中京大学での国文学会講演
会場を見ると、もともと国文学会なわけで、それ系の学究系の方々と、それとは異質な方々が入り混じっており、さてどのレベルにチューニングして話そうかとちょっと迷った。が、1時間しかないので、とにかく始めた。やや急ぎ気味に話したが、やはり全部できなかった。アドリブも入れていったので、いつものことだけどレジュメとまったく同じではない。
でもまぁ、僕の話を聞きにきてくれた人には面白かったんだろうか。多分・・・・ね。学問系の方は、マンガに興味があったり、同じ時代感をもってた人はともかく、完全に国文学系だと厳しかっただろう。いずれにせよ、今後こういう機会はいやおうなく増えるだろうし、ある意味でこういう「世界」と向き合うことにもなるので、いい勉強であった。
僕のあとの発表も後学のために聞かせていただいたが興味深いものであった。とくに江戸時代に「絵本は子どもの教育ツールとして優れている」という感じのことを書いた本があったという話は非常に面白かった[註]。
会のあと、打ち上げパーティに参加し、院生さん、学生さんとお話もできた。何人かにサインしたが、一人とても可愛い女子学生さんがいて、弟さんと自分も僕のファンなのだといってくれたので、その人だけ3回もサインしてしまった。
註
大東文化大 浜口俊裕氏 「枕草子と図像の交流 「香炉峯の雪」章段を中心に」
資料より 『授業編』(天明3年 1783年) 巻の一 「幼学」
〈凡そ小児二三歳のころより、父母外へ出て、家に帰れば、必ずみやげ//と求むる故、(中略)画のある本を遣わす。〉略
〈何にかぎりたることなく、画のある書をあてがひ置ば、子どものならひにて、必画ときせよとせがむ、〉原文カタカナ
つまり、18世紀には教育ツールとしての絵本(ないし絵のある本)の重要性、効果が認識されていたってことですな。欧州やほかの地域でどうだったか知りませんが、興味深い。
浜口先生は、学生が古典にどうやったら興味をもつかを考えて図像の研究を始められたとおっしゃってましたが、生意気ですが、とてもいい試みだろうと思いました。もっとも、国文学の学会なのに図像の話などが多かったようで、違和感を表明された先生もいました。そういうところから始めるのか、大変だなーと、他人事ながら思った次第。