の少女まんが入門 まんが遊戯』小学館
簡単な「視線誘導」論の導入86~87p
「コマの読み順」95p「コマには大小変化を!!」104p

マンガ史の言説

'93年 「漫画まんがマンガ展」図録(監修・清水勲)
明治時代「コマ漫画」が始まる 清水勲史観
〈『北斎漫画』にいたりコマが登場します。明治以降は外国のコマ漫画の影響を受けて急速にコマ表現が普及しだします。〉58p

'99年 清水勲『図説|漫画の歴史』河出書房新社
1881年本多錦吉郎「藪をつついて大蛇を出せし図」を嚆矢とする(15p
〈絵葉書交換ブームが起こった同時期、新聞や雑誌では"コマ画"のブームが起きていた。[略]明治二〇年代に生まれ、明治末期に全盛を迎えたが、明治四〇年代に入ると、人気のコマ画作家が次々に作品集を発表するようになる。〉34p

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