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夏目房之介の「で?」

花園大07後期集中講義レジュメ5

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5)マンガ青年読者共同体の成立

林静一、佐々木マキともに、「わからない」「難解」といわれ、連載当初は読者欄でも、むしろとまどいが多い。

〈林静一を読んだ。「赤色エレジー」を読んだ。全然わからなかった。おもしろくなかった。[]後日、ひまな時に、山からひきづり出した。ひまにまかせてゆっくり読んだ。林静一を読んだ。やっぱりわからなかった。〉「月刊ガロ」705月号 「読者サロン」 加藤洋平 神奈川・19歳)

登場人物への感情移入 とくに幸子を実在と見なすファンレター

[作品を読みながら]どうしようもなくなったぼくは、[]おもわず、幸ちゃんの胸ぐらをつかまえて、滅茶苦茶にゆさぶってみたくなるのです。〉同上 ‘708月号 読者欄 瀬崎祐 22歳)

〈いじらしくって、かわいくって・・・・私もこんな女性になりたいナ・・・・〉同上 中野由美 18歳)

〈サチコさん、君はこれから、どこへ行くのです。どこへ行ってもいい。ただ生きてさえいれば〉同‘711月号 『赤色エレジー』最終回の号 松田潤)

「難解」な自己表現としての投稿 

〈勿論、「赤色エレジー」はまだ続いているのであり、〈つづく〉という文字に会うたびに、嘘を嘘と知りながらも、恨みがましい目で少女を見つめるしかないように、奇妙に歪んだ表情のまま、一ヶ月をすごすほかはないのだし、ふと下宿の窓から見えた空の赤さにおびえながら、とびだした並木道で、高校時代の同級生に会い、この頃すごく忙しいんだ、何してるの、別に何も・・・・

そして、林静一はこの作品を描くことによってどこへ行ってしまうのだろう、と考えるならば、天沢退二郎風に、エレジーの彼方に向うことにほかならない、なんて、そこで、ぼくがイイコトをするのかなんて、そんなことは云えないっ!〉同上 7012月号 瀬崎祐)

当時の投稿傾向 マンガの登場人物への同一化批評的自己表現

〈私はカムイが好きだ。抜忍という宿命的な〈業〉を背負ったカムイが好きだ。しかし、この私の心理を裏返せば、ある一つのパラドックスに気付かざるをえない。〈階級〉という枠から放出されたカムイの無的存在は、私たちにある種の憂愁を伴ったユートピアを感知させるのだが、実はこの感情こそカムイがすでに大衆に乗り越えられたという事実を確証しているにすぎす、今展開されている「カムイ伝」は、階級闘争の歴史におけるカムイの〈死〉への過程なのだろうと思えてしかたがないのだ。〉同上 703月号 水沢光子 岡山 21歳)

    70年当時、10代後半~20代前半(‘50年前後生まれ)のマンガ青年が全国各地に生まれ、そのうちの大学進学層を中心にした青年たちが、「ガロ」や「COM」をプラットフォームにして集団をなしつつあった

    それを組織化したのは「COM」の「ぐらこん」だった

「ガロ」は「COM」よりもさらに(新)左翼系、アングラ系の色彩が強く、投稿欄には独特な言葉遣いが頻出する

素直なファンレターは少なく、もって回って屈折した文章が多い。

逆にいえば、そういう厄介な文学青年的読者をも、マンガのヒロインが揺り動かした

    こうした「マンガ青年」読者共同体の成立 → 突出した表現とリテラシーの相互関係があって、60年代のマンガ表現変容が成立した

    佐々木マキ、林静一に対する「わからない」「マンガじゃない」などの否定的反応と、一方でそれを支持する層の中からのちの批評的言辞が生じてくるとすれば、現在の米国など非日本人によるマンガも同様の過程があると考えていい

    その過程のキイワードは「自己表現」

6)同時代現象

『赤色エレジー』の影響

01)       あがた森魚(もりお 48年生)の歌う『赤色エレジー』 が‘72年に大ヒット、50万枚を売る(マンガにインスパイアされて作った)

〈それは劇しい誘惑だった。歌は漫画の中から幸子と一郎をひきずり出して、躍らせ恋をさせた。あの時代に、ストイックに生きた幸子と一郎はロクロ首を持った影法師のようにサイケデリックかつ儚げだった。その存在は僕の全感覚にうったえた。僕は声にして幸子と一郎の、そしてあの時代の僕らの全呼吸の中に吸って吐いたものを吐出したい衝動を押しとどめることができなかった。〉(「魔の雑誌の誘惑」  「ガロ曼荼羅」‘91年 43p)

02)         職人漫画家・上村一夫40年生)による『同棲時代』(’72~??年 週刊漫画アクション)

 同棲物語をよりポピュラーに描きなおし大ヒット→映画化→ほとんど社会現象化

0373年、南こうせつ(‘49年生)とかぐや姫 同棲物「四畳半フォーク」『神田川』ヒット →同棲ブーム

●若者文化を象徴する自己表現の誘発

少年マンガでも少女マンガでもない、きわめて情けない日常的な青年向けヒーロー&ヒロイン時代の幕開け

70年のマンガ現象

01)矢吹丈が、力石を殺して彷徨いながら休載に

(「少年マガジン」=メジャー誌と「ガロ」=マイナー誌の両極でマンガ青年をひきつけたヒーロー&ヒロイン造形が成り立っていた)

02『ドラえもん』『ゴルゴ13の連載開始 幼少年と青年両極の読者開拓

03)石子順造『現代マンガの思想』(太平出版社)刊行 マンガ批評の展開

70年の社会現象

013月、赤軍派よど号ハイジャック事件

028月、中核派学生による革マル派学生の初のリンチ殺人事件

0310月、ウーマン・リブ旗揚げ

0411月、三島由紀夫の防衛庁占拠、自刃事件

休憩

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