オルタナティブ・ブログ > 夏目房之介の「で?」 >

夏目房之介の「で?」

津堅信之『アニメ作家としての手塚治虫』

»

読みました。いい本だ。マンガ研究関係の人は絶対読んでおかないといけない。読みやすいしね。
これまで、まともに評価も分析もされていなかったという「アニメと手塚」の主題を通して、ここ数年怒涛のように進んでいる「問い直し」の一環をなしている。
一つだけ上げれば、多くのアニメ関係者(制作者)から始まった「手塚のダンピングが日本のアニメの低賃金、加重労働の悪条件を作り出した」という「批判」、アニメ史における手塚無視にもつながる「批判」言説の検証である。結論をいえば、手塚自身の「制作費55万」発言が作り上げた「神話」を実証的に覆してみせている。じっさい手塚は(少なくとも当面は)そう信じていたが、事実はもっと高く、虫プロはそれなりに企業努力をしていた、というもの。この検証だけでも、これまでの「手塚発言によるマンガ、アニメ史像」を変える。
僕は、以前から東映系の職人的反撥から発するように見える、この「批判」は「おかしい」と思っていた。そもそも手塚のやったことがなぜそのままその後の業界慣習になったのか、その検証がされてないので、どう考えても飛躍があるとしか思えなかった。もし、仮に手塚のやったことが影響したとしても、それが低賃金・加重労働の現場の慣習になったとしたら、それを批判する当の本人を含む制作者・現場の人間たち自身が、その後、それを改善する企業努力をしてこなかったことを必然的に意味するわけで、手塚を批判してる場合じゃないだろ、と思っていたからだ。
ともあれ、アニメ研究に何が起きつつあるのか、そのこととマンガ研究はどうかかわるのか、という主題を含め、ぜひ多くの人に読んでほしい本であります。

あ、ついでに備忘的に書いておこう。
「手塚が日本アニメの現場をダメにした」という人は、なぜ、どうダメなのかを、あまり書かないんだけども、津堅も書いているように問題は産業としての構造なので、そこを考えないと手塚とか誰とかいう以前に「問題」化されてないんじゃないかと思う。
現場の低賃金、加重労働のことだけ書いてもダメであって、要は収益の分配構造のはずだ。アニメがこれほど作られるのは「売れる」からで、収益は上がっている。それがアニメ直接ではなくとも、関連市場で収益は上がり、事実、集計的には長期的に上昇しているはず。では、そこで上がっている収益がなぜ還元されないのか、という問題だろう。別にアニメに詳しくなくても、論理的にそうなる。
おそらく、日本のアニメ及びTV,映画などの産業が、かなり早くから制作者還元軽視、興行者、TV局、広告代理店など出資者、仲介業者の利益配分中心で成り立ってきたからじゃないのか、と事情を知らない者でも思う。そういう構造があるとすれば、いつ、どうして成立し、どう変えるべきかの課題になるはず。だけど、実際にはそのことの指摘すらされないのはなぜなのか、って話じゃないんだろうか? その手の話が出てこないとすれば、そっちのほうがまずは問題で、津堅の本がいいのは、そこを指摘してるとこを含めてなんだよね。

Comment(5)