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【書評】『スプーンと元素周期表』:隠された人類史

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早川書房 / 単行本 / 446ページ / 2011-06
ISBN/EAN: 9784152092212

科学が好きという人に出くわすことは、少なからずある。しかし、一口に科学と言っても、その範囲は広い。学校で習った範疇だけでも、物理、化学、生物、地学とあるし、書籍のジャンルにおいても、量子力学、宇宙学、地層学、進化論、遺伝子、認知科学と実にさまざまだ。

その中でも、化学が好きという人には、めったにお目にかかることがない。自分自身のの経験を振り返っても、「水平リーベ僕の船・・・」に始める元素周期表や、モル計算には、壮大さやロマンを感じることはなかった。

本書は、そんな化学の暗いイメージを払拭してくれる有り難い一冊。元素周期表をインデックス代わりに、人類史を読み解くという試みなのだ。化学がいかに社会に密接に関係したサイエンスであるかを、エキサイティングに紹介している。

◆本書の目次
第1部 オリエンテーション - 行ごとに、列ごとに
第1章 位置こそさだめ
第2章 双子もどきと一族の厄介者 - 元素の系統学
第3章 周期表のガラパゴス諸島

第二部 原子をつくる、原子を壊す
第4章 原子はどこでつかれられるのか - 「私たちはみんな星くず」
第5章 戦時の元素
第6章 表の仕上げ・・・・・・と爆発
第7章 表の拡張、冷戦の拡大

第三部 臭気をもって現れる混乱 - 複雑性の出現
第8章  物理学から生物学
第9章  毒の回廊 - 「イタイ、イタイ」
第10章 元素を二種類服んで、しばらく様子を見ましょう
第11章 元素のだまし手口

第四部 元素に見る人の性
第12章 政治と元素
第13章 貨幣と元素
第14章 芸術と元素

第五部 元素の科学、今日とこれから
第16章 零下はるかでの化学
第17章 究極の球体 - 泡の科学
第18章 あきれる精度を持つ道具
第19章 周期表を重ねる(延ばす)

科学系の読み物で、読んでいて面白いと思うのは、特定分野に閉じたものというより、突き詰めていったその先が、他の分野と密接に交わりあうようなものであることが多い。例えば、進化論が宗教と密接に結びつくような話、地質学の中に太古の歴史を見出す話、あるいはロボット工学の中で、人の意識や知性と結び付くような話も、その類であるだろう。

本書の内容も、そんな例にもれない。「周期表は人類学の奇跡」とまで言う著者の手によって、周期表の中に、詐欺、爆弾、通貨、錬金術、政治、歴史、毒、犯罪、愛までが見出だされている。

そもそも、この元素周期表、設立に至るまでの最大の立役者は、本書の表紙も飾っているメンデレーエフという人物である。メンデレーエフは生涯を通して、元素の感触や臭い、その反応についての深い知識を得ていた。また、表の改訂を執拗に繰り返しており、常に自室で化学版ソリティアにふけっていたという。そして、何より重要だったのは、表でまだ元素が見つかっていないところを空欄とし、新しい元素の発見を予言したということにある。

元素周期表の配置には、もちろん意味がある。各元素は、概ね左隣の元素より電子を一個余計に持っているほか、縦列は似たような系統のものが並んでいる。一番右側の列をなす元素は、希ガス。その隣には、ハロゲンと総称される反応性の高い気体。一番左端は、最も過激な元素アルカリ金属と言った感じである。ちなみに、右半分の中央下あたり、ここが毒の回廊の中心部だ。カドミウム、その一つ下には水銀、そのまた右にあるタリウム、鉛、ポロニウム。周期表は、数々の高揚の瞬間を演出するばかりではなく、人間の最も醜く残虐な本能にも訴えてきたのである。

強国の蹂躙が科学をもゆがめうることは、二十世紀には最高の史実が揃っている。第一次世界大戦が始まると、ドイツ軍はユダヤ人のハーバーを毒ガス戦部門に起用した。臭素や塩素を使った研究をしていたハーバーは、ツィクロンAを開発し、効率の良い第二世代ガスを開発した。後にナチスが実験を握ると、ユダヤ人のハーバーは追放されるのだが、彼の研究成果は、何百万というハーバーの同胞に使用されてしまうのである。

また、昨今すっかりイメージの悪くなった放射性物質の話題にもことかかない。ウランという最も重い天然元素に関する研究でノーベル賞を受賞したキュリー夫人は、ウラン精錬する実験をしたのち、残った廃物からウランより圧倒的に強い放射能を持つ未知の元素を発見する。ポーランド人であった彼女は、当時存在しなかった祖国の名にちなみポロニウムと名付けたのである。しかし、彼女の思惑には沿わず、世間の注目は彼女の下世話な私生活ネタにばかり注目が集まってしまったそうではあるが。

本書を読むと、化学は覚えるものではなく、理解するものだということがよくわかる。そして化学と他のジャンルが交錯するポイントでは、常に予想もつかない化学反応が起こっている。少なくとも元素を取り扱う領域のステークスホルダーは、すべからく先人たちの教訓を踏まえ、畏敬の念を持って、判断にあたるべきであろう。

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