ビジネスパーソンの出版戦略:林雅之さんインタビュー(その1)「旬のテーマを半年前に予測できるかが、ビジネスパーソンが本を書くカギだった」
「ビジネスパーソンの出版戦略」インタビューシリーズの続きです。
シリーズその1のライフネット生命保険社長・出口治明さん、シリーズその2の大木豊成さんに続き、シリーズ最終回はオルタナブロガーの林雅之さんとのインタビューを3回に分けてご紹介します。
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林雅之さんは、大手通信会社に勤務。
顧客へのICTコンサルティング、調査・分析、プロジェクト総括等の業務を行なう傍ら、ITメディア・オルタナティブブログのブロガーとしてご活躍、2010年8月時点でブログを1200日続けて毎日書かれています。
2009年2月には初めての著書「『クラウド・ビジネス』入門 -世界を変える情報革命」を創元社から出版、クラウドの世界で第一人者として活躍されています。
自分のことを「平凡な会社員」という林さん。どのように本を出版されたのでしょうか?
詳しくお話しを伺ってみましょう。
(インタビュー実施日:2010年2月17日)
■出版してみたら、勤務先とはいい関係になった
永井(以下、N) : 「林さん、毎月、オルタナティブ・ブロガー会議でお会いしていますが、このような形でお話しするのは初めてですね。今日はよろしくお願いいたします」
林さん(以下、H): 「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
N: 「林さんのご勤務先は典型的な日本の大企業ですね。以前、出版された際に勤務先との関係について伺ったことがありますが、改めてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
H: 「実は、勤務先にはブログや出版の規定がなかったんですよね。永井さんが勤務されている日本IBMさんでは、細かい規定があるのを聞いて驚いたことがあります」
N: 「そうなんですよね。3つあって、社員が社外向けに情報を出してもいいかと、社員が印税等の収入を受け取る際に会社と利益相反になっていないかをチェックして、その上で社員個人が会社で得た知識を元に出版する際に著作権譲渡を契約します。この点は、契約関係をキッチリやる外資系ならでは、ですね」
H: 「普通の企業では、社員がブログを書いたり出版したりすることは想定していないんですよね。僕の勤務先でも同様でした。そこでブログを始めるときや本を出す時は、必ず上司に話を通しました。また、ウチの会社では、社内で社員の趣味の活動を紹介するオンラインジャーナルっていうのがあるんですが、3年たってここで『ブログが趣味の林さん』という感じで紹介されたりしました」
N: 「会社との関係はとてもいい感じだったんですね。本を出す際と、出した後はいかがでしたか?」
H: 「普通の社員の出版は会社としてもあまり前例がなかったので、本を出してみたら、色々なところから取材依頼が来たり、講演依頼が来るようになったんですよ。最近は、広報からも講演の依頼をいただくようになり、講演の際の会社名載も認めてもられるようになりました」
N: 「それは面白いですね」
H: 「本を出してもうすぐ1年が経ちますが、色々な反響が出たことで、この2-3ヶ月で、『会社にとってもメリットがある』と会社側も認識していただけたようです」
N: 「社外からの講演を受ける場合、どのようにしていますか?」
H: 「広報が認めてくれるようになって、基本的に会社としてほとんどOKになっています。また、必ず所属長の判断を仰いでいます。業務かプライベートかを決める必要もあるので、その点も確認しています。また、講演料等でお金をもらう場合は、休暇を取って行ないます。お金をもらう場合は会社の勤務活動とは分ける必要がありますからね」
N: 「最初は前例がなかったのが、実際に林さんがやってみたら、会社とはいい関係を築くことが出来たというのは、素晴らしいことですね」
H: 「そうですね。当初は勤務先名を出さなかったんですが、最近は勤務先名を出すケースも増えてきました。お互いにいい関係になっていますね」
■出版のきっかけは、ブログのおかげ
N: 「確か、本を出版するきっかけになったのは、ブログに『本を出したい』って書いたことでしたよね」
H: 「実は2008年に2社からお話しがありました。そのうち1社は色々な事情があってお断りしたんですけど、もう1社は創元社さんでした」
N: 「自分で売り込んだ訳ではなく、あちらから話しがあったんですね」
H: 「創元社さんは哲学書等を中心に出版されているんですが、ビジネスやIT系のテーマに拡げようと考えていて、色々とブログを探しているうちに、僕のブログを見つけてくれたようです」
N: 「クラウドのテーマにしたのは、どんな経緯だったんですか?」
H: 「2008年8月頃だったんですが、僕から『クラウドがブームになりそうですよ』って提案したんですよ。でも、クラウドという言葉をあまりご存じなくて、『そんなの、売れるのかなぁ?』という感じでした。」
N: 「確かに、IT系に詳しくない人は、当時はそう思ったでしょうね。」
H: 「2ヶ月後の2008年10月に、NHKスペシャルでクラウドの特集番組があったんですよ。あの番組がきっかけで、世の中で一気にクラウドの認知が進みました。出版社さんも乗ってきたんですよね」
■旬のテーマを半年前に予測できるかが、ビジネスパーソンが本を書くカギだった
H: 「今回、実際にクラウドの本を出してみて分ったんですけど、出版するタイミングに、そのテーマが流行っているかって、とっても大事ですね。旬のテーマを書く場合、当然ですが情報は整理されていません。ニュースサイトも整備されていないし、自分で手探りで調べました。当時、クラウドの情報は、新しい情報を書く度に流れが変わっていったんですよね。それこそ1週間で流れが変わりました。そんな中で旬なテーマをまとめるところに、価値があるんじゃないかと思います」
N: 「林さんはクラウドがブレイクするかなり早い時期に、本を出されましたよね」
H: 「僕のクラウドの本は、2009年2月10日に初めて野村総研さんが『クラウドの衝撃』という本を出してから約10日後で、(新書や訳書を除くと)日本で2冊目のクラウドのビジネス本だったんですよね。出版してからもう1年が経っていますが、今はクラウドの本は既に20冊位以上は出ていますよね」
N: 「旬なテーマを選ぶというのは、大切ですね」
H: 「でも、リスクもあるんですよ。旬なテーマって、有名な人も書くでしょう。無名のビジネスパーソンが有名な人と競争する訳で、同じものを出したら負けちゃいます。勝つためには、有名な人よりも先に出すか、付加価値を出すか、でも、専門家に対して付加価値を出すのはすごく大変です。だから先に出すことがとっても大切なんですよね」
N: 「本業も抱えていて、一番最初に出すのは大変ですよね」
H: 「全くそうです。でも、普通のビジネスパーソンが本を出すには、このような機動力がないとできないですね。僕の場合は時間との勝負でした。例えば校正は2週間で仕上げました」
N: 「2週間!短いですね。私の場合、1ヶ月くらいかけました」
H: 「出張先のホテルや新幹線でゲラを読んで、出張先の郵便局から速達で返す、というようなこともやりましたね。ビジネスマンが本を出す場合は、このように機動力で勝負しないとなかなか難しいかもしれませんね」
N: 「2009年2月に出版された後、クラウド関連の本はどうなりましたか?」
H: 「この2冊が出た後、小池良次さんのクラウドの本がもう1冊出ました。2009年3月に霞が関クラウドの話が出てきて、2009年4月頃からにコンピューターメーカー各社もクラウド戦略を出し始めたころです。ちょうどクラウドのブームが起きたタイミングで、ドンピシャでした。しばらく書店の店頭に、クラウドコーナーができ、この3冊が並んだんですよね」
N: 「すごいタイミングでしたね。1-2ヶ月遅かったら、このタイミングを逃していましたね」
H: 「野村総研・小池良次さんといった著名人・著名会社と同等という訳ではないんでしょうけれども、3冊並んだことで、僕個人のブランディングが出来たのかもしれませんね」
N: 「3冊で競合することはなかったんでしょうか?」
H: 「野村総研の本は市場調査をまとめた本、小池さんは米国事情、僕の本はビジネス視点なので、実は同じクラウドがテーマでも、それぞれのポジショニングは異なるんですよね。だから競合はありませんでした。当時、小池さんともブログでやり取りさせていただいたりして、『本の内容は違うのでお互いに相乗効果がありますね』という話しをしていました」
N: 「なるほど、クラウドを知りたい人は、3冊とも買うということですね」
H: 「かなり長い期間、この3冊がクラウドコーナーに並んでいました。逆に、野村総研の本が出ていなかったら、自分の本も売れなかったかもしれないですね。あと、日本経済新聞の書評で自分の本が取り上げられました。これも他に2冊あったからで、僕の本だけでは載らなかったですね。アマゾンの順位が100位まで行ったのも、この書評のおかげです。とても運がよかったですね」
N: 「この本3冊が出たおかげで、日本でクラウドがブレイクするきっかけになったのかもしれませんね」
H: 「でも、賭でしたね。ブレイクするかどうか分りませんでしたから。結局、売れるタイミングをいかに予測して、何が流行るかを提案できることがカギですね。実は、Twitterも2009年6月に『これは絶対に流行る』と思って提案したんですけど、説得しきれなかったんですよね。半年後にブレイクしましたよね」
(以下、次回の「出版して仕事が変わった」に続きます)
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