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「復旧まで2年」 失った今が始まり

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川崎駅前にあるミューザ川崎シンフォニーホールは、国際的にも評価の高い最先端のホールです。しかし今回の東日本大震災により、天井部分が崩れ落ちて壊滅的な被害を受けました。
復旧は2年先となり、このホールを本拠地として活動している東京交響楽団は「ホーム」を失ったのです。
 
2011年5月26日の日経新聞にて、東京交響楽団の楽団長、大野順二さんのインタビュー記事が掲載されていました。
 
「あと2年と聞いて、心から落胆した。言葉では言い表せないほどだ。音楽家とって、ホールは家であり、楽器の一部でもある。両方を失ったまま4つの季節を2度もやり過ごすつらさ。90人の楽団員と30人の事務局のモチベーションをいかに保つか、それで頭が一杯だ。」
とおっしゃいます。
 
例えば、新日本フィルハーモニー交響楽団であれば、すみだトリフォニーホール。東京都交響楽団ならば、上野にある東京文化会館。ウィーン・フィルともなれば世界最高の名ホール、ウィーン楽友協会の大ホールとなります。
オーケストラによってそれぞれ活動の拠点となるホールがあり、オーケストラの音はホールと共に育つもの。だから、本当に良いオーケストラは、必ず素晴らしいホールを使っています。
音楽の命でもある本拠地のホールが使えないというのは、音楽家にとって大きな痛手なのです。
 
さらに追い討ちをかけるように、各地で公演のキャンセルが相次ぎ、2011年は8000万円の減収が見込まれています。
楽団員の「切り売り」が必要で、地域の学校を回ったり、地道な活動を続けなくてはなりません。
 
「もうすでに半年先までキャンセルの嵐です。特にオケの人たちは”4月からどうやって食っていこうか”と悩んでいますよ。受難の時代が始まりました。」
震災直後、音楽マネージャーの方が話していました。
 
クラッシック音楽業界はさらに厳しい状況になってきたと思います。
 
とにかく今は、気持ちが折れてしまうことが一番怖いことです。
 
「楽団のためにホールを早く再建してと訴えれば、それはエゴになる。ミューザ川崎は市の所有物であり市民の財産。市民の方々がホールの再建を願い、当楽団にエールを送ってくださればそれに勝る喜びはない」
と大野さんは言います。
 
こんなときだからこそ、地元もオーケストラも互いに力を合わせていくことで、精神的な面での結びつきは今より一層強いものになると思います。
これが数年後、10年後・・・時を経れば、ヨーロッパの伝統あるオーケストラのように、地元代々からのファンが定期演奏会の席を埋め尽くすことになっていくと予感しています。

将来、「あのとき、素晴らしい文化の始まりだった」と語りあえるようになれるといいですね。

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