科学と技術をつなぐ「仕掛け屋人材」
東京工業大学の大隅良典栄誉教授がノーベル生理学・医学賞を受賞したのは記憶に新しい。その大隅教授が大変興味深い発言をされていた。「科学が世の中にどう役立つか、という観点が重視されることに危惧している。ほんとうに役に立つかは(最初からは)答えられない。企業なら数年で開発することが求められるだろうが、科学研究には100年後に検証されるようなものがたくさんある。安易に『役に立つ』ということを考えるのはよくない」と。(インタビュー記事などから抜粋。)
よく「科学技術」と一括りにされるが、実は「科学研究」と「技術開発」は天地ほど違うのだ。
科学研究は、自然や社会に対する好奇心と興味に惹かれて面白いと思うことを探求するものだ。大隅教授も液胞の研究を始めたときには、周囲から変なものをやっていると思われていたらしい。
一方、技術開発は、社会に新たな価値を提供しようとする目的意識を持った活動だ。製品やサービスの技術開発によって世の中の「役にたつ」ことが前提と言ってよい。例えば、自動運転は、センサーや半導体チップなどの電子デバイス、外部情報とつなぐネットワーク、画像認識や人工知能といった情報処理などの技術の集大成だ。それぞれの要素技術の裏には、それぞれ科学研究の長い歴史がある。大隅教授のように「面白い」という好奇心・探究心から科学を追求してきたたくさんの研究者によるおびただしい数の研究成果があって、その土台の上にそれぞれの要素技術があり、要素技術の上に自動運転のような新たな製品開発が可能となる。科学研究と技術開発は水と油のように性格が違うが、社会のためには両方必要なものなのだ。
では、科学研究から技術開発へのバトンタッチはどう進めたらいいのだろうか?科学研究と技術開発では価値観も時間軸も違うし、人材に求められる能力も性格も違う。昨今、大学発ベンチャーの振興が叫ばれ、多くのプロジェクトと予算が動いているが、実態は苦労が多いようだ。うまくいかないのは、大学「発」の考え方にある。100年単位での真理探究に勤しむ科学者に、社会のニーズに合った製品・サービスの開発への貢献を期待するのが間違っている。むしろニーズを満たすために技術開発を進める開発者が、大学に知識を探しにくる、大学「源」の発想が必要だろう。しかし、大学にある研究成果がどう製品に結びつくのかを想像し利用することは大変難しい。科学研究と技術開発には大きな溝があるのだ。
このような溝を埋めるには、「仕掛け屋人材」が必要だ。科学研究の成果の意義を理解できる一方で、市場のニーズや技術トレンドに詳しく、料理人のように新しい食材から新たな料理を創造できる人材。アメリカには、このような「仕掛け屋人材」がたくさんいる。
今では身の回りに空気のように存在する無線LAN(WiFi)のコア技術であるスペクトラム拡散は、もともと干渉に強く秘匿性に優れるということで軍事技術として開発された。それを、民生用に応用させるきっかけを作ったのは仕掛け屋コンサルタントたちだった。
ベンチャー企業は、限られた時間の中で開発成果を出さないといけないし、大企業では硬直した技術開発を活性化するためにオープンイノベーションが叫ばれている。ベンチャー企業にとっても、大企業にとっても、これから必要なのは仕掛け屋人材だ。大学、既存企業、ベンチャー企業を渡り歩いて科学研究と技術開発、製品開発をつなぐことにより事業を創造する。理科系でも文科系でもない。事業が分かる理科系人材、技術の分かる文科系人材のどちらも活躍できる。
技術立国を自認する日本の未来のために仕掛け屋人材を発掘・育成しようではないか。
(日経産業新聞 11/22/2016)